結婚したくないプチお金持ちのお世話

お伺い

「青也さま、お帰りは何時ですか？」
まゆのは、青也の帰りの時間に合わせて、デザートを用意する予定だった。
青也はまゆのが、お伺いに来るのはわかっていた。
青也はソファーに座り、まゆのの気をちょっぴりひきたかったし。

それだから、ふだん読まないような本を読みながらこたえた。
「さま、っていらないからつけなくていい。前みたいに呼んで！」
わざわざ思いやりのないように背をまゆのにむけておいて、返事した。
しばらく間があって。
青也は背に、まゆのの困ったような気配を感じ、ご満悦。

これでも青也は、わざわざ読まない本を用意してまゆのに歩み寄っていたし。
古株の家政婦には重要な許可を取っていていたし。

いつもは追い詰めない青也なのだけど気になるから、つい。

青也は持っていた本を自分の足もとに落としてからひろい、テーブルに置いた。
「痛い…ちょっと葉山君きて」
青也は用意したおいた目薬をさしだし片目をふせた。
本当、しばらくまゆのの困る姿を見ていたい青也は気持ちを抑えて、
まゆのの手をつかんだ。

「数をみずまし、ってどういうこと？」
青也がきいた。
「え、どういうことでしょう」
心当たりのない、まゆのがききかえした。

まゆのの手をつかんで、目薬渡してむっとして、まゆのの手をつかんだ青也がいった。
「ちょっと、ほら」
ちょっとむっとした青也の演技が迫真だ。
青也はまゆのの戸惑う気持ちを包み込むように腕をまわして、まゆのをみつめた。
「ぴったりしないとだめだろう葉山君、オレに目薬させる」
青也がまゆの手をにぎり引き寄せる。まあ、近すぎなんですけれど。

きれいな青也の顔にすごく近づいて、まゆのはしてはいけない気持ちでどきどきしそうだった。
まゆのが目薬を持つ手を青也も一緒にもつし。
手を握り、なんとか目薬のふたをまゆのがはずし、1滴だけ青也の目におとせた。
手を重ねて、一緒に目薬を落とす慎重さは、青也がおとしたようなものなのだろうけど。
「ありがとう」
青也の声がやさしかった。きれいに青也の目に１滴落とせたし。
まゆのの手を離さず。青也がまゆのの手を握り、2人で一緒に青也の片目を押えた。
痛みは流れるはずで、少しは効いてくれるといいけれど。

しばらく、息が詰まりそうでまゆのは青也と近づきすぎて、いけない気持ちでどきどきしそうだ。
目を開けた青也は、まゆのの耳もとへキスするくらいの位置で。
こうなると、にげられないまゆの。
「とれたての甘い果実の香水、あれが増えていた」
「はあ、そうです？」
間の抜けた、返事をまゆのはかえした。
青也は至近距離でまじめな声でほほえんでいった。
「怪奇現象、在庫がふえている」
そういって、青也が笑った。

なんだか、青也は面白い人だなってちょっと思って。青也に手をにぎられつづけ、まゆのはつられて微笑んだ。
「そうなんですね、不思議な現象なんですね」
まゆのは青也と一緒に微笑んだ。

ようやく手を離してくれて、青也の手には目薬が残った。
「ありがとう、目が痛いのは治りました」
そういった青也の声はやさしくて、まゆのは改めてみとれそうだった。
いつも目の前にいながら気づかなかったけど。
そのままじっと目と目があって、青也からそらせないし。どうしよう。
今日は青也のいつもと違う楽しそうな微笑みが見れてみとれてしまったまゆの。

「葉山君のおかあさん、きれいなんだろうな。面影ある？」
まじめに青也がまゆのに声をかけてくれた。

ぴろろん、となり響いた。繰り返しなるスマホ音。
青也のスマホの電話だった。

ようやく、正気にもどろうとしたまゆの。
体がぴったりしないですんだけれど、まゆのは家政婦としてどきどきしたらいけないことは当然だったし。

息苦しさはとれそう。

つまり香水のポスターの在庫が2倍に増えて在庫管理されたようで、よくある手抜きの作業で終わるはずのネタで青也の会社の話らしいけど。

青也はきれいな顔で笑うし、そんな風にギャップをみちゃうと一瞬で、青也にハートをわしづかみにされて、ときめいてしまいそうだ。
まゆのは、いまいちポスターで微笑んだ意味が分からなかったけれど、青也に聞き返さなかった。
一緒に微笑みあって、まゆのは少し青也を身近に感じることができたし。