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#01 嘲弄
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「まあ、神子様。お散歩ですの?」
ふいに声をかけられ振り返ると、そこには何人もの侍女と護衛騎士を引き連れた王妃の姿が有った。
昼下がりの、美しく調えられた後宮の庭園。
神子と呼ばれた、俺の主人、一見少年とも見える細身の青年は一歩下がって姿勢を沈め頭を垂れる。
「王妃様。ご機嫌麗しゅう」
王妃の顔にはあからさまな蔑みが見られる。
お付きの侍女達は目配せしながらクスクスとひそひそ話の合間に神子様に視線を向け、誰からとも無く「惨めなものね」「あれが寵を失った男妾の成れの果てなのね」「陛下のお渡りが無くなってもう一年以上じゃない?」「普通なら恥ずかしくてこの後宮に居座るなんて出来ないわよ」などと蔑んで囁き合っている。
その言葉が神子様に丸聞こえである事に頓着もせず。
よく言う。
神子様が居座っているわけでは無い。陛下が閉じ込めているだけだ。
「恐れながら・・・」
「マクミラン・・・!」
思わず侍女達に反論しようとした俺は神子様に静かに窘められた。
俺は頭を下げ一歩退き頭を垂れた。
「散策のお目汚しをしてしまいましてお詫び申し上げます。ご無礼お許しくださいませ」
一礼して立ち去ろうと踵を返したとき背後から王妃がため息交じりに声をかけた。
「どちらかにお急ぎですの?」
「いえ。神殿から戻ったところにございます」
「そう・・・ご苦労様。・・・ここのところほぼ毎日のように神殿に行っているようね。そんなに神殿が居心地良ろしいのならお移りあそばしてはいかが?神子様にはその方がお似合いなのでは無いかしら?」
王妃の言葉に侍女達が吹き出した。木漏れ日の中で嘲笑がさざめく。
神子様は一度背を向けかけた体勢を再び王妃に対面し少し嬉しそうに目を輝かせて問うた。
「王妃様のお目にもそのように映りますでしょうか?実は私も全く同感でございます。王宮の様な煌びやかで華やかな場所には私のような者は似つかわしくなく、この一角をいただくことを常に心苦しく思っておりました。王妃様は後宮の束ねを担われるお方でございます。私が神殿に移ることをお許しいただけますでしょうか」
その言葉に王妃の顔色がサッと曇る。
それには目もくれず神子様はどこかみすぼらしくさえ見えるベルトに下がる魔法袋から「・・・ああ、そうそう・・・」と透明な淡いピンク色の液体が入った瓶を取り出した。
「先日、神官達と共にイムマズナ村の治癒に行って参りました。そこで村人がお礼だと言ってくれたものなのですが、私は男ですし、ご覧の通りの貧相な容貌でございますから貰っても使い道も無く・・・不躾で大変申し訳ないのですが、宜しければお使いいただけないでしょうか」
それはイムマズナ特産の希少な化粧水だ。
イムマズナ渓谷の危険な絶壁に咲くミミファという花の、大きく膨らんだ萼部分に溜まる水分を抽出し、ミミファの蜜と花びらを煮つめて濾し、同じくイムマズナ渓谷の洞窟にはびこるアスラゴケという苔を擂って濾したエキスを加えて精製されたもので、その化粧水をはたくとシミやソバカスはたちどころに消えシワやたるみも無くなるという。
しかも肌のきめが細かくふっくらと柔らかくなり、まるで赤児のような肌触りになると評判だ。ただ、年に10本も作れない超希少アイテムで有り、貴族令夫人令嬢達御用達の一流商会ですらとり扱い分などは入荷数年前から予約で、しかも抽選。身分や人脈で画策しようともおいそれとは手に入らないという代物だ。
王妃は絶句し暫く沈黙してしまった。
神子様はその間を拒絶と捉えたかのように頭を下げ侍女達の方に視線を巡らせた。
「失礼致しました。王妃様にお使いいただけるようなものでは無かったでしょうか。ならば宜しければどなたか侍女殿達の中で・・・」
にわかに侍女達が騒然とする。とっさに王妃は慌てて取り繕った。
「いえいえ、せっかくの神子様のお心遣いですもの頂戴しますわ。イムマズナには又行かれる予定はございますの?」
「はい。今のところいつになるかは分かっておりませんが、以前の瘴気の被害で具合を悪くした民の治癒が全て終わったわけではなさそうなので、折を見て又行くことになろうかと存じます」
「・・・そう」
「もし今回のそれを王妃様がお試しになりお気に召されましたらまたイムマズナに赴いた際には入手してくるように致しますので」
王妃にとっては垂涎の申し出で有っただろう。
その証拠にすぐに応えた。
「神子様がそれほどに真剣に神殿に入りたいというご希望ならばわたくしから陛下にそれとなく進言しておくように致します。」
「ありがたき幸せに存じます。何卒よしなに」
王妃は軽く頷くと再び大勢の伴を引き連れて庭園に歩を進めていった。
その後ろ姿を頭を垂れながら見送った神子様は植え込みの影に一行の姿が見えなくなると端正な唇にかすかな笑みを乗せて反対方向・・・神子様の住処である後宮の果てに向かって歩き出した。
背筋を伸ばし上半身の姿勢を貼り付けたように同じに保ったまま、猛烈なスピードで風を切って突き進んだ。歩いているはずなのにまるで走っているかのように。
数歩先に扉を開けた俺の脇から自室に転がり込むように入り、後ろ手に扉の鍵をかけた後、息を切らしながらその艶やかな黒髪を揺らし肩を震わせた。
―――― ・・・ふっ、・・・くくっ・・・。あはは、あはははは!
