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#88 頼れる筆頭文官
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会談場所であるガヌ公国は、南洋の島国だ。
やや大きめの三つの島と、周辺に点在する島嶼部で成り立っている。
島国ではあるが、自給自足力に優れ、しかも海洋貿易の結節点となって居ることで国家は豊か。
そのせいもあり、他国の紛争には基本的に関与しない、中立国だ。
初夏という事も有り、シャンド王国も汗ばむほど暑かったが、ガヌ公国はまさに常夏の国だった。
色鮮やかな花々が咲き乱れる庭園。賑やかに飛び交う鳥達の羽もまた極彩色。
日射しが肌に痛いくらいだ。
到着の際には、大公殿下・妃殿下、世子殿下に迎えられ丁重にご挨拶をした。
ただ、慣れない船旅の疲労を慮って、その日は迎賓宮でゆっくりさせてくれた。
翌日に謁見の間で、正式なご挨拶と共に献上品目録などを読み上げる。
それも滞りなく終わると、夕刻、晩餐会が催された。
ガヌ公国は、ガネイ語という言語が公用語だが、コモ王国や隣国であるシャンド王国で使われているクーツ語系の言語と、根幹を同じくしている。
太古の昔はこの辺り一体が巨大帝国だったのだ。古代の帝国はかなりの率で言語統一が進んでいたらしい。
だから、多少の方言のような言い回しや発音の違いなどはあるが、会話は通じる。
謁見や公的な場、勿論晩餐会などでは、このどちらにも共通の古語に当たるウンマルクーツ語を用いる。
教養が無ければ操れないウンマルクーツ語は、平民には普通話す事は出来ない。
ただ、聞き取ることはある程度可能で、意味は7~8割くらいなら分かる。
日常では普通使われない、畏まった古い言い回しだと感じるだけだ。
それでも、政治的に使われる儀礼的な用語などは、平民でも中流以上の経済力で、それなりの教育を受けていないと当然分からない。
翌日に設定されている、元の王国であるコモ王国から赴いた一行との会談も、このウンマルクーツ語で進められる。
大陸中に同時配信されるからだ。
可能な限り、多くの国に、この会談の…ひいてはコモ王国の過ちの証人となって貰うために。
会談を前にして、その晩、アーノルド様は神子様の意思を最終確認した。
コモ王国側は我々より一日早く公国入りしており、晩餐会も一日前に催されたらしい。
今回、会談の場以外では、両国が接しないことを条件の一つとしている。
条件は5つだ。
会談の席以外では接触を図らないこと。
会談の様子は同時配信で各国に流すこと。
会談の内容を各国各紙で報道するのを干渉しない事
会談に臨むコモ王国側のメンバーに必ずカイル・エムゾード卿が入っていること。
会談の場には必ず、神子様が要求している歴代神子の手記の原本を持ってくること。
向こうも向こうでいくつかの条件は出してはきている。
おそらく最も重要なのは、神子様が確実にその現場に現れ、直に言葉を交わすことだろう。
神子様とアーノルド様は、傍らに侍る高位文官に、各種の資料を確認させていた。
神子様は渡された資料にせわしく目を通し始める。読みながら途中、何度か頷いていた。
それと同時に、アーノルド様は最終的なシャンド王国における、他部署の成果をも報告させている。
俺は神子様付きの騎士だから、神子様と別行動している官僚チームの動向は分からない。だが、帯同している彼らも、俺達が見ていない場所であれこれ任務を遂行している。
建国したばかりの新国家が、いわばご近所にご挨拶しがてら、最初の杭を打ち込んでくる仕事だ。
友誼を図り交易の約束を取り付ける。そして国防に関する同盟の打診。
シャンド王国に関してはクラーケンの件もあり、概ね上々な成果を上げたようだった。
むしろ向こう側から「是非に!」と請われた項目もいくつかある。
一気に報告を読み上げ、細部に関するアーノルド様からの質問に淀みなく答える調子から、その文官がいかに有能かが見て取れる。
一見地味で、あまり存在感を感じさせないのに。
いや、でも、どこかで何度か見掛けたことはあったか…。
「シモン、ありがとう。君も疲れただろう。座ってくれ。ああ、君、彼にも茶を」
アーノルド様が侍従に命じるが、シモンと呼ばれた細身の文官は、書類を纏めて胸に抱き、眼鏡を指先で押し上げて数歩後退った。
「いえ、滅相もないことでございます。神子様や陛下と同席など、恐れ多いことでございます」
「いや、もう仕事は終わりだ。…それなら…マクミラン、君もこちらに」
なぜか俺も招かれて神子様の隣に座るよう促された。
「ここからはプライベートな時間にしよう。遠慮しなくて良い。あちらは神子様と伴侶殿、こちらは義理の兄弟。家族間の交流だ」
そう言われてシモン殿は、おずおずと「では、失礼致します」と告げて着席した。
そうだった。
そういえば、シモン様というお名前だった。
行政統括執務室の筆頭文官、シモン・トマシュ・ラグンフリズ様。
リオネス様の伴侶だった!
