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#89 会談、一 〈両者の牽制打〉
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会談の当日。
甘い南国の花の香りが微風に乗って、どこからともなく流れ込んでくる。
華やかな小鳥たちの囀り。
身支度を調え、食事を摂り、もう一度それぞれの資料を確認して会場に向かった。
会場入りすると、向かい合わせの長テーブルが有った。
それなりに距離が有り、ちょうど真ん中に魔道具の親機が置いてある。
そして突き当たりに、互いに接しない配置で議長席があった。
議長席には二人座っている。
二人の真ん中に記録のための魔石が有り、それを挟んでガヌ公国が任じた監督官が見守っている。
実質議長を務めたりはしない。単なる立会人という位置だ。
室内の壁際にはそれぞれの背後に護衛騎士達が立ち並んでいるが、その間にガヌ公国の護衛騎士も混じる。
両国の話が紛糾した際に、間違いが起きないようにと言う予防策だろう。
コモ王国側の参席者は6人。
バスティアン陛下、宰相補佐、外交執務官、グレイモス、アウデワート騎士、そしてカイル・エムゾード。
対するこちら側の参席者は5人。
アーノルド陛下、駐ガヌ公国外交大使、シモン様、神子様、俺。
それぞれが与えられた席を前に、立ったまま、先ずは突き当たりのガヌ公国の国旗に向かい、国旗と監督官達に挨拶をする。
監督官が着席を誘導すると、シモン様が「その前に」と挙手をした。
「先ずは、この会談に神子様が参加する条件として提示した、歴代神子達の手記集を提出してください」
コモ王国側の面々が、グレイモス以外あからさまに不快な表情をした。
「勿論それは持ってきている。後ほどお渡しする」
憮然とした表情で外交執務官が言う。
「いいえ、今です。神子様が会談に同席する条件が、手記だったのです。会談前に渡されなければ、条件を満たしたとは言えません」
「なんという無礼な!一介の文官風情が!そもそも陛下は君の発言を許可もしていない」
「大変失礼致しました。ラグンフリズ王国行政統括執務室長、シモン・トマシュ・ラグンフリズと申します。コモ王国国王陛下にご挨拶申し上げます」
そう告げて、心臓の下位置に手の甲を重ね、腰を沈め頭を下げる。高位文官特有の立礼。
その所作はどこに出しても恥ずかしくないほど上品だ。
シモン様の家名がラグンフリズである事に、あちら側は一様に動揺の色を見せた。
あくまでもコモ王国はラグンフリズ王国の独立建国を認めてはいない。だが、それを度外視して順当に考えれば、シモン様は王族という事になる。
いわば、王弟妃という立場だ。
彼に噛み付いた外交執務官よりも、身分は高い事になる。
シモン様は「発言のご許可を賜りたく存じます」と続けた。
いくら向こうにとって不快なことを言いだしたからと言っても、こうして正式な礼に則った挨拶で発言を求められたら、拒む事は出来ない。王の器を問われてしまう。
コモ王国国王…元の王兄殿下であった、バスティアン陛下は静かに「許す」と応えた。
「感謝致します。さて、では、先ほどの件ですが、コレに関しては神子様のご意志でございます。先ずは条件を満たして頂きたい。叶わないので有れば、神子様はこの場をご退出されるとのことです」
末席にいたカイル・エムゾードが怒声を上げそうになったのを、隣のグレイモスが制した。
そう。
カイル・エムゾードは相変わらずだ。どことなく攻撃的な空気を纏っている。
この場で最も神子様のお力を必要としているのは彼だろうに。
グレイモスは、控えていた騎士の一人に手記集を運び込むよう指示した。
どうやら控え室には用意してあったらしく、間もなく運び込まれた。
シモン様は鑑定の魔道具を用いて、それらの真贋を確認した。
言うまでも無く、歴代神子の手記は神子様の元の世界の文字で書かれている。
この世界の人間には、いかに高い教養あれど、内容を読んで確認することは叶わない。
肝心の神子様も4代目の途中までしか見ていないし、そもそもそれも写本だった。
