52 / 123
第52話
しおりを挟む
アリシア様が部屋から出て来ないまま、三時間が過ぎた。レオとの会話はとても楽しく、時間はアッという間に過ぎる。
「もう三時間も経つのね」
「意外と早かったですね」
レオもそう思ってくれていたようで、ホッとした。私にやましい気持ちがないことも分かってくれていたようだ。
「どうしましょう……私一人で帰っても良いのかしら?」
私は三時間前にアリシア様が入って行った扉に目をやった。
「三時間以上は追加料金がかかります。今出て来ないのであれば、まだ最低でも一時間は出て来ないかも……」
レオもその扉に視線をやった。開く気配はない。
「ねぇ、紙とペンを用意して貰えるかしら?」
私の言葉にレオは直ぐに席を立つと、白い便箋とペンを持って来てくれた。私はそれを受け取ると、急いでアリシア様への伝言を書き付ける。最後に自分の名前を書く段になって『デボラ』と書けば良いのか『デビィ』と書くのが正しいのか悩む。
ペンが止まった私にレオは不思議そうに尋ねた。
「どうしました?」
「名前よ。ここでは本名を使うなと言われたの……どちらで書けば彼女に伝わるかしら……と思って」
悩んだ私は仕方なく『デビィ』と書いた。彼女は私に『デビィ』と名付けたことを覚えているのかしら?
「……貴女の本当の名前は?」
それを見ていたレオが躊躇いがちに尋ねる。
「デボラよ」
ニコリと私が微笑むと、レオも同じように微笑んで言った。
「素敵な名前です」
「ありがとう。じゃあ、私は行くわ。手紙をアニー様に。それでお会計は……」
「入場料は予約された段階でいただいています。追加料金はないので、このままお帰りいただいて構いません」
「分かった。じゃあ……お仕事頑張って。あなたとお話するのは楽しかったわ」
「俺も楽しかったです。ここに居ると聞こえてくるのは愚痴ばかり。でも貴女は違った。チェス……俺にも教えてください」
あらら。これはレオなりの営業トークなのかしら。でも、もう私はここに足を踏み入れることはないだろう。だから私はこう答えた。
「機会があれば」
私の意図を汲んだようにレオは頷いた。
「貴女にここは似合わない」
レオの言葉に私も返す。
「あなたもよ。事情があるのは察したけれど……無理はしないでね」
レオがブルーノに似ているからだろうか。私は何となくレオが心配になった。レオは少しハッとした表情を浮かべたが、直ぐに笑顔になる。
「お帰りはコチラです」
私はレオの案内を受け、きらびやかだが、どこか混沌としたこの屋敷を後にした。
「おかえり」
クラブから戻った私を出迎えたのは、何故かレニー様だ。
「ただいま戻りました……って何故ここに?」
「し、執事が忙しそうだったから、僕が代わりにと思って」
いや、執事が忙しくても侍女もメイドも居るだろうに……。当主が出迎えるのもおかしな話だ。だが私にはそんなレニー様に構っている余裕はない。疲れた。
「ふぅ。慣れないドレスで少し疲れたので私は部屋へ戻りますわ」
レニー様に出迎えられたとて、湯の準備が出来ているのかを尋ねることすら出来ない。私はとにかくこの少しタイトな真紅のベルベットのドレスを早く脱ぎたかった。馬鹿にされないようにと気合いを入れたが、結局マドリー夫人に会うことすらなかったのだ。……ここまで豪華にせずに済んだかもしれない。
「そ、そんなに洒落て行かなければならないクラブだったのか?」
「マドリー公爵夫人が主催とお聞きしましたので、少し気合いを入れすぎましたわ」
あぁ……肩が凝る。レオと話すまでの約三十分、無意識に身体に力が入っていたのかもしれない。
「ア、アリシアとは仲良く出来たか?」
レニー様にそう言われて私の胸は少し痛んだ。貴女の愛する女性は男娼と秘め事に耽っていましたよ……そう思うとレニー様が哀れに思える。
きっとアリシア様と私が揉めていないのか気になって、わざわざ出迎えまでしてくれたのだろう……彼の行動の理由が分かって、私はますますレニー様に同情してしまいそうになる。
「お互い他の方々とのお喋りに花を咲かせていましたから。社交ですもの、色んな方と交流をいたしませんと」
アリシア様とは馬車を降りてあの屋敷で落ち合ってから、彼女がケインと消えるまでの間しか話していない。仲良くしようにも無理な相談だ。
「そうか……そうだな。君は社交に長けているけど、アリシアはあまりそういうのが得意ではないから……」
ああ、アリシア様を心配しているのね。……大丈夫、アリシア様はケインととても仲良くしてましたよ……とは言えない。可哀想なレニー様。
「アリシア様はあのクラブには良く顔を出されているようでしたから、見知った顔もいらっしゃったみたいで。楽しそうになされてましたよ」
あの場で起きたことは他言無用と契約書にサインさせられている。レニー様を安心させてあげたいが、言葉を選ぶのが難しい。
「もう三時間も経つのね」
「意外と早かったですね」
レオもそう思ってくれていたようで、ホッとした。私にやましい気持ちがないことも分かってくれていたようだ。
「どうしましょう……私一人で帰っても良いのかしら?」
私は三時間前にアリシア様が入って行った扉に目をやった。
「三時間以上は追加料金がかかります。今出て来ないのであれば、まだ最低でも一時間は出て来ないかも……」
レオもその扉に視線をやった。開く気配はない。
「ねぇ、紙とペンを用意して貰えるかしら?」
私の言葉にレオは直ぐに席を立つと、白い便箋とペンを持って来てくれた。私はそれを受け取ると、急いでアリシア様への伝言を書き付ける。最後に自分の名前を書く段になって『デボラ』と書けば良いのか『デビィ』と書くのが正しいのか悩む。
ペンが止まった私にレオは不思議そうに尋ねた。
「どうしました?」
「名前よ。ここでは本名を使うなと言われたの……どちらで書けば彼女に伝わるかしら……と思って」
悩んだ私は仕方なく『デビィ』と書いた。彼女は私に『デビィ』と名付けたことを覚えているのかしら?
