悪役令嬢に婚約破棄を告げるバカ王子に転生してしまった

あやの屋

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Ⅴ 失恋の傷は図書室で治せ

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 流石と言うべきか、国税の無駄遣いと言うべきか、第三王子リエルのお屋敷の図書室はかなり巨大であった。
 俺が前世の記憶を思い出していなかったらここは使われていないんじゃないか。
 歴史書から、医学書、文学作品、――魔法書なんてものまである。

 現世のころなら「うさんくさい」と一蹴していたところだが、ここは魔法が存在する異世界。
 知っていて損はないだろう。
 数冊本棚から抜き取り、机の上にどさりと置いた。

 しかしこの屋敷の住人は全員〝アンスペル〟、魔法が使えないと聞いている。
 それなのに魔法の専門書があるのは不思議だ。
 まあ、現世で言うところの図鑑を読んで心を躍らすような感覚でいいだろう。

「他人の行動を制限する魔法……」

 自衛魔法、召喚魔法、他人に自分だと認識させない魔法。
 もっとも先に調べなくちゃいけないことは、アイビーの前だとバカ王子の言動になる謎だ。
 俺の意思ではない言葉、魔法、それこそ呪いの一種でなければ説明が出来ない。

「ええっと。他人を操作する魔法は極めて危険であり、禁止魔法に指定されているものが多く存在する。過去にはその魔法を使用し、他者を死に至らしめる事件が横行していた。言動操作も同じ理由で禁止魔法とする」

 概要なし。
 ……つまり俺がかけられているであろう魔法の正体は分からずか。
 解き方くらい教えてくれたって良いじゃない。

 だけどひとつ疑問点が生まれる。
 禁止魔法、つまりは罪に問われるかもしれない危険を犯してまで俺がアイビーに強く当たるように強制する意味はあるのだろうか。それこそバカ王子のままだったらなんの意味もない魔法なわけで。
 魔法と言うより俺が転生してしまったことに起因すると考えた方が良いのではないだろうか。

「失礼しますわ。お勉強中とお聞きしましたので、リラックス出来るようお紅茶を用意しました」

 図書室の扉をノックして入って来るのは仮面で顔を隠したメイド。
 新人のアネモネである。
 孤児だったとは思えない綺麗な立ち振る舞いで机にティーセットを置いていく。

「気を遣わせてしまったな。ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」

「……いえ」

 驚いたように目を丸めた(仮面で目元が隠れているから確かではないけど)。
 執事長オスカーに『うちの主人は悪魔』なんて聞かされていればこんな反応だって出るか。

 アネモネは紅茶をカップに注ぎ終えると俺の斜め後ろに立ち、控える。
 『大丈夫だ、自分の仕事に戻ってくれ』と言おうとしたが、新人メイドにとってはこれが業務内容なのだろう。
 オスカーから指示されているのであれば、板挟み状態で混乱させてしまう。

「君も座れ。立っているだけじゃ暇だろう」

「そういうわけにはいきません。御主人様に仕えるだけの使用人ですので」

 むしろ説教じみた言葉を浴びてしまった。
 使用人にしては、やけに棘がある。

「これは命令だ。の俺の話し相手になれ。なに、聞いているふりだけで良い」

 アネモネは首をかしげる。

「……失恋。御主人様は一方的に公爵家のご令嬢に婚約破棄を叩き付けたとお聞きしておりましたが」

 新人メイドまでそのこと知っているのか。
 この屋敷の使用人がおしゃべりなのか、それとも国中が知っていることなのか。

「その通りだ」

 自分を皮肉って笑ってみた。
 しかしその様子に興味を持ったのかアネモネは俺の正面に座る。
 背筋はぴんっと、『さあ、話せ』と言わんばかりの態度だ。

「君は恋をしたことはあるだろうか」

「私のことなど」

「フェアに行こうじゃないか。お互いの恥ずかしい話を打ち明けよう」

「……かつてはいました。でもその方はもういない。今でも存在しているような、そんな妄想をしている私もいますが、絶対にありえないことです」

 言葉はふわっとしていたが、つまりは故人への恋心か。
 やはり俺は地雷を踏まないと気が済まない性質らしい。

「御主人様はどうなのですか。くだんの御令嬢をどのように想われているのでしょうか」

「それがよく知らないんだ」

「……ずっと前からの婚約者なのでしょう?」

「ショッピングで通り過ぎた程度ぐらい知らない」

「興味がなかった、と」

「それは違う、愚かだっただけさ」

 この感情は説明が出来ない。
 前世の記憶を取り戻したすぐに出会った女性、小鳥が初めて見たものを親と認識するように、ただ目の前に彼女がいただけという理由ではないかと自分を疑いたくもなるけど、一目惚れ、こんな曖昧な一言でぜんぶ説明がついてしまう。

「好きな相手に嫌な態度を取ってしまうことがあるだろう、つまりあれだ」

「そういう程度のものではなかったと思いますわ」

「他に説明する口実がない」

「……つまり、好いていたと」

「ああ、公爵令嬢アイビー・ヴィクトリアほど美しい人を俺は知らないよ」

 だけどもう終わった話、どんなに彼女の素晴らしさを詩にしようと、全部無駄だ。
 辺境貴族のお屋敷で、いまごろ。


「――貴方は」


 空気が固まった。
 目の前にいる新人メイドが涙を流しているのだ。
 どうやら主人の愚かさに同情してしまったのだろう。

 こんなバカ王子の為に泣かなくていい。
 俺はハンカチを取り出し、アネモネの頬を拭う。

(……アイビーにもこんな風にしてやれたら良かったのだけど)
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