思わず俺は立ち上がる。
「大変失礼致しました。元帥閣下の伴侶様とは知らず。マクミラン・デスタスガス、ご挨拶申し上げます」
「いえ、私の方こそ。あらためまして、神子様の伴侶様にご挨拶申し上げます」
シモン様も立ち上がり挨拶を返してくれた。
新たに4人分の茶菓が供されたテーブルを前に、軽く、談笑のついでのように会談の打ち合わせをした。
神子様はとっくにシモン様のことを知っていたらしい。
ご存じなら教えて欲しかったと、暗に恨みがましい目で見たら「だって、ご本人が一文官として扱って欲しそうだったから」としれっと応えた。
「シモン様の資料は本当に素晴らしいです。最も押さえて欲しいところが漏らさず纏められていて。この短時間に大変だったでしょうに」
神子様はシモン様のことが大層気に入ったらしく、しきりと褒めて、話を振っていた。
「リオネスには猛反対されましたな。シモンを帯同させることを。でも、今回のように突発的な事態があっても、臨機応変にこのレベルの資料やら根回しが出来る人材というと限られるので、アイツには泣いて貰う事にしました」
「過分なお言葉です。ですが、私のような者でも、国家の大事に少しでもお役に立てればと、旦那様を説得致しました」
アーノルド様の言葉に、申し訳なさそうに言う。
神子様はニコニコと見つめていた。
やや大きめの三つの島と、周辺に点在する島嶼部で成り立っている。
島国ではあるが、自給自足力に優れ、しかも海洋貿易の結節点となって居ることで国家は豊か。
そのせいもあり、他国の紛争には基本的に関与しない、中立国だ。
初夏という事も有り、シャンド王国も汗ばむほど暑かったが、ガヌ公国はまさに常夏の国だった。
色鮮やかな花々が咲き乱れる庭園。賑やかに飛び交う鳥達の羽もまた極彩色。
日射しが肌に痛いくらいだ。
到着の際には、大公殿下・妃殿下、世子殿下に迎えられ丁重にご挨拶をした。
ただ、慣れない船旅の疲労を慮って、その日は迎賓宮でゆっくりさせてくれた。
翌日に謁見の間で、正式なご挨拶と共に献上品目録などを読み上げる。
それも滞りなく終わると、夕刻、晩餐会が催された。
ガヌ公国は、ガネイ語という言語が公用語だが、コモ王国や隣国であるシャンド王国で使われているクーツ語系の言語と、根幹を同じくしている。
太古の昔はこの辺り一体が巨大帝国だったのだ。古代の帝国はかなりの率で言語統一が進んでいたらしい。
だから、多少の方言のような言い回しや発音の違いなどはあるが、会話は通じる。
謁見や公的な場、勿論晩餐会などでは、このどちらにも共通の古語に当たるウンマルクーツ語を用いる。
教養が無ければ操れないウンマルクーツ語は、平民には普通話す事は出来ない。
ただ、聞き取ることはある程度可能で、意味は7~8割くらいなら分かる。
日常では普通使われない、畏まった古い言い回しだと感じるだけだ。
それでも、政治的に使われる儀礼的な用語などは、平民でも中流以上の経済力で、それなりの教育を受けていないと当然分からない。
翌日に設定されている、元の王国であるコモ王国から赴いた一行との会談も、このウンマルクーツ語で進められる。
大陸中に同時配信されるからだ。
可能な限り、多くの国に、この会談の…ひいてはコモ王国の過ちの証人となって貰うために。
会談を前にして、その晩、アーノルド様は神子様の意思を最終確認した。
コモ王国側は我々より一日早く公国入りしており、晩餐会も一日前に催されたらしい。
今回、会談の場以外では、両国が接しないことを条件の一つとしている。
条件は5つだ。
会談の席以外では接触を図らないこと。
会談の様子は同時配信で各国に流すこと。
会談の内容を各国各紙で報道するのを干渉しない事
会談に臨むコモ王国側のメンバーに必ずカイル・エムゾード卿が入っていること。
