異世界転移の日常生活風−−戦乱を添えて

おたべ ひとり

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一章

第四話

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 それは、絶望の泥濘(ぬかるみ)に沈んでいた僕の前に突如として舞い降りた、黄金に輝く救済の光だった。


「来るぞ! ルカ、決して離れるな。俺の背中に隠れていろ!」

 ガストンさんの凛とした咆哮が、不気味な鳴き声の響く夜の森を震わせた。
 木々を薙ぎ倒し、地響きと共に姿を現したのは、影の中から這い出してきた恐るべき魔獣の群れだった。

 僕の知っている動物とは、明らかに違う。
 その眼光は血に飢え、牙からは毒々しい粘液が滴っている。僕のような子供なら、一睨みされただけで心臓が止まってしまいそうな威圧感だ。

 恐怖で足がすくみ、声も出せない僕の前に、ガストンさんが毅然と立ちはだかった。


「皆、構えろ! この街を脅かす闇を、我らパーティーの誇りにかけて討ち払うぞ!」

 ガストンさんが黄金の胸当てを叩くと、まるで聖域が展開されたかのように空気が澄み渡った。
 ガストンさんが大剣を引き抜く動作は流れる水のように滑らかで、かつて見たどの兵士よりも勇ましく、そして美しかった。


「先陣は僕が務めるよ。――風よ、千の刃となりて敵を切り裂け! 
『テンペスト・エッジ』!」

 軽装の剣士が低く呟くと同時に、彼の周囲に猛烈な旋風が巻き起こった。
 目にも止まらぬ速さで魔獣の懐へ飛び込むと、風の刃を纏った双剣が嵐のように荒れ狂う。魔獣たちが次々と地に伏していくが、それでも敵は怯まず次々に襲いかかってくる。


「甘いな、まだ残っているぞ。――光り輝く神の鉄槌よ、不浄なるものを粉砕せよ! 
『ジャッジメント・バスター』!」

 パーティーの重装僧侶が巨大なメイスを地面に叩きつけた。
 ドォォォォン! という爆音と共に、大地から目も眩むような黄金の光柱が突き上げた。

 光に呑み込まれた魔獣たちは、悲鳴を上げる暇もなく浄化の衝撃波に吹き飛ばされる。その圧倒的な破壊力は、まさに神の怒りそのものだった。


「仕上げは任せて。――深淵より出でし劫火よ、すべてを灰燼に帰せ! 
『エターナル・フレア』!」

 パーティーの魔術師が長い祈りを終え杖を掲げると、夜空を焦がさんばかりの巨大な魔法陣が幾重にも展開された。空から降り注いだのは、太陽の核を削り取ったかのような白熱の巨大火球だ。

 轟音と共に森の奥が爆発し、夜の闇が一瞬にして真昼のような黄金色に塗り替えられた。
 熱風が僕の頬を撫で、あれほど恐ろしかった魔獣たちの咆哮は、一瞬で静寂へと変わった。


「……ふぅ。ルカ、怪我はないか? 少し風が強すぎたかな」

 最後に残った巨大な影を、ガストンさんが一閃の下に斬り捨てた。

 奥義『獅子王・天断』。

 振り下ろされた大剣の軌跡には黄金の残光が走り、魔獣は断末魔を上げることすら許されず二つに分かたれた。
 返り血を浴びながらも、ガストンさんの瞳には慈愛の色が宿っていた。


「すごい……本物の、勇者様だ……」

 僕が震える声でそう漏らすと、ガストンさんは大剣を肩に担ぎ、白い歯を見せて笑った。

「勇者なんて、そんな大層なもんじゃないさ。俺たちはただ、お前のように一生懸命生きている人間を守りたいだけなんだよ。あんな化け物どもに、二度と君を怯えさせはしない」

 彼の言葉には、一点の曇りもなかった。
 その手の温かさは、これまで僕に向けられてきたどの言葉よりも真実味に溢れていた。


 ◇


 ガストンさんの野営地は、僕にとって生まれて初めての、本当の意味での「居場所」となった。
 大きな樹の下、天幕のそばに焚き火が赤々と燃えている。
 僕はガストンさんから借りた、羊毛のように柔らかな毛布に包まれ、パチパチとはぜる火の粉を見つめていた。


「ははは! 見ろよルカ、この肉、いい焼き加減だろ? 遠慮せず食え。お前みたいなガキは、食って強くならなきゃいけねえんだ!」

 焚き火の正面、切り株にどっしりと腰を下ろしたガストンさんが、串に刺さった大きな猪肉を差し出してくれる。彼が笑うたびに、身につけた金色の胸当てが炎を反射して神々しく輝いた。


「美味しい……。こんなに美味しいもの、食べたことないです……」

「だろう? 冒険者は腹が減っては戦ができんからな。さあ、遠慮はいらん。親御さんと妹の分も、後でちゃんと用意してやるからな」

 ガストンさんは僕の頭を何度も撫でてくれた。
 その手は大きく、頼もしく、この人についていけば、もう二度と寒い思いもしなくていいのだという根拠のない確信を僕に与えてくれた。


