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#53 足止め工作
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彼らの剣先を払い、躱した先から、その返す手で風魔法を纏わせた打突を繰り出して吹っ飛ばす。
次々と地下ホールの、石造りの壁や支柱に叩きつけられ伸びて行く。
鞘に収めたままの打突だから、最悪、骨折はしたかも知れないが、死んでは居ないはずだ。
そもそも術式を組み込まれている鎖帷子に護られているだろう。
彼らを倒した手応えを感じた直後、俺はなじみの飛竜の出動エリアゲートに向かって駆け出そうとしたが。
案の定、グレイモスに立ちはだかられた。
「あなたのような稀代の英雄と、手合わせ願えるなんて幸甚です」
そう言いながらゆっくりと鞘から剣を抜いた。
ブレードの表面に薄膜が張るように仄かな光が生じ、魔力を纏うのが分かる。
その気迫といい、軸といい、隙のなさといい、それまでの相手達とは格が違う。
だが、そもそもだ。
何故ここで待ち伏せをされたのか。
今日、この時になぜ俺がこの竜舎に来ると分かった?
その時に、ふとあのエーフィンガ市での神子様とグレイモスのやりとりを思い出した。
あの時、グレイモスは概ね殆どの事を知っていた。
神子様が俺の冒険者の相棒タカである事。
俺がタカを『特別な人』として姉や義兄家族に紹介していた事。
タカの冒険者としてのランクも。
そして今回反乱軍が蜂起したら、即座にタカと俺が王都に居る『捨て置けない親しい友人』を救出に出る、という事を予め義実家関連の者にだけは伝えてあった。
ナタリーの弟妹を連れ出して貰う以上は、話さないわけにはいかなかったからだ。
もしや。
義兄の姉。
昔から大変に信心深く、邸の中にも簡易礼拝室を設け毎日の祈りは欠かさないひとだ。
ことあるごとに神殿に足を運び、寄進をしたり、孤児院への生活物資や読み書きの支援など精力的に行っている。
義姉自身がグリエンテ商会傘下のオリジナル化粧品を別ブランドとして受け持ち、そこそこ好調で個人資産も潤沢である故に、神殿からすればそこらの貴族よりも覚えがめでたい。
そして。
義姉は大変なお喋りなのである。
気の良い人だが、特に身内のプライバシーすら、知りたがる人に求められ、話題になると思うと具に喋ってしまう。
もし、グレイモスが最初から俺をマークしていて、俺の身辺調査を徹底的にしていたなら、最も情報源として有用なのはあの人だろう。
そして、王都の中央神殿の要職にあるグレイモスが命じれば、地方の神官からお喋りなご婦人の身内話くらいすぐに伝わってしまう。
あれで商売に関する機密だけは漏らさないのが、商人一族の血筋として、天晴れなのだが。
だから、昨今の巷で行き交う普通の話題として、王都を始めあちこちの都市で暴動が起きていると言うきっかけがでたなら、その流れで、親族である俺が有事の際には『酷く大切な友人を救出に向かうらしいのよ、心配だわ』などと喋っていた可能性は高い。
それどころかヘタをすると俺達の無事を祈りに行って、神官に喋った可能性も。
グレイモスに向かい、体制を整えながら、俺の脳内では矢継ぎ早にそんな思考が駆け巡った。
「…セシリアお義姉さんか…」
思わず口をついて出た。
「彼女は、敬虔で慈愛に満ちた、素晴らしい婦人です」
そう言いながら小走りで一気に間合いを詰めたグレイモスが威力増幅の魔力を込めた剣を突き込んできた。
純度の高いミスリルの剣は、奏でる音も涼やかで美しい。
