本当に愛しているのは彼女だと、旦那様が愛人を屋敷に連れてきました

序章

子ども

「こ、子ども……？」


　私は絶句した。


　そんなの、私知らない。

　聞いていない。


　突然落とされた爆弾に理解が追いつかない私。

　そんな私の事情を鑑みず、彼はペラペラと語り始めた。


「君には悪いと思っているよ。結果的には、騙した感じになってしまったから。でも君も知っての通り、僕には愛する女性がいた。本当は彼女と結婚したかった。だけど、両親や国王陛下の反対で、それは不可能となった」


「えっ。……ちょっと待ってください」


　私は頭を抱えながら、言葉を発する。

「今おっしゃっている女性って、平民の方？」


　「平民」。


　私の言った言葉が気に食わなかったのか、ダニエルは眉を顰める。


「確かに平民だけど、彼女と僕の愛は本物だ。真実の愛に、身分差は関係ない」


　ダニエルは、自分たちの愛の真実性について必死に説いているけど。


　私が聞きたいのは、そんな言い訳じゃなかった。


「その女性が、あなたの子どもを孕んでいる人ってこと？」

「ああ」


　ダニエルは、恍惚とした表情を浮かべる。


「愛の結晶だよ」


　つまり、だ。


　私は、頭の中を整理する。


　私たちがずっと別れたとばかり思っていた女性との関係は、私と婚約している期間も続いていたらしい。


　人に反対されればされるほど、燃える性格なのかどうかは知らないけれど。


　ともかく事実としては、彼は私たちの預かり知らぬところで、隠し子を作っていたらしい。


「彼女を、この屋敷に住まわせることにした」


　彼は、はっきりとそう言った。


「……彼女とは、結婚出来ないわよ」

「そんなことは百も承知だ。だから君には、表向きの妻でいてほしいんだ」


　とんでもないことを言い出すダニエル。


「君は表向きの妻としていてくれ。彼女の子どもも、君の子どもとして育てる。だが知っておいてほしいのは、この先一生、君を見ることはないだろう。僕の心は、永遠に彼女のものなんだ」


　君はこの夫婦の部屋を、自由に使ってくれ。


　彼はそう言って、部屋を去っていった。


「……あり得ない」

　1人残された私は、虚空に向かってそう呟いてみる。


　だけど、真実は残酷だ。


　彼は至って真剣だった。


　――かくして。

　夫に裏切られた挙句、夫の都合の良い存在として過ごさなければならない日々が、この日から始まったのである。