堪えきれなくなって堰を切ったように神子様は声を上げて笑い始めた。
ふいに声をかけられ振り返ると、そこには何人もの侍女と護衛騎士を引き連れた王妃の姿が有った。
昼下がりの、美しく調えられた後宮の庭園。
神子と呼ばれた、俺の主人、一見少年とも見える細身の青年は一歩下がって姿勢を沈め頭を垂れる。
「王妃様。ご機嫌麗しゅう」
王妃の顔にはあからさまな蔑みが見られる。
お付きの侍女達は目配せしながらクスクスとひそひそ話の合間に神子様に視線を向け、誰からとも無く「惨めなものね」「あれが寵を失った男妾の成れの果てなのね」「陛下のお渡りが無くなってもう一年以上じゃない?」「普通なら恥ずかしくてこの後宮に居座るなんて出来ないわよ」などと蔑んで囁き合っている。
その言葉が神子様に丸聞こえである事に頓着もせず。
よく言う。
神子様が居座っているわけでは無い。陛下が閉じ込めているだけだ。
「恐れながら・・・」
「マクミラン・・・!」
思わず侍女達に反論しようとした俺は神子様に静かに窘められた。
俺は頭を下げ一歩退き頭を垂れた。
「散策のお目汚しをしてしまいましてお詫び申し上げます。ご無礼お許しくださいませ」
一礼して立ち去ろうと踵を返したとき背後から王妃がため息交じりに声をかけた。
「どちらかにお急ぎですの?」
「いえ。神殿から戻ったところにございます」
「そう・・・ご苦労様。・・・ここのところほぼ毎日のように神殿に行っているようね。そんなに神殿が居心地良ろしいのならお移りあそばしてはいかが?神子様にはその方がお似合いなのでは無いかしら?」
王妃の言葉に侍女達が吹き出した。木漏れ日の中で嘲笑がさざめく。
神子様は一度背を向けかけた体勢を再び王妃に対面し少し嬉しそうに目を輝かせて問うた。
「王妃様のお目にもそのように映りますでしょうか?実は私も全く同感でございます。王宮の様な煌びやかで華やかな場所には私のような者は似つかわしくなく、この一角をいただくことを常に心苦しく思っておりました。王妃様は後宮の束ねを担われるお方でございます。私が神殿に移ることをお許しいただけますでしょうか」
その言葉に王妃の顔色がサッと曇る。
それには目もくれず神子様はどこかみすぼらしくさえ見えるベルトに下がる魔法袋から「・・・ああ、そうそう・・・」と透明な淡いピンク色の液体が入った瓶を取り出した。
「先日、神官達と共にイムマズナ村の治癒に行って参りました。そこで村人がお礼だと言ってくれたものなのですが、私は男ですし、ご覧の通りの貧相な容貌でございますから貰っても使い道も無く・・・不躾で大変申し訳ないのですが、宜しければお使いいただけないでしょうか」
それはイムマズナ特産の希少な化粧水だ。
イムマズナ渓谷の危険な絶壁に咲くミミファという花の、大きく膨らんだ萼部分に溜まる水分を抽出し、ミミファの蜜と花びらを煮つめて濾し、同じくイムマズナ渓谷の洞窟にはびこるアスラゴケという苔を擂って濾したエキスを加えて精製されたもので、その化粧水をはたくとシミやソバカスはたちどころに消えシワやたるみも無くなるという。
しかも肌のきめが細かくふっくらと柔らかくなり、まるで赤児のような肌触りになると評判だ。ただ、年に10本も作れない超希少アイテムで有り、貴族令夫人令嬢達御用達の一流商会ですらとり扱い分などは入荷数年前から予約で、しかも抽選。身分や人脈で画策しようともおいそれとは手に入らないという代物だ。
王妃は絶句し暫く沈黙してしまった。
神子様はその間を拒絶と捉えたかのように頭を下げ侍女達の方に視線を巡らせた。
「失礼致しました。王妃様にお使いいただけるようなものでは無かったでしょうか。ならば宜しければどなたか侍女殿達の中で・・・」
にわかに侍女達が騒然とする。とっさに王妃は慌てて取り繕った。
「いえいえ、せっかくの神子様のお心遣いですもの頂戴しますわ。イムマズナには又行かれる予定はございますの?」
「はい。今のところいつになるかは分かっておりませんが、以前の瘴気の被害で具合を悪くした民の治癒が全て終わったわけではなさそうなので、折を見て又行くことになろうかと存じます」
「・・・そう」
「もし今回のそれを王妃様がお試しになりお気に召されましたらまたイムマズナに赴いた際には入手してくるように致しますので」
王妃にとっては垂涎の申し出で有っただろう。
その証拠にすぐに応えた。
「神子様がそれほどに真剣に神殿に入りたいというご希望ならばわたくしから陛下にそれとなく進言しておくように致します。」
「ありがたき幸せに存じます。何卒よしなに」
王妃は軽く頷くと再び大勢の伴を引き連れて庭園に歩を進めていった。
その後ろ姿を頭を垂れながら見送った神子様は植え込みの影に一行の姿が見えなくなると端正な唇にかすかな笑みを乗せて反対方向・・・神子様の住処である後宮の果てに向かって歩き出した。
背筋を伸ばし上半身の姿勢を貼り付けたように同じに保ったまま、猛烈なスピードで風を切って突き進んだ。歩いているはずなのにまるで走っているかのように。
数歩先に扉を開けた俺の脇から自室に転がり込むように入り、後ろ手に扉の鍵をかけた後、息を切らしながらその艶やかな黒髪を揺らし肩を震わせた。
―――― ・・・ふっ、・・・くくっ・・・。あはは、あはははは!
堪えきれなくなって堰を切ったように神子様は声を上げて笑い始めた。
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