幾合かのやりとりに火花が散り、高い金属音が石造りのホールの中でこだまする。
仄暗い、地下ホールの中ですら煌めく銀糸の髪を揺らし、隙なく優雅に攻撃してくる姿は、確かに神の使徒のようにすら見える。
だが。
こんな、あからさまな足止めに付き合っている暇は無い。
俺は魔力を流し込み、麗しい神の使徒に重い斬撃を繰り出した。
躱される。
だがそれは想定済みだ。返す手で風を切って素早く薙ぐ。
切られた風が風刃となって後から追ってくる攻撃だ。しかもその風刃はブーメラン状に弧を描く。
それは目にもとまらぬ攻撃だったはずだ。
だからとっさに防御を張れたグレイモスはさすがと言うほか無い。
だが、ずべてを避け切れたわけではなかった。
グレイモスの足元に血が滴る。
脇腹と太腿に軽くはない傷を負ったようで、美貌を歪めて脇腹を庇うように手で押さえ、前のめり気味に蹈鞴を踏んだ。
そうだった。
彼はなぜか鎖帷子を装着していなかった。
彼のではない呻きが聞こえて、先ほど吹っ飛ばした聖騎士の中に、気がついた者が居るのを見て、とっさに俺は背を向け走り出した。
その背に魔法攻撃を繰り出す者も居たが、俺は神子様に施された魔法攻撃無効の結界に守られて弾き返す。
だから構わずに走った。
グレイモスの怪我なら、あの聖騎士の誰かが治癒してくれるだろう。
俺がさっき、聖騎士団に対処しているときに、イヤーカフから微妙な異変を感じ取ったからだ。
それまで、イヤーカフからは神子様の声はなく、時折乱闘の音が聞こえていた。
だが途中で一定の喧噪がこちらに向かって寄せてくる気配を感じた。
神子様の舌打ちと「見つかったか」という小さな呟きが聴こえた。
石の床とおぼしき硬質な床を急ぎ足で歩く足音。
直後に「神子様ッ!」と言いながら近づくナタリーの声。焦りが伝わってくる。
「大丈夫だ。彼らはこの塔には入ってこられないから。絶対に入れないから」
「騎士様はだいじょぶなの?」
「うん。ただ、何やら邪魔が入ったみたいで予定が遅れて居るみたいだね。…ミラン?急げる?」
「大丈夫です。これから飛びます」
神子様の問いかけに、目の前の調教師に聞こえぬよう、そう小さく答えた。
「待たせて悪かった」
「いえ、ちょうど鞍の準備が整ったところです。よしよし、ディアナ、デスタスガス騎士を頼んだぞ」
駆けつける俺に親指を立て、飛竜の首を叩いて言い聞かせる。
なじみの飛竜は頷く様な仕草の後に、空に向けてキャオと鳴いた。
「久し振りだな、ディアナ。よろしくな」
飛び乗り、鞍のホーンを掴んで両足で挟むように飛竜のカラダを強く打つ。
次の瞬間ぐわっと視界が星空でいっぱいになり、両脇の翼がはためいた。
浮上した後調教師の頭上を一度旋回すると、眼下で敬礼する彼の姿が回転して遠ざかった。
次々と地下ホールの、石造りの壁や支柱に叩きつけられ伸びて行く。
鞘に収めたままの打突だから、最悪、骨折はしたかも知れないが、死んでは居ないはずだ。
そもそも術式を組み込まれている鎖帷子に護られているだろう。
彼らを倒した手応えを感じた直後、俺はなじみの飛竜の出動エリアゲートに向かって駆け出そうとしたが。
案の定、グレイモスに立ちはだかられた。
「あなたのような稀代の英雄と、手合わせ願えるなんて幸甚です」
そう言いながらゆっくりと鞘から剣を抜いた。
ブレードの表面に薄膜が張るように仄かな光が生じ、魔力を纏うのが分かる。
その気迫といい、軸といい、隙のなさといい、それまでの相手達とは格が違う。
だが、そもそもだ。
何故ここで待ち伏せをされたのか。
今日、この時になぜ俺がこの竜舎に来ると分かった?
