イバラの鎖

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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辺境の地で

凍てつく心

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 「…ドレを弟だとは思っていない。実際そうだろう?…私達とは血が繋がっていないのだから。」

 団欒室の少し開いた扉から聞こえてきたのは、シモン兄上の冷ややかに響く声だった。僕は開けようとした扉に掛けた手を、文字通り凍りつかせた。さっきまで兄弟の団欒を楽しんでいたと僕が思っていたのは、結局のところ表面上の事だったのかもしれない。

 僕は手に持った渡し損ねた姉上への婚約のプレゼントを握りしめると、足音を立てない様にそっと踵を返した。心臓は馬鹿みたいに暴れ回っていて、苦しさで吐きそうだった。


 前方から従者のバトラがやって来るのに気づいて、僕は狼狽えた様子を見せない様に強張った顔を取り繕った。

「アンドレ様、お部屋にお戻りですか?何か必要なものがあればお申し…。アンドレ様いかがいたしましたか?何処か具合でも悪いのでは?お顔の色が悪いです。」

 そう心配そうに尋ねられて、僕は首を振って微笑もうと口を動かした。上手くはいかなかったけれど、ひび割れた声は出た。

「…少し夜更かしが過ぎたみたい。もう寝るだけだから、大丈夫。」

 それだけようやく声にすると、目を合わせない様に立ち去った。


 廊下が涙で滲んでぼんやりとしか見えなくなっていた。僕が思ってたより、兄上が僕の事を義弟とも認めてくれていなかったという事実は、兄上を理想と恋慕っていた僕の心を切り裂いた。

 やはり2年前、15歳で兄上が王都の王立学園へ行ってしまってから、辺境に帰省しても以前より余所余所しくなったと感じていたのは誤解でも何でもなかったんだ。

 僕の事など辺境の後継である兄上にしてみれば、お荷物にしか思えないのだろう。実際僕は剣を扱える騎士として立派に貢献できる気がしないし、再婚した母上のおまけの様なものだ。


 普段考える事を避けていた不安がムクムクと胸の中に湧き上がってきて、苦しさに胸が潰れそうな気がした。ようやく部屋にたどり着いた時には、僕は大きく深呼吸して、堪えていた涙を堰を切ったように流していた。

 ベッドに突っ伏しながら、僕は声が漏れない様にシーツに顔を押し付けて泣き続けた。僕はこの広い城の中でたった一人ぼっちな気分だった。

 母上はもう直ぐ赤ん坊を産む。その子はまぎれもなく辺境伯の血を分けた赤ん坊だ。きっと黒髪か、灰色の瞳のどちらか、あるいは両方を持って生まれる事だろう。

 
 僕の金髪と水色の瞳はますますこの城で浮いて、辺境伯の荒っぽい血筋とはまるでそぐわない成長を続けるに違いない。それとも僕は体格差を押してまで、少しでも剣の腕を磨いて、騎士として役立てる様に頑張る他ないのだろうか。

 僕は体を動かすより、本を読んだり、勉強をする方がずっと好きだし性に合っているのに…。

 兄上が辺境伯になる前には、いや、大人になったら直ぐに僕はここを出て行こう。大好きなシオン兄上に嫌われてまでこの場所にしがみついている事など僕には出来ない。


 そう考えてしまえば、止まらないと思っていた涙も枯れたのか、僕は鼻を啜りながら身体を起こした。その時廊下を歩く足音がして、僕はハッとして慌てて浴室へと逃げ込んだ。

 服を剥ぎ取って頭からお湯を浴びていると、従者の声がした。

「…アンドレ様、よく眠れる様に暖かい飲み物を用意しましたから、お部屋に置いておきます。何かありましたらベルをお鳴らし下さいね。」

 僕は鼻声でひと言礼を言ってバトラを帰すと、少し熱いくらいのお湯を浴びて気分を切り替えた。


 「…分かってた事だろう?僕は血が繋がっていないんだから。小さい頃可愛がってくれた事を幸運だと思わなくちゃ。」

 そう声に出せば、僕は少しだけ幸せな気持ちになった。少なくとも兄上が2年前に王都へ行く前までは、僕たちは仲が良いと言われる兄弟だったんだから。

 一体何が兄上をここまで変えてしまったんだろう。新しい交友関係だろうか。子供時代の感傷などすっかり捨て置かれたのだろうか。僕には全然分からなかったけれど、僕らの関係はもう昔とは違ってしまったことだけは分からされたんだ。


 バトラの用意してくれた温かい蜂蜜レモンをベッドでゆっくり飲んで、僕はモゾモゾと布団に潜り込んだ。

 僕がこの城に来た5歳の小さな男の子だった当時、心細く慣れない僕の側にはいつもシモン兄上が居たのに。兄上はずっと大人びて見えて、優しく抱き寄せて一緒に眠ってくれる事だってあった。

 可愛いと言ってくれて優しく微笑むシモン兄上に、僕も嬉しくて抱きついていたっけ。ああ、一体いつから僕はそうしなくなったんだろう。


 兄上の成長と共に、僕はどんどん置いて行かれてしまった。4歳の差は大きかったし、体格にも恵まれた兄上は何をするにも素晴らしく優秀で、小柄で痩せっぽちな僕は足手まといだと僕自身が気づいてしまった頃からかもしれない。

 …兄上から離れたのは僕だったのかな。僕は過去の自分の後悔に目頭を熱くさせながら、眠りに引き込まれて行った。



 

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