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Ⅱ アンスペル
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メイドのガネスに案内され、帳簿室に籠る。
しっかりと整理されているファイルに目を通す。
〝ファイル〟、確かにそう言った。
薄々気が付いていたのだが、中世の英国にしては随分と近代的な物が多い。
とは言え、俺にとっての中世イギリスのイメージは全て妹が好きだった『シャーロック・ホームズ』関連の映像作品でのみなんだけど。それでもおかしいと思わざるものが何個かある。
ひとつめ、日本語なのである。
恥ずかしながら前世の俺は英弱である。
脳内の日本語が自動で英語に変換されているのかもしれないが、恐ろしい程に会話が成立してしまっている。
そしてふたつめ、資料に書かれている文字が英語ではない。
というか前世に存在していた文字のどれでもないと思う。
それこそ踊る人形のような暗号的な物。
普通ならば解けないところだが、あいにく俺は暗号解読は好きだ。
しかも前世のローマ字の対照表が作れる。
得意げにしてみたが……つまりなんだ。
ここは俺の知ってる世界の、過去ではない?
「王子! なぜこのようなかび臭い場所に……」
慌てた様子で扉を開けたのは丸眼鏡でおかっぱ頭をした青年。
腕に包帯を巻いている。
執事が着るようなタキシード姿をしている。
「帳簿を管理しているのはお前か?」
「……はい。僕、執事長オスカー・セバスチャンがこのお屋敷の全てを監督させていただいております」
自分から名乗ってくれた。
ありがたい、とても気に入った。
「そうかオスカー。そこに座ってくれ。それからここの国名と、今が何年なのか教えてくれ」
「……本当にどうなされたのですか」
「ただのコミュニケーションの一環だ」
「ここはアルバート王国であります。それから女神歴221年です」
「正解だ」
ここは俺の知らない世界の、知らない国だ。
そういえばアニメ好きのゲーム仲間が異世界転生ものの話を熱弁していたことがあるが、そういった状況に陥っていると考えた方がいいのかもしれない。
「この世界に〝魔法〟は存在するか?」
「なにをおっしゃっているんですか」
「つまらない事を言った、忘れてくれ」
「当然。あるに決まっているではありませんか」
え、あるんだ。
「そうか。お前も使えるのか?」
「──……」
睨まれてしまう、下唇を噛むくらいだ。
俺はどうやら失言をしたらしい。
だったとしてもバカでも王子だよね、コイツ。
「僕は〝アンスペル〟です。生まれながらに魔力を持たない欠落者。ここの使用人は全てそうです。……だからこのような場所にいるのですから」
表情を曇らせる理由がわからなかったが、これ以上深堀するのも良くないだろう。
それにリエルの状況も大体察しが付いた。
30万坪と広大な敷地だが使用人は数十人程度、しかも使用人を統括している執事長が青年、いっていたとしても20前半。流石に若すぎる。
甘やかされているかと思いきや、リエルは王族から隔離されているのではないだろうか。
オスカーたちと同じようにアンスペルとやらなのかもしれない。
王族の恥とか? まあ、恥だよなこんな王子。
「話を変えるが、腕の包帯はどうした。怪我したのなら休暇でもとって」
またしても睨まれてしまった。
地雷が多いのか、自分で思っている以上に失言製造機なのか。
「これは数日前、王子がメイドのガネスを怒鳴りつけ、花瓶を投げた際にガネスをかばい出来た傷です」
背筋が凍った。
自分のしでかしたこととは思いたくないが、俺がしでかしたことだ。
オスカーも殴られる覚悟で今の発言をした。
殴られて当然とばかりに目をぎゅっと閉じているのだ。
返す言葉はない、深く頭を下げる事しか。
「お、王子! おやめください。さっきから変ですよ。熱でもあるのですか?」
「気が済むのなら、なにをしても構わない。顔の原型が保てなくなるくらい殴られても文句を言わないつもりだ」
「殴りませんよ! 僕をなんだと思っているのですか。頭上げて王子」
「少なくとも王子はやめてくれ。昨日までの俺はもういない。必ず悔い改めてみせよう。だから、俺のことはただリエルとだけ呼んでくれ」
「では、リエル様と」
なんだその理解不能な恐ろしい生き物を見ているような顔は。
空気が重くなったな。
ぱんっと手を叩く。
「よし。じゃあ、切り替えろ。そんなことより帳簿だ。無駄が多すぎる。俺への出費を全て見直せ。食事を5食から3食に減らし、メニューは米とみそ汁に統一。使っていない部屋の灯りは全て消すように。それからあのバカでかい大浴場を俺ひとりが使っているようだが、使用人にも開放する。お湯が勿体ない。もちろん男女別の時間割を作ってくれ。それから」
「ちちち、ちょっとお待ちください」
「ああ、すまない。いくつも急すぎたか?」
「いえ、国王からリエル様が不自由しないようにと渡されている金銭内で賄っている生活ですので。浮いた額はいかがなさいましょうか?」
「使用人の給金に回してくれ」
どういうわけだかオスカーが真っ白になった。
さらさらと砂のように消えていってるようにも見えるんだが……。
しっかりと整理されているファイルに目を通す。
〝ファイル〟、確かにそう言った。
薄々気が付いていたのだが、中世の英国にしては随分と近代的な物が多い。
とは言え、俺にとっての中世イギリスのイメージは全て妹が好きだった『シャーロック・ホームズ』関連の映像作品でのみなんだけど。それでもおかしいと思わざるものが何個かある。
ひとつめ、日本語なのである。
恥ずかしながら前世の俺は英弱である。
脳内の日本語が自動で英語に変換されているのかもしれないが、恐ろしい程に会話が成立してしまっている。
そしてふたつめ、資料に書かれている文字が英語ではない。
というか前世に存在していた文字のどれでもないと思う。
それこそ踊る人形のような暗号的な物。
普通ならば解けないところだが、あいにく俺は暗号解読は好きだ。
しかも前世のローマ字の対照表が作れる。
得意げにしてみたが……つまりなんだ。
ここは俺の知ってる世界の、過去ではない?