その時に、ふとあのエーフィンガ市での神子様とグレイモスのやりとりを思い出した。
あの時、グレイモスは概ね殆どの事を知っていた。
神子様が俺の冒険者の相棒タカである事。
俺がタカを『特別な人』として姉や義兄家族に紹介していた事。
タカの冒険者としてのランクも。
そして今回反乱軍が蜂起したら、即座にタカと俺が王都に居る『捨て置けない親しい友人』を救出に出る、という事を予め義実家関連の者にだけは伝えてあった。
ナタリーの弟妹を連れ出して貰う以上は、話さないわけにはいかなかったからだ。
もしや。
義兄の姉。
昔から大変に信心深く、邸の中にも簡易礼拝室を設け毎日の祈りは欠かさないひとだ。
ことあるごとに神殿に足を運び、寄進をしたり、孤児院への生活物資や読み書きの支援など精力的に行っている。
義姉自身がグリエンテ商会傘下のオリジナル化粧品を別ブランドとして受け持ち、そこそこ好調で個人資産も潤沢である故に、神殿からすればそこらの貴族よりも覚えがめでたい。
そして。
義姉は大変なお喋りなのである。
気の良い人だが、特に身内のプライバシーすら、知りたがる人に求められ、話題になると思うと具に喋ってしまう。
もし、グレイモスが最初から俺をマークしていて、俺の身辺調査を徹底的にしていたなら、最も情報源として有用なのはあの人だろう。
そして、王都の中央神殿の要職にあるグレイモスが命じれば、地方の神官からお喋りなご婦人の身内話くらいすぐに伝わってしまう。
あれで商売に関する機密だけは漏らさないのが、商人一族の血筋として、天晴れなのだが。
だから、昨今の巷で行き交う普通の話題として、王都を始めあちこちの都市で暴動が起きていると言うきっかけがでたなら、その流れで、親族である俺が有事の際には『酷く大切な友人を救出に向かうらしいのよ、心配だわ』などと喋っていた可能性は高い。
それどころかヘタをすると俺達の無事を祈りに行って、神官に喋った可能性も。
グレイモスに向かい、体制を整えながら、俺の脳内では矢継ぎ早にそんな思考が駆け巡った。
「…セシリアお義姉さんか…」
思わず口をついて出た。
「彼女は、敬虔で慈愛に満ちた、素晴らしい婦人です」
そう言いながら小走りで一気に間合いを詰めたグレイモスが威力増幅の魔力を込めた剣を突き込んできた。
純度の高いミスリルの剣は、奏でる音も涼やかで美しい。
幾合かのやりとりに火花が散り、高い金属音が石造りのホールの中でこだまする。
仄暗い、地下ホールの中ですら煌めく銀糸の髪を揺らし、隙なく優雅に攻撃してくる姿は、確かに神の使徒のようにすら見える。
だが。
こんな、あからさまな足止めに付き合っている暇は無い。
俺は魔力を流し込み、麗しい神の使徒に重い斬撃を繰り出した。
躱される。
だがそれは想定済みだ。返す手で風を切って素早く薙ぐ。
切られた風が風刃となって後から追ってくる攻撃だ。しかもその風刃はブーメラン状に弧を描く。
それは目にもとまらぬ攻撃だったはずだ。
だからとっさに防御を張れたグレイモスはさすがと言うほか無い。
だが、ずべてを避け切れたわけではなかった。
グレイモスの足元に血が滴る。
脇腹と太腿に軽くはない傷を負ったようで、美貌を歪めて脇腹を庇うように手で押さえ、前のめり気味に蹈鞴を踏んだ。
そうだった。
彼はなぜか鎖帷子を装着していなかった。
彼のではない呻きが聞こえて、先ほど吹っ飛ばした聖騎士の中に、気がついた者が居るのを見て、とっさに俺は背を向け走り出した。
その背に魔法攻撃を繰り出す者も居たが、俺は神子様に施された魔法攻撃無効の結界に守られて弾き返す。
だから構わずに走った。
グレイモスの怪我なら、あの聖騎士の誰かが治癒してくれるだろう。
俺がさっき、聖騎士団に対処しているときに、イヤーカフから微妙な異変を感じ取ったからだ。
それまで、イヤーカフからは神子様の声はなく、時折乱闘の音が聞こえていた。
だが途中で一定の喧噪がこちらに向かって寄せてくる気配を感じた。
神子様の舌打ちと「見つかったか」という小さな呟きが聴こえた。
石の床とおぼしき硬質な床を急ぎ足で歩く足音。
直後に「神子様ッ!」と言いながら近づくナタリーの声。焦りが伝わってくる。
「大丈夫だ。彼らはこの塔には入ってこられないから。絶対に入れないから」
「騎士様はだいじょぶなの?」
「うん。ただ、何やら邪魔が入ったみたいで予定が遅れて居るみたいだね。…ミラン?急げる?」
「大丈夫です。これから飛びます」
神子様の問いかけに、目の前の調教師に聞こえぬよう、そう小さく答えた。
「待たせて悪かった」
「いえ、ちょうど鞍の準備が整ったところです。よしよし、ディアナ、デスタスガス騎士を頼んだぞ」
駆けつける俺に親指を立て、飛竜の首を叩いて言い聞かせる。
なじみの飛竜は頷く様な仕草の後に、空に向けてキャオと鳴いた。
「久し振りだな、ディアナ。よろしくな」
飛び乗り、鞍のホーンを掴んで両足で挟むように飛竜のカラダを強く打つ。
次の瞬間ぐわっと視界が星空でいっぱいになり、両脇の翼がはためいた。
浮上した後調教師の頭上を一度旋回すると、眼下で敬礼する彼の姿が回転して遠ざかった。
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