釣った魚、逃した魚

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#52 対峙

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 竜舎付近の出動エリアでは幾組かのグループが少しざわついていた。

既に何騎か飛び立った後のようだ。
夜だから正確には分からないが。

おそらく、神殿と関係性の良い高位貴族出身である側妃とその御子を、安全な場所に移動させるためなのだろう。
王兄殿下が神殿と懇ろだからだ。

よく見ると子連れの婦人とその騎士も居る。

飛竜は基本、成人男子3人までは乗れる。その中に子供が居る場合は、大人二人に子供二人までが可能だが、無論子供の大きさにもよる。
どうやらヘルミーネ妃が王女殿下と共に乗り込んだ様子だ。この場合専属護衛騎士は同乗出来ない。竜騎士に託すしかない。

夜空に羽ばたき、闇に呑まれていく飛竜の影を心配げに見上げた後、数名の専属護衛騎士はおそらく地上から落ち合う場所に向かうのだろう。敷地内を騎馬で疾走していった。



その間、イヤーカフからは神子様が、逃亡しようとしていた宰相達を掴まえて、今まさに反乱軍の一番乗りが制圧した朝議棟の広間に転移させたらしきところだった。

どうやら、反乱軍の先陣と暴徒が一緒になって正門を突破した頃、既にそこに宰相の姿はなかったらしい。
有事の際に使用人が逃げ出すための、王城裏の寂しい方面にある非常用通路から、使用人に変装してまで逃げだそうとしていたらしきやりとりが聞こえたときには、呆れと侮蔑で脱力を感じた。

そういえば、その中で宰相が「お前が無責任に逃亡したせいで陛下があんな目に遭っているのだぞ」などと喚いている声があった。

「え…、無責任に逃亡って、今のあなたがそれを言いますか?」
神子様の返答には明らかに笑いが籠もっていた。相手が絶句した気配があった。

「では、責任感溢れる宰相閣下には、最前線で反乱軍に対応すべく、現場にお送りしますよ」
そのあと、言葉にならないわめき声が滲むように遠ざかり消えた。

次の瞬間、激しい怒号、奇声、破壊音、剣戟の音が溢れるように飛び込んできて、すぐに消えた。

神子様が最前線の現場に宰相を転移させた直後、ご自分は再び転移して去ったのだ。
そのあと宰相がどうなったのかは、神子様が場所を変えたから知らない。



ヘルミーネ妃の一団が去った後、次にはその場に既に準備された、物資を載せた飛竜も竜騎士一名の操作の元に飛び立つ。

有事でもあるからか、その場に居る人間は少ないものの、どことなく慌ただしい。

俺は竜舎に向かった。
竜舎から飛竜を出動させるために、担当調教師に声がけして鞍付けをして貰う。

俺ひとりならば自分で鞍付け出来るが、ナタリー妃や神子様と同乗するから、あまり馴染まない傷病者運搬用の鞍を着けないといけない。
それは、やはり特別な技術を持っている専任調教師に装着して貰ったほうが、安全だし格段に早いのだ。

「あ、お疲れさまです、デスタスガス騎士!緊急招集ですね、正面大門から既に連絡を貰っています!」
「ナタリー妃様を安全なところに避難させるよう命じられた」
「了解です!では傷病者運搬用の鞍がよろしいですね」
顔見知りの専属調教師が、最も俺と相性の良かった飛竜を解放するための鍵を持ち、走って行った。
鞍は傷病者運搬用の、四方を輿のように囲われ、安全ベルトで固定する仕様の頑丈なものだ。今回はオプションで妊婦用のベルトにしてもらう。

出動エリアに出るためには、一度地下通路を通って出なければならない。
俺は地下通路に走る。
石階段を降りると広いホールがあり、そこから各個体専用の出動ゲートに通路が分かれる。
だが。

地下のホールに走り込んだときに俺は行く手を阻まれた。
そこには、白地に赤い神殿の紋章を差し込まれたサーコートに、鈍色の大兜を着けた神殿直属の聖騎士団が居た。
「お待ちしていましたよ」
彼らの列の背後から深みのある美声が静かに響く。
大兜やホーバークは身につけていないやや軽装気味の姿でグレイモスが姿を現した。

胸の紋章は他の聖騎士よりも位階が上の証、金糸で差し込まれている。
つまりは司令官職に有ると言う事だ。
「驚いてもらえたようで重畳。これでも私は毎年王家主催の武闘大会には聖騎士団代表で参加して、何度も栄冠を勝ち取っているのですがね。全くご存じなかったようで。
そういえばデスタスガス騎士は一度も出場されませんでしたよね。毎年、主催者側からは強く要請されていたにもかかわらず、能力を披露するための大会などのようなものには、一切お出にならないガチガチの現場主義だと聞いていました」

ああ、そうだったのか。全く知らなかった。ああいうイベントには興味がない。
そもそも俺は人間と戦うために鍛錬をしているわけでは無い。

名誉や褒美が励みになるのは分かる。それが武力の底上げに繋がるのだから有意義な催しだ。
そして、彼らを統率する者達に、その実力を把握させるためにも重要だろう。
だが、端的に言って俺には必要がなかった。

聖騎士団は分かり易く殺気立っている。
「神子様を拐かした極悪人め!」
「神子様を還せ!」
そんな声を上げながら、短気な聖騎士数名が抜剣して突進してきた。
相手が聖騎士でなければ神子様の結界が有効だったはずだが、聖騎士団の攻撃は聖魔法系の術式を帯びておりそれを無効にした。
相手にとっても、俺が神子様の結界を施されているであろう事は想定済みだったのだろう。
躱して、相手の尻を蹴る。味方に突進して行く者と、盛大に転がる者。一気にその場に緊張が走る。
一斉に俺を取り囲む布陣となり、抜剣する。

次々と突き込まれる切っ先を弾き、隙が出来た者から、そのまま抜いていない剣でなぎ倒した。
相手を殺さぬように加減するのが容易でない程度には、相手も手練れだ。
布陣の入れ替えなどスムーズだし、こなれた連携で、攻撃魔法も帯びつつかかってくるから、何度もヒヤリとする局面があった。

グレイモスは黙って見ているだけだ。
まるで俺の手筋を部下に引き出させて、それを吟味でもしているように。

少し、イラついた。
だから、ちょっとだけ本気を出した。
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