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21.社畜サラリーマンの消えた世界02(社畜の父視点)

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※割と胸糞なので普段のソフト?な展開をお望みの方はご注意ください。


寒い冬の日に、志鶴が会社から突然失踪した。

我が家とは絶縁したも同然だったが、独身のあいつに何かあった場合の連絡は、当然、我が家に来ることとなった。

「どこまで私に迷惑を掛ければ気が済むんだ」

内心でそう考えながら、同じように思っているだろう妻の顔を見たが、意外にも口元に笑みが浮かんでいるのが分かった。

(なぜ……笑っている??)

その笑みの謎が解けた時、私が自身の人生ごと後悔することになることなど想像することもできなかった。

長年の不倫の末、前妻が死んだとほぼ同時に再婚した妻は気の強いワガママな女だった。しかし、そこが私には愛おしく思えた。

前妻が長年の許嫁で美しいが人形のような従順な女だったのに対して、意志の強いこの女との関係が新鮮でのめり込んでしまった。まさに真実の愛だと思っていた。

だから、この女と出会ってから前妻との関係が冷え込んでも気にはならなかった。前妻との子である志鶴も、後妻との子の志鶯ほど愛していなかった。

それでも、少なくとも家柄や血筋は後妻とは比べ物にならないくらいよかった前妻の子だったので、親や元義両親からは志鶴の方が長男でもあったし期待されていた。

しかし、私は志鶴にこの家を継がせるつもりがなかった。だから、志鶴が志鶯より優れていないという証明をする必要があった。私は、愛する後妻との子である可愛い志鶯にこの家を継がせたかった。

だから、裏で手を回して志鶯になにひとつ敵わない志鶴を演出することで志鶴に期待していた一族に見限らせることに成功した。

その結果、志鶴は一族からも我が家からも絶縁されることになってたが、それでも志鶯が跡を継ぐことを盤石にできたのでむしろ万々歳とすら思っていた。

だから、志鶴が失踪したと聞いても何も心が動かなかったし、そのまま野垂れ死にしても構わないとすら思った。

しかし、志鶴が失踪して間もなく、奇妙な怪文書が私宛に届くようになり事態は一変した。その内容は、あまりにも現実味の無いものに思えた。

『お前の妻は、お前と結婚する以前からずっと付き合っている男がいる。次男はその男の子でお前の息子ではない。お前の息子は失踪した長男だけ』

もちろん、最初はそんなものは悪質な悪戯だと思った。しかし、ある時、同じ文章と合わせて妻が見知らぬ男とホテルから出てくる写真や、明らかにその男と親密そうな様子の写真も添付されるようになり、状況が変わった。

合成写真かもしれないとも最初は思ったが、気になることは突き詰めないと気が済まない性格なので興信所に依頼した。結果は手紙の密告通りクロだった。

それだけではない、私がずっと愛する息子だと思って後継者として育ててきた志鶯とも親子関係がないという結果が出てしまったのだ。あまりのことに目の前が真っ暗になり、思考がまともにできない頭のまま感情的に後妻を呼びつけて怒鳴りつけた。

「これはどういうことだ!!」

叩きつけた浮気と、次男が私の息子でない証拠。しかし後妻はそれを見ても狼狽えるどころかけたたましく笑う。

「いまさら気付いたのね。でも、もう手遅れだって気付いているでしょう??」

「何が手遅れなんだ!!お前なんか離婚してやるし、次男も追い出す」

当たり前のつもりで言った言葉にも後妻はまるで恐れる様子もなく言い放つ。

「離婚??私は構わないわよ。でも、あなたはどうするの??妻に浮気されて托卵されて、その上、本来なら大切にするべき実子を追い出した結果、失踪にまで追いやった鬼畜な父親の貴方を高貴な一族の面々が許すかしら??その結果今まで通りの地位に変らずいられるのかしら??」