 それからの数日間、僕は夢中で彼らについていった。
 森を脅かす魔物たちを、ガストンさんたちは華麗な連携と圧倒的な魔法で次々と退治していく。僕の目には、彼らが命を懸けて戦うたびに、この街が少しずつ浄化されていくように見えた。

 パーティーの癒し手である女性は、僕の小さな擦り傷さえも『ヒール』の光で丁寧に治してくれたし、魔術師の人は、僕に夜空の星の名前や世界の広さを教えてくれた。
 
「ルカ、君の瞳はとても綺麗だ。その瞳が悲しみで曇るようなことがあってはいけない。この世界には、まだ守るべき美しさがたくさんあるんだよ」

 彼らが優しく微笑むたびに、僕の心の中の凍りついた部分が、少しずつ溶けていくのを感じた。
 神殿の冷たい鐘の音も、商会の非情な帳簿も、ここには届かない。
 ここは、勇者たちが治める優しさの王国だった。


 ◇


 そして滞在五日目の午後。
 狩った魔石を換金するため、僕は恩返しのつもりで、この街で一番の店へとガストンさんたちを案内した。


「ガストンさん、ここです! 街で一番の鑑定士の店なんです!」

 通りに面した石造りの建物。
 古びているが、どこか凛とした佇まいの店の前で、ガストンさんは足を止めた。使い込まれた大剣を肩に担ぎ直し、建物を見上げて鼻を鳴らす。


「……ふん、随分としけた店だな。本当にこんな場所で、俺たちが仕留めた『獲物』の価値がわかるのか?」

「もちろんです! ここらじゃ有名で、どんな小さな傷も見逃さないって評判なんですよ」

 僕は誇らしい気持ちで扉を開けた。
 店内には、シュッ、シュッ、と微かに何かを研ぐ音と、古い紙の匂いが満ちていた。
 

「いらっしゃいませ! おや、新しいお客様ですね。歓迎しますよ!」

 カウンターの奥から響いたのは、驚くほど明るく、張りのある声だった。
 黒髪を短く整えた男の人――店主さんが、作業台から顔を上げ、人懐っこい笑みを浮かべて僕たちを見た。
 彼は僕の泥だらけの格好を一瞬だけ見ると、さらに柔和な笑みを深めた。
 

「おや、そこの君。そんなに汚れちゃって、頑張って冒険者さんたちのお手伝いをしてきたんだね。えらいなぁ」
 
 初めて会う僕にも、気さくな態度で接してくれる。
 ガストンさんはカウンターに獲物の入った袋を放り出した。


「こいつだ、高く買い取ってくれ。上物だぞ」

「これはこれは、ずっしりと重たいですね! ありがとうございます、すぐに拝見しますよ!」

 店主のイチロウさんは嫌な顔一つせず、むしろ新しい友人を迎えるように両手を広げた。
 彼は手際よく魔石の血糊を布で拭い、天秤に載せていく。作業の間も、彼は明るく独り言を漏らしながら、手元の石板に数値を書き込んでいく。


「ほう、これは立派な角兎の魔石だ」
「この魔石、牙ネズミとは思えないほど見事な色つやですね……」

 ふとした合間に、イチロウさんが笑顔のまま問いかけた。

「……お客さん、これはあんたたちが自分で仕留めたものですか?」

「ああ、そうだ。文句があるのか?」

「いいえ、とんでもない! 素晴らしい手際だと思っただけですよ。はい、鑑定は済みました。こちらが代金です。毎度ありがとうございます!」

 イチロウさんは快活に笑いながら、机の上に硬貨を並べた。
 並べられた硬貨の数を見たガストンさんは、満足げにうなずいて金を袋に収めた。


「へっ、案外まともな査定をするじゃねえか。おい、行くぞルカ。今日は奮発してやるからな!」

 ガストンさんたちが満足げに店を出る際、店主さんはカウンター越しに大きく手を振った。

「はい、お気をつけて! ボクくんも、風邪を引かないようにね! また珍しいサンプルが手に入ったら、ぜひ寄ってくださいね!」

 僕は最後にもう一度だけ振り返った。
 店主さんは扉が閉まる瞬間までニコニコと笑っていたが、僕たちが外へ出た直後、彼はまた静かにレンズを覗き込み、次の魔石を磨き始めていた。
 

 ガストンさんの背中を追いかけながら、僕は心の中でその凄さを再確認していた。
 あの明るくて少し変わった鑑定士さんの前でも堂々としていたガストンさんは、やっぱり頼りになる。


「さあ、ルカ。今日は景気よく稼げたからな。お前の家にも、特上の肉を届けてやろう」

 ガストンさんが僕の頭を優しく撫でてくれる。
 お母さんとミーナの喜ぶ顔が目に浮かんで、僕は嬉しくて、何度も何度もうなずいた。


 ガストンさんたちがあと数日でこの街を去る事を思うと、心が苦しくなった。
 この幸せな時間が、ずっと続けばいい。
 明日も、明後日も、ガストンさんたちの役に立ちたい。

 彼らこそが、僕の暗闇を照らしてくれる、唯一の本物の太陽なのだと信じて――。
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