会談の場には必ず、神子様が要求している歴代神子の手記の原本を持ってくること。
向こうも向こうでいくつかの条件は出してはきている。
おそらく最も重要なのは、神子様が確実にその現場に現れ、直に言葉を交わすことだろう。
神子様とアーノルド様は、傍らに侍る高位文官に、各種の資料を確認させていた。
神子様は渡された資料にせわしく目を通し始める。読みながら途中、何度か頷いていた。
それと同時に、アーノルド様は最終的なシャンド王国における、他部署の成果をも報告させている。
俺は神子様付きの騎士だから、神子様と別行動している官僚チームの動向は分からない。だが、帯同している彼らも、俺達が見ていない場所であれこれ任務を遂行している。
建国したばかりの新国家が、いわばご近所にご挨拶しがてら、最初の杭を打ち込んでくる仕事だ。
友誼を図り交易の約束を取り付ける。そして国防に関する同盟の打診。
シャンド王国に関してはクラーケンの件もあり、概ね上々な成果を上げたようだった。
むしろ向こう側から「是非に!」と請われた項目もいくつかある。
一気に報告を読み上げ、細部に関するアーノルド様からの質問に淀みなく答える調子から、その文官がいかに有能かが見て取れる。
一見地味で、あまり存在感を感じさせないのに。
いや、でも、どこかで何度か見掛けたことはあったか…。
「シモン、ありがとう。君も疲れただろう。座ってくれ。ああ、君、彼にも茶を」
アーノルド様が侍従に命じるが、シモンと呼ばれた細身の文官は、書類を纏めて胸に抱き、眼鏡を指先で押し上げて数歩後退った。
「いえ、滅相もないことでございます。神子様や陛下と同席など、恐れ多いことでございます」
「いや、もう仕事は終わりだ。…それなら…マクミラン、君もこちらに」
なぜか俺も招かれて神子様の隣に座るよう促された。
「ここからはプライベートな時間にしよう。遠慮しなくて良い。あちらは神子様と伴侶殿、こちらは義理の兄弟。家族間の交流だ」
そう言われてシモン殿は、おずおずと「では、失礼致します」と告げて着席した。
そうだった。
そういえば、シモン様というお名前だった。
行政統括執務室の筆頭文官、シモン・トマシュ・ラグンフリズ様。
リオネス様の伴侶だった!
思わず俺は立ち上がる。
「大変失礼致しました。元帥閣下の伴侶様とは知らず。マクミラン・デスタスガス、ご挨拶申し上げます」
「いえ、私の方こそ。あらためまして、神子様の伴侶様にご挨拶申し上げます」
シモン様も立ち上がり挨拶を返してくれた。
新たに4人分の茶菓が供されたテーブルを前に、軽く、談笑のついでのように会談の打ち合わせをした。
神子様はとっくにシモン様のことを知っていたらしい。
ご存じなら教えて欲しかったと、暗に恨みがましい目で見たら「だって、ご本人が一文官として扱って欲しそうだったから」としれっと応えた。
「シモン様の資料は本当に素晴らしいです。最も押さえて欲しいところが漏らさず纏められていて。この短時間に大変だったでしょうに」
神子様はシモン様のことが大層気に入ったらしく、しきりと褒めて、話を振っていた。
「リオネスには猛反対されましたな。シモンを帯同させることを。でも、今回のように突発的な事態があっても、臨機応変にこのレベルの資料やら根回しが出来る人材というと限られるので、アイツには泣いて貰う事にしました」
「過分なお言葉です。ですが、私のような者でも、国家の大事に少しでもお役に立てればと、旦那様を説得致しました」
アーノルド様の言葉に、申し訳なさそうに言う。
神子様はニコニコと見つめていた。
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