「……貴女の本当の名前は?」
それを見ていたレオが躊躇いがちに尋ねる。
「デボラよ」
ニコリと私が微笑むと、レオも同じように微笑んで言った。
「素敵な名前です」
「ありがとう。じゃあ、私は行くわ。手紙をアニー様に。それでお会計は……」
「入場料は予約された段階でいただいています。追加料金はないので、このままお帰りいただいて構いません」
「分かった。じゃあ……お仕事頑張って。あなたとお話するのは楽しかったわ」
「俺も楽しかったです。ここに居ると聞こえてくるのは愚痴ばかり。でも貴女は違った。チェス……俺にも教えてください」
あらら。これはレオなりの営業トークなのかしら。でも、もう私はここに足を踏み入れることはないだろう。だから私はこう答えた。
「機会があれば」
私の意図を汲んだようにレオは頷いた。
「貴女にここは似合わない」
レオの言葉に私も返す。
「あなたもよ。事情があるのは察したけれど……無理はしないでね」
レオがブルーノに似ているからだろうか。私は何となくレオが心配になった。レオは少しハッとした表情を浮かべたが、直ぐに笑顔になる。
「お帰りはコチラです」
私はレオの案内を受け、きらびやかだが、どこか混沌としたこの屋敷を後にした。
「おかえり」
クラブから戻った私を出迎えたのは、何故かレニー様だ。
「ただいま戻りました……って何故ここに?」
「し、執事が忙しそうだったから、僕が代わりにと思って」
いや、執事が忙しくても侍女もメイドも居るだろうに……。当主が出迎えるのもおかしな話だ。だが私にはそんなレニー様に構っている余裕はない。疲れた。
「ふぅ。慣れないドレスで少し疲れたので私は部屋へ戻りますわ」
レニー様に出迎えられたとて、湯の準備が出来ているのかを尋ねることすら出来ない。私はとにかくこの少しタイトな真紅のベルベットのドレスを早く脱ぎたかった。馬鹿にされないようにと気合いを入れたが、結局マドリー夫人に会うことすらなかったのだ。……ここまで豪華にせずに済んだかもしれない。
「そ、そんなに洒落て行かなければならないクラブだったのか?」
「マドリー公爵夫人が主催とお聞きしましたので、少し気合いを入れすぎましたわ」
あぁ……肩が凝る。レオと話すまでの約三十分、無意識に身体に力が入っていたのかもしれない。
「ア、アリシアとは仲良く出来たか?」
レニー様にそう言われて私の胸は少し痛んだ。貴女の愛する女性は男娼と秘め事に耽っていましたよ……そう思うとレニー様が哀れに思える。
きっとアリシア様と私が揉めていないのか気になって、わざわざ出迎えまでしてくれたのだろう……彼の行動の理由が分かって、私はますますレニー様に同情してしまいそうになる。
「お互い他の方々とのお喋りに花を咲かせていましたから。社交ですもの、色んな方と交流をいたしませんと」
アリシア様とは馬車を降りてあの屋敷で落ち合ってから、彼女がケインと消えるまでの間しか話していない。仲良くしようにも無理な相談だ。
「そうか……そうだな。君は社交に長けているけど、アリシアはあまりそういうのが得意ではないから……」
ああ、アリシア様を心配しているのね。……大丈夫、アリシア様はケインととても仲良くしてましたよ……とは言えない。可哀想なレニー様。
「アリシア様はあのクラブには良く顔を出されているようでしたから、見知った顔もいらっしゃったみたいで。楽しそうになされてましたよ」
あの場で起きたことは他言無用と契約書にサインさせられている。レニー様を安心させてあげたいが、言葉を選ぶのが難しい。
1,154
あなたにおすすめの小説
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる