そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花

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3巻

3-1

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 私――エリザベス・アンダーソンは、二年前、アンダーソン公爵家に助けられて養女になった。
 ジェリー・ファロン。それが私の最初の名前。三歳の頃に火傷やけどを負い、十年間ファロン家の人たちからないがしろにされ、逃げ出そうとしたところをアンダーソン公爵家の次男、次期当主であるアルフレッド・アンダーソン――アル兄様に助けられたの。
 アンダーソン公爵家の方々は、金色の髪に赤い瞳が特徴的。彼らの瞳の色である赤色を身につけていると、家族に守られているような気がして、この二年間で私のドレスや髪飾りは、赤いものばかりになった。アンダーソン公爵家の色をまとう以上……彼らの家族の一員となった以上、恥じない行いを、と勇気を出して、かつての私と同じ名前の同級生、ジェリーを救ったのがつい先日のこと。
 彼女を救うために魔力のほとんどを使い切り、二週間の安静を伝えられた。二週間という短くはない期間、アカデミーの寮で生活するのは大変だろうと、アンダーソン邸に帰ることを決めた。もちろん、ジェリーを連れて。
 アンダーソン邸では、いつも私たちの帰りを待ってくれている三男のエドワード――エドと、アンダーソン公爵夫婦として仕事をしながらも私たちのことをずっと気にかけてくれているお母様のマリア・アンダーソンとお父様のジャック・アンダーソンが出迎えてくれた。
 ちなみに、長男のシリル・アンダーソン――私はシー兄様と呼んでいる――は、私がアカデミーに入学したのと同時に、自身の配属先をアカデミーにして私とアル兄様を守ってくれている。アル兄様と二人で、一緒に帰れないことを残念がっていた。
 銀色の髪と黄金の瞳を持つ私とジェリーが並ぶと、姉妹みたいね、とお母様は微笑んでいた。実は、みたい、ではなく、ジェリーは私の妹だ。……産みの母親は違うけれど。
 ジェリー・ブライト……私がかつて双子の姉妹だと思っていたジュリー・ファロンの、双子の姉。亡くなったと思っていた彼女は、乳母の手で助けられブライト家の娘として生きていた。
 しかし、二年前に姿を消した私の実母であるマザー・シャドウがブライト家に入り、家族の不和を引き起こして、精神が弱ったジェリーの心の中に入り込み、その体を乗っ取ろうとした。理由は、カナリーン王国をやり直し、奪われた『家族』を取り戻すため。
 約五十年前に滅んだ王国――カナリーン王国。
 私とジェリー、そしてジュリーは、カナリーン王国の王族の血を引いていた。
 カナリーン王国の王族は、宝石眼、と呼ばれる、まるで宝石のようなきらめき方をする瞳を持つことが特徴だった。先祖返りでこれを受け継いだのが私。
 ただ、宝石眼を持たずに生まれる王族もいた。そういう人たちは魔法の実験台や王位継承者の影武者になっていて……これに巻き込まれて最初の夫と子どもを亡くした被害者がマザー・シャドウだ……自分たちを冷遇する故郷を離れこのウォルテア王国で生活を始めた、らしい。
 マザー・シャドウとの因縁に決着をつけるため、ジェリーの心の中に入り込んだ私は、不思議な声に導かれるまま、彼女の魂を蒼い炎で包み込んだ。
 あの声や炎はなんだったのか、気になりはするけれど、まずは休養だ。
 アンダーソン邸の家族はみんな、ジェリーに親切に接してくれた。マザー・シャドウの暗躍について、つけこまれてしまった自分にも責任の一端があると思っていたらしいジェリーはとても戸惑っていたけど、被害者であることは明確だったし、潜在意識ではそうして休ませてくれる人たちを求めていたようで、徐々に慣れていった。
 二週間のあいだ、私たちはゆっくりと休んで親睦を深めていった。ジェリーにファロン家のことは聞かれず、私も話さず。ただのんびりと過ごす日々。
 だけど、一つだけ――彼女に確認しないといけないことがあった。

「……呪いの書、ですか?」
「そう。マザー・シャドウが持っていたから、あなたが持っていると思うの」
「それって、このくらいの分厚さの本ですか?」

 ジェリーが両手を使って厚さを示す。こくりと頷くと、彼女は真摯な表情を浮かべた。

「思い当たる本があります」
「……そっか。あとで燃やさない? あの本」

 私に十年も残り続けた火傷やけどあとを残した本。あの本がなんなのか、私にはわからない。だけど、あの本は存在してはいけない気がする。
 ジェリーが同意してくれたので、近いうちに燃やすことを約束して話は終わった。
 二週間の休みのうち、週末になるとクラスメイトや友人たちがお見舞いに来てくれた。みんなと話すことは楽しくて、ついつい休養中ということを忘れちゃいそうだったわ。
 アカデミー入学前からの友人である二人は当然来てくれた。艶のある長い黒髪に、新緑を思わせる緑色の瞳を持つジーン・マクラグレンと、赤茶色の髪と深緑色の瞳を持つイヴォンだ。そして、アカデミーで友人になったレーベルク王国からの留学生、背中まで伸びているストロベリーブロンドと眼鏡の奥にきらめくアクアマリンの瞳が印象的な、ディアことクラウディアも。
 プラチナブロンドとまるでアメシストのように輝く瞳を持つ義従兄いとこのヴィニー殿下こと、ウォルテア王国第三王子のヴィンセント殿下もお見舞いに来てくださった。
 私と契約した精霊のソルとルーナもしっかりと休んでいた。ソルは太陽属性の精霊で白いからすの姿をしていて、ルーナは月属性の精霊で白銀のうさぎの姿をしている。どちらもとても頼りになる、私の護衛。
 二週間しっかりと休んで、魔力がきちんと回復したことを確認してから、アカデミーに戻る許可を得て、ジェリーと一緒に戻ることになった。

「……なにからなにまで、お世話になってしまい申し訳ありません。ありがとうございました」
「いいのよ。また遊びに来てちょうだいね」

 お母様の言葉に、ジェリーは頬を赤らめてこくりと頷いた。彼女と一緒に登校すると、私たちに気付いた人たちからの視線が刺さり、その視線に耐えきれずジェリーはうつむいてしまう。
 私はそっと、彼女の手を取って歩き出す。はじかれたように顔を上げてこちらを見るジェリー。安心させるように微笑んでみせると、ほっとしたように息を吐いた。
 ジェリーは私の隣に並び、歩幅を合わせて歩き始める。

「リザ姉様。……ありがとうございます」
「どういたしまして」

 休養中の二週間。母親違いの妹であるジェリーは、私のことを『リザ姉様』と呼ぶようになった。
 きっと、エドの言葉が移ったのだと思う。それに、彼女も私のことを『姉』として慕ってくれている。私のほうが少しだけ年上なのよね。でも、こうして並んで歩いているとジェリーのほうが姉のように見えるかもしれない。身長差がかなりあるから。
 なんとなく、複雑な気持ちになりつつ、二週間前のマザー・シャドウとの対決の時に聞こえてきた声について、改めて考える。
 彼女をあわれんだようなあの声。あれはいったい……誰の声だったのだろう? ソルとルーナに聞こうとしたけれど、精霊たちはなにも話してくれなさそうだったのでやめた。ジェリーとずっと一緒だったしね。
 今わかっているのは、あの声と炎のおかげで、マザー・シャドウの脅威がなくなったということ。それだけでも、気分は良かった。
 よし、がんばって建国祭の舞姫の役目をしっかりと果たそう。建国祭までまだ時間はあるから、そのあいだにしっかりとダンスを覚えて、衣装を合わせて……いろいろなことをやらなきゃね。
 ジェリーは建国祭の前に一度ブライト商会に戻り、家族で話し合うと教えてくれた。
 家族で話し合って、また一からやり直したいと決意を固めた彼女の表情は、とても清々すがすがしく見えたことを覚えている。がんばれ、と彼女の背中に手を添えたのは、つい先日のこと。
 そして、私たちは日常へと戻る。友人たちと平和に暮らす日常に。
 そんな私たちのことを見ていた人がいたことに、その時の私は気付いていなかった。その人が、一波乱を呼ぶことも――……

「……やっと見つけた、めーちゃん」

 ぽつりと呟かれた歓喜の言葉は、私の耳には届かなかった。


 ◆◆◆


 アカデミーに戻ってから数ヶ月が経ち、建国祭がスタートした。
 建国祭では今年の舞姫――貴族ではジーン、ディア、私の三人が、朝、昼、夜の三回、決められたステージで踊ることになっている。最終日は朝に踊るだけ。舞姫たちの人気投票の結果を集計しないといけないから。
 平民の部ではイヴォン……彼女は貴族の出だが家が没落してしまったので平民扱いになる……が無事に予選を突破して、本選へ足を進めた。彼女の目標は優勝して貴族であるハリスンさんと結婚の許可を得ること。心から、応援している。

「……緊張してきたわ」

 今から本番だと思うと、鼓動がドクドクと早鐘を打ち、緊張で体が震えてしまう。

「大丈夫よ、あれだけ練習したのだから」
「そうよ、気合入れていきましょう!」

 そう意気込むディアの肩が、私と同じように震えていた。よく見れば、ジーンも。……みんな、緊張していたのね。
 私とジーンは顔を見合わせて、ぎゅうっとディアに抱きついた。私たちの体温を感じ取った彼女は、驚いたように体を硬直させたけど、すぐにふふっと笑ってくれた。
 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしてから、空を見上げる。

「うん、もう大丈夫。がんばれるわ」

 ディアが私たちを見渡す。芯の強そうな視線を受けて、力強く頷いた。
 舞姫として初めてのステージ。ダンスはどのステージも大体同じだけど、衣装は違う。
 朝のダンスの衣装は、ディアの故郷の民族衣装だ。彼女の故郷の民族衣装は、半袖のブラウスに袖なしのボディス、踵まであるスカートとエプロン。みんなそれぞれ、衣装の色は別だ。
 舞姫をバックアップしてくれるスタッフに促され、用意されたステージへ足を進めた。外にあるステージだから、観光客や国民たちが集まっている様子がよくわかる。
 こんなにたくさんの人たちが集まっているなんて……! と目を大きく見開くと、ジーンがスタスタと手を振りながら歩いていく。私とディアも、彼女の真似をして手を振りながらステージを歩いた。
 リハーサルと同じ場所に立ち、すっとカーテシーをすると、わぁぁああ! と歓声が聞こえる。
 辺りを見渡すと、見知らぬ人たちがこちらを眺めて手を振り返しているのが視界に入る。特に、小さな子たちは元気よく手を振り返してくれているみたい。

「――ウォルテア王国へようこそ!」

 私たち三人の声が、街の中に響いた。
 今日のために構成された魔法のおかげ。この魔法を構成したうちの一人に、ヴィニー殿下がいる。建国祭にはたくさんの人が関わっているから、少しでも感謝の気持ちを伝えたい。
 私たちのダンスで、みんなを楽しませることが出来るのなら――……

「今年はレーベルク王国からの留学生、クラウディア王女の協力のもと、オリジナルダンスを作りました。簡単なステップもありますので、みなさんも覚えて一緒に踊ってくださいね!」

 私とジーンが朝のセンターであるディアに手を向けると、彼女は緊張した面持ちで前に出て、美しいカーテシーをしてから顔を上げて微笑みかける。

「――わたくしたちのダンス、ぜひ、楽しんでいってください!」

 ディアの言葉が終わるのと同時に、音楽が流れる。私たちは互いに顔を見て頷き合い、この日のために練習してきたダンスを踊り始めた。
 音楽に合わせて体を動かす。それぞれのソロパートはセンターの時のみだから、今はジーンとのステップをシンクロさせることに集中する。私とジーンが同じステップを踏んでいる時、ディアは一人だけ違うステップだ。タンタン、と踵を鳴らして水の魔法を使う
 彼女の手のひらから、様々な動物をした水が、ディアのステップと同時に踊り出す。


 私はディアの魔法に魔力を送って水が崩れないように膜を張り、ジーンは風魔法でディアの作り上げた水の動物たちの一部を移動させ、ステージ下にいる人たちが見られるようにしている。
 太陽の光に反射して、動物たちがきらりと輝く。
 精霊たちに合図を送り、ディアの補助をしてもらう。彼女が安全に跳べるように。
 ディアが大きくジャンプをして、クルクルと回転し、スタッと着地をした。それと同時に音楽が終わり、魔力を送るのをやめると、ぱしゃん、と動物たちは水へとかえった。

「ありがとうございました!」

 ディアが立ち上がり、三人で手を繋いでから大きな声でお礼を伝えて頭を下げる。拍手と声援が大きく響き、朝のステージが成功したことを実感した。私たちがステージから去ると、代わりに別の人たちがステージに向かう。

「とりあえず、ダンスは成功したみたいね」
「……緊張したわ……」
「まだドキドキしてる……」

 そんなことを口にしながら、控室に入る。そこには衣装がずらりと並んでいた。昼のステージではジーンがセンターだ。私は夜のステージでセンターになる予定。それぞれの衣装に合うように、アクセサリーやダンスも多少変えている。アクセサリーに関してはほぼジーンが用意してくれたのだけど……どのアクセサリーもとても綺麗で、思わず見惚れてしまったわ。
 着替え終わり、昼のステージまでの自由時間をどうしようかと話していると、控えめなノックの音が耳に届いた。

「はい、どうぞ」

 返事をすると、勢いよく扉が開き、アル兄様たちが興奮気味に控室に足を踏み入れる。

「朝のステージご苦労様。とても綺麗だったよ、舞姫たち」
「あ、ありがとうございます……!」

 控室に来てくださったのは、エドワード以外のアンダーソン公爵家の家族と、ヴィニー殿下。
 褒められて嬉しくなったのは私だけではなかったようで、ジーンもディアも照れたようにはにかんでいた。

「みんな、とても素晴らしいダンスだったわ。輝いているように見えて、わたくしも心が弾んだの」
「うん、みんなとても綺麗だったぞ」

 マリアお母様とジャックお父様も褒めてくれた。私たちのダンスで心が弾んでくれたのなら、こんなに嬉しいことはないわ。
 ふと、アル兄様、シー兄様、ヴィニー殿下の手に一輪の花が握られていることに気付く。彼らは私の視線に気付いてパチンとウインクをした。
 アル兄様はジーンに近付くと、そっとその花を差し出した。紫色のバラで、棘は抜かれているみたい。

「私に……?」

 驚いたように目を大きく見開くジーンに、アル兄様が頷いた。彼女はそっと手を伸ばしてバラを受け取り、「ありがとうございます」と笑顔を浮かべた。
 シー兄様はディアに近付き、アル兄様と同じように一本のバラを差し出した。オレンジ色のバラだ。ジーンと同じように、棘は抜かれているみたい。彼女はシー兄様とオレンジ色のバラを交互に見て、首を傾げる。

「見事なダンスを見せてくれて、ありがとう」
「こ、こちらこそ……見にきていただいて、ありがとうございます」

 ほんの少しだけ、ディアの手が震えているように見えた。バラを受け取って頬を染めるディアを眺め、私とジーンは互いに顔を見合わせて「ふふ」と小さく微笑み合った。

「リザ」
「はい、ヴィニー殿下」
「これを……」

 ヴィニー殿下は私に、ピンク色のバラを差し出した。私の分も用意してくれたのね。もちろん、棘は抜かれている。
 差し出されたピンク色のバラを受け取って、ヴィニー殿下に頭を下げた。

「ありがとうございます」
「リザのセンターのダンス、楽しみにしているね」
「……あまり変化はありませんよ?」

 ステージの時間はきっちりと決まっている。同じ時間にダンスをすることになるから、多少のアレンジは加えているけれど、基本的には同じダンスだ。センターはコロコロ変えるけど……ちなみに、センターはくじ引きで決めた。話し合いで決めたのは、一日目の今日と最終日くらい。最初と最後のセンターはディアを推した。ジーンもね。

「あまり変わらなくても、楽しみは楽しみなんだよ。ね、アル」
「そうそう。あ、花は頭に飾るか、服に飾ってね。お守りだよ」

 アル兄様が自分の頭と胸元に手を当てる。お守り? といただいたバラに視線を落とすと、ヴィニー殿下が教えてくれた。

「花を加工してアミュレットにしたんだ。建国祭が終わるまで枯れないようにしたし、舞姫たちに近付いてくる魔の手を払うようにって魔けの加護を与えたよ」
「この二人がすっごく研究して、花が耐えられるくらいの魔法をかけていたからな……それ、やっと成功したやつなんだ」
「ちょっとシリル兄様! ばらさないでよ!」

 ぽんっとアル兄様とヴィニー殿下の肩に手を置くシー兄様。焦ったようにシー兄様を睨む二人。……私たちを守るために、このバラを加工してくださったのね。そっとバラをそれぞれの頭に飾る。棘も抜かれているし、そのまま髪にしてみたのだ。それを見たアル兄様たちが動きを止めて、じっと私たちを見つめる。

「うん、やっぱりよく似合う」
「ありがとうございます」

 再度、三人でお礼を伝えると、彼らは緩やかに首を横に振った。
 和やかな雰囲気が流れ、シー兄様が私たちに声をかける。

「三人はこれからどこへ?」
「とりあえず、街を見て回ろうかと……」
「なら、オレらも付き合うよ。舞姫たちの護衛をさせていただけませんか?」

 シー兄様が敬語で胸元に手を添え軽く頭を下げ、パチンとウインクした。すると、ディアは耳まで顔を赤くした。「は、はい……」と反射的に応える彼女は、とても嬉しそう。
 とりあえず、ここで話していても時間がもったいないから、控室から出て街に移動する。
 今まで見たことないくらい、大勢の人たちが歩いていた。その表情は誰もかれも楽しそうで、キラキラと輝いているように見える。はぐれないように、とヴィニー殿下が手を差し出したので、その手を取ってぎゅっと握って歩き出す。確かに、一人で歩いていたらあっという間に迷子になりそう。

「どこか目当ての場所はある?」
「……実は、ダンスの練習ばかりしていて、チェックしていません。ヴィニー殿下は?」
「うーん、魔法関連の場所があればってくらいかな?」

 魔法関連と耳にして、ピンと閃く。

「それはもしかして、クリフ様へのお土産?」
「それもあるけれど、他の国の魔法も知りたいし……」

 探究心が豊かよね、ヴィニー殿下って。ディアは古代語が得意だし、ジーンは商売に興味があるみたいだし、イヴォンは好きな人と一緒になるためにがんばっている。
 ……じゃあ、私は? 私に出来ることって、なにかしら……?
 思い浮かんだのは、あの蒼い炎のこと。あの炎のことは、誰にも話していない。

「……ヴィニー殿下、……良かったら、私の話を聞いてくれませんか?」

 ピタリと足を止めて私を見る彼。すぐにこくりと頷いてくれた。

「それじゃあ、こっちに移動しよう。リザは踊ったばかりなんだから、水分補給もしないとね」

 アル兄様たちに声をかけてから、別行動をする。混雑しているので、手は握ったまま。
 途中、果物で出来たジュースを買って、昼のステージに間に合うようにそう遠くないところにある休憩場に入る。椅子に座り、テーブルにジュースを置いてから、ソルとルーナを呼び出す。精霊たちがぴょこんと現れて、興奮したようにさっきのダンスの感想を伝えてくれた。

「みんなとっても綺麗だった!」
「練習の成果が出ていたな」
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しい! えっと、防音の魔法をお願い出来る?」

 まるで「任せて」と言うようにソルは翼を広げて、ルーナはぴょんと跳んだ。精霊たちに防音の魔法をかけてもらっている最中、ふとなにかが動いているような気がして視線を落とすと、ヴィニー殿下の影から彼と契約している精霊のシェイドが顔を出して、「綺麗でした」と一言感想を呟いた。精霊たちもダンスを楽しんでくれたようで、なんだか心がぽっと温かくなる。
 ジュースを一口飲んでから、ゆっくりと息を吐く。
 マザー・シャドウとの対決後、私は舞姫の役目を果たすために、ヴィニー殿下は建国祭を成功させるために、それぞれあまり自由時間が取れなかった。だから、こうして二人で話すのは久しぶりだ。

「体調は大丈夫? 疲れていない?」
「大丈夫です。そんなに長いダンスでもありませんから」

 一曲四分から五分程度のダンスだ。注目を浴びながら踊るのは、正直に言うととても緊張して、それ以上に長く感じたけれど……もしかしたら、最終日には『終わっちゃったな』と短く感じるのかもしれない。

「こうしてゆっくり話すのは久しぶりだね。話し相手、ぼくで良かったの?」

 ヴィニー殿下に問われて、「もちろんです」と返した。アル兄様たちに相談することも考えたけれど、相談相手と考えて一番に思い浮かべたのが、ヴィニー殿下だったから……
 数ヶ月前のことを彼に話す。マザー・シャドウとの対決の時に聞こえた声のこと、蒼い炎が彼女の魂を燃やしたことを。彼は真剣な表情で聞いてくれた。

「このこと、アルたちは知っているの?」

 ふるりと頭を左右に振った。彼は「そっか」と呟いてから、ちらりとソルとルーナに視線をやる。

「精霊たちは、その声に心当たりはない?」

 ソルもルーナも……シェイドさえ、口を噤んだ。あの『声』の主に心当たりがあるのかもしれない。そして、それを黙っていたということは、話したくないということなのかも?

「リザは、その声を聞いた時……どう思った?」
「……マザー・シャドウを、とてもあわれんでいるように思いました。カナリーン王国への執着に対してなのか、彼女の生き方に対してなのかはわからないけれど……。それから、あの蒼い炎がなんだったのか、わからないのが気になっていて」

 確かに、私から発せられた炎だった。魂さえも燃やしてしまう、蒼い炎。今、思い出してもなぜ私がそんな魔法を使えたのかわからない。ジェリーと同じように、私の中にもう一人、誰かが潜んでいるんじゃないか、って想像もしたけれど、あれ以来『声』は聞こえてこない。
 休養中にジェリーにそれとなく聞いたところ、マザー・シャドウが彼女を乗っ取っていた時、何度も『声』が聞こえたらしい。それもかなりの暴言を。自分の存在を否定され、自分の家族を否定され、心が揺らいだ時にマザー・シャドウが表に出て、私に攻撃的な態度を取っていた、と。

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