「王子! なぜこのようなかび臭い場所に……」
慌てた様子で扉を開けたのは丸眼鏡でおかっぱ頭をした青年。
腕に包帯を巻いている。
執事が着るようなタキシード姿をしている。
「帳簿を管理しているのはお前か?」
「……はい。僕、執事長オスカー・セバスチャンがこのお屋敷の全てを監督させていただいております」
自分から名乗ってくれた。
ありがたい、とても気に入った。
「そうかオスカー。そこに座ってくれ。それからここの国名と、今が何年なのか教えてくれ」
「……本当にどうなされたのですか」
「ただのコミュニケーションの一環だ」
「ここはアルバート王国であります。それから女神歴221年です」
「正解だ」
ここは俺の知らない世界の、知らない国だ。
そういえばアニメ好きのゲーム仲間が異世界転生ものの話を熱弁していたことがあるが、そういった状況に陥っていると考えた方がいいのかもしれない。
「この世界に〝魔法〟は存在するか?」
「なにをおっしゃっているんですか」
「つまらない事を言った、忘れてくれ」
「当然。あるに決まっているではありませんか」
え、あるんだ。
「そうか。お前も使えるのか?」
「──……」
睨まれてしまう、下唇を噛むくらいだ。
俺はどうやら失言をしたらしい。
だったとしてもバカでも王子だよね、コイツ。
「僕は〝アンスペル〟です。生まれながらに魔力を持たない欠落者。ここの使用人は全てそうです。……だからこのような場所にいるのですから」
表情を曇らせる理由がわからなかったが、これ以上深堀するのも良くないだろう。
それにリエルの状況も大体察しが付いた。
30万坪と広大な敷地だが使用人は数十人程度、しかも使用人を統括している執事長が青年、いっていたとしても20前半。流石に若すぎる。
甘やかされているかと思いきや、リエルは王族から隔離されているのではないだろうか。
オスカーたちと同じようにアンスペルとやらなのかもしれない。
王族の恥とか? まあ、恥だよなこんな王子。
「話を変えるが、腕の包帯はどうした。怪我したのなら休暇でもとって」
またしても睨まれてしまった。
地雷が多いのか、自分で思っている以上に失言製造機なのか。
「これは数日前、王子がメイドのガネスを怒鳴りつけ、花瓶を投げた際にガネスをかばい出来た傷です」
背筋が凍った。
自分のしでかしたこととは思いたくないが、俺がしでかしたことだ。
オスカーも殴られる覚悟で今の発言をした。
殴られて当然とばかりに目をぎゅっと閉じているのだ。
返す言葉はない、深く頭を下げる事しか。
「お、王子! おやめください。さっきから変ですよ。熱でもあるのですか?」
「気が済むのなら、なにをしても構わない。顔の原型が保てなくなるくらい殴られても文句を言わないつもりだ」
「殴りませんよ! 僕をなんだと思っているのですか。頭上げて王子」
「少なくとも王子はやめてくれ。昨日までの俺はもういない。必ず悔い改めてみせよう。だから、俺のことはただリエルとだけ呼んでくれ」
「では、リエル様と」
なんだその理解不能な恐ろしい生き物を見ているような顔は。
空気が重くなったな。
ぱんっと手を叩く。
「よし。じゃあ、切り替えろ。そんなことより帳簿だ。無駄が多すぎる。俺への出費を全て見直せ。食事を5食から3食に減らし、メニューは米とみそ汁に統一。使っていない部屋の灯りは全て消すように。それからあのバカでかい大浴場を俺ひとりが使っているようだが、使用人にも開放する。お湯が勿体ない。もちろん男女別の時間割を作ってくれ。それから」
「ちちち、ちょっとお待ちください」
「ああ、すまない。いくつも急すぎたか?」
「いえ、国王からリエル様が不自由しないようにと渡されている金銭内で賄っている生活ですので。浮いた額はいかがなさいましょうか?」
「使用人の給金に回してくれ」
どういうわけだかオスカーが真っ白になった。
さらさらと砂のように消えていってるようにも見えるんだが……。
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