「ふふっ」と真っ赤な唇をして唇を歪ませた女は、悪魔という存在が居るならば、この女と同じ顔をしているのかもしれないと思うほどの醜悪に見えた。

何も言えない私に妻は続けた。

「だから、貴方は何もできないはずよ。だってこのまま何も知らなかったと黙っていれば何も分からない。自分から自分が危険にさらされる行動を保守的な貴方が取るはずがないのだから」

腹が立ったが、これについてなにひとつ反論できなかった。

(くそ、そうだ、こんな醜態が親に、祖父母にバレたら……)

前妻の死後、四十九日も終らないうちに後妻を娶ったことで一度見限られかけた時を思い出す。あの時はまだ若かったと許されたが、今、もし同じように見限られたら私は何もかもを失うのだ。

「だから、貴方は私が浮気をしていても、あなたの可愛い息子が貴方の本当の子でなくっても黙認し続けるしかないのよ。ははは、すべては思惑通りよ」

その言葉に、なぜこんな女と再婚したのか、愛していると思ったのか、今まで愛だと思っていた全てが壊れるのが分かった。

それからの日々は地獄だった。

私は、自分を愛していない托卵女と、血の繋がらない子を表向き今まで通り愛しているふりをしないといけなくなったのだから。

そんな私の唯一の希望は志鶴を見つけ出すことへと変質していった。あれほど疎んでいた存在なのに、今や私にとって志鶴だけが唯一の希望にも思えた。

しかし、1年たっても、2年たっても3年たっても志鶴は見つからなかった。

そんなある時、妻の不貞などを報せたのと同じ筆致の手紙が再び届いた。私は藁にもすがる思いでその手紙を開けるが……。

『志鶴はもう戻らない。地獄へようこそ』

呪詛のような言葉の書かれたその手紙に、何故か前妻の最期が浮かんだ。

元々体の強くなかった前妻は、志鶴を産んだ後からずっと体が弱ってしまっていた。そんな妻を労わることもなく、私は托卵女に夢中になっていた。

公の場以外では親し気にすることもなく、冷えた家庭の中で前妻は、いや鶴乃は何を思っていたのだろう。

最早、いくら突き詰めても分からないが、前妻が今わの際に私に告げた言葉を思い出す。

『ははははは、私は全て知っていましたよ……地獄でお待ちしておりますわ』

真っ白い顔をした美しい女が最期に残したのは紛れもない呪詛で、それと同じものを手紙から感じて私は恐ろしくなり、その手紙を破り捨てた。

それから、鶴乃の死に際の悪夢にうなされるようになり完全に不眠症になってしまった。

全てがおろそかになっていく中で、托卵女は心配しているような素振りを表向きしているが内心で『早く死ね』と思われている気がして当たり散らした。

誰よりも愛していたはずの家族達が誰よりも憎い存在へ変わるなんて夢にも思わなかった。

そんなある夜、その日は、悪夢ではない夢を珍しく見た。

遠い昔の夢、まだ、後妻と不倫をする前、鶴乃が志鶴を産んで間もないお宮参りの日の記憶……。

いつも無表情の鶴乃がその美しい顔で幸せそうに微笑んで腕の中の志鶴を見つめている光景。それは一枚の絵画のように美しかった。

「私、こんなに可愛い子ちゃんに出会えて幸せです、いとおしい志鶴。、どうか志鶴を守ってあげてくださいね」

腕の中の赤ん坊の志鶴は私と同じ目の形をしていた。志鶯と違ってちゃんと私に似たところがあった。鶴乃の白くほっそりとした小指が差し出されたので、その指に私は指を重ねる。

「ゆびきりげんまん……」

そこで目を覚ました。私の目からは涙が零れていた。

「嘘をついて鶴乃も志鶴も苦しめたのに、未だに保身に走ろうとしている、だから地獄に落ちるんだな」

いくら後悔しても、もう全ては戻らないと悟ったのだった。
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