写本で有ったがゆえに、所々判別出来ない文字も有ったらしい。
魔道具での鑑定は手っ取り早い。
「ありがとうございました。間違いなくお渡し頂けたこと、確認致しました」
シモン様が告げると、議長席の監督官が全員にそれぞれの面々を紹介してから着席を促した。
「では、まずは聞こうか」
アーノルド様が『どうぞ』というように、掌を差し伸べて告げた。向こうの空気が固まる。
「この会談は元々そちらの要請で実現の運びとなった。ゆえにこちらが先に話す事は無い。どうぞ、言いたいことを言ってくれたまえ」
余裕を見せるアーノルド様に、宰相補佐が立ち上がって名乗る。イザク・レイグマス伯爵。
限りなく黒髪に近い焦げ茶の髪の、ひょろりとした中年文官だ。
「まず、我がコモ王国はコンセデス領の独立は認めていない。ゆえにラグンフリズ家は王家に謀反を働いた重罪人となっている。
だが、我々も愚かな前国王が残した様々な負の遺産を精算し、一日も早く民の暮らし向きを安定させねばならない。
内乱になり、更に民に負担を強いることを新国王であらせられる、バスティアン陛下はお望みではない。
まして、既に教皇猊下を巻き込んで儀式を強行し、実効支配を開始してしまった。
我々が民の安寧を優先させている間に、先手を打たれた格好だ。
その狡知はむしろ賞賛に値する。
我々も今後の教訓として、大変遺憾であるが、当面これ以上事態を荒立てる気は無い。
ただ、我が国がそちらを独立国家として遇することは今後も無いとだけは言っておく」
一気にそこまでをまくし立てた。
要するに、お前んとこの建国なんて世界が認めても俺は認めるもんか、と、悔しがっているという事だ。
宰相補佐殿とカイル・エムゾードは、終始鋭い目つきでこちらを睨んで居る。
グレイモスは眉根を寄せて、辛そうに目を伏せている。
バスティアン陛下はひたすら悲しげに神子様を見つめており、アウデワート騎士だけ、どこか冷静にこちら側全員の反応を観察していた。
「…だが、それと神子様の連れ去りとは別問題である」
宰相補佐は、今度は俺を真っ向から睨んできた。
神子様の方からピリリとした空気を感じた。
甘い南国の花の香りが微風に乗って、どこからともなく流れ込んでくる。
華やかな小鳥たちの囀り。
身支度を調え、食事を摂り、もう一度それぞれの資料を確認して会場に向かった。
会場入りすると、向かい合わせの長テーブルが有った。
それなりに距離が有り、ちょうど真ん中に魔道具の親機が置いてある。
そして突き当たりに、互いに接しない配置で議長席があった。
議長席には二人座っている。
二人の真ん中に記録のための魔石が有り、それを挟んでガヌ公国が任じた監督官が見守っている。
実質議長を務めたりはしない。単なる立会人という位置だ。
室内の壁際にはそれぞれの背後に護衛騎士達が立ち並んでいるが、その間にガヌ公国の護衛騎士も混じる。
両国の話が紛糾した際に、間違いが起きないようにと言う予防策だろう。
コモ王国側の参席者は6人。
バスティアン陛下、宰相補佐、外交執務官、グレイモス、アウデワート騎士、そしてカイル・エムゾード。
対するこちら側の参席者は5人。
アーノルド陛下、駐ガヌ公国外交大使、シモン様、神子様、俺。
それぞれが与えられた席を前に、立ったまま、先ずは突き当たりのガヌ公国の国旗に向かい、国旗と監督官達に挨拶をする。
監督官が着席を誘導すると、シモン様が「その前に」と挙手をした。
「先ずは、この会談に神子様が参加する条件として提示した、歴代神子達の手記集を提出してください」
コモ王国側の面々が、グレイモス以外あからさまに不快な表情をした。
「勿論それは持ってきている。後ほどお渡しする」
憮然とした表情で外交執務官が言う。
「いいえ、今です。神子様が会談に同席する条件が、手記だったのです。会談前に渡されなければ、条件を満たしたとは言えません」
「なんという無礼な!一介の文官風情が!そもそも陛下は君の発言を許可もしていない」
「大変失礼致しました。ラグンフリズ王国行政統括執務室長、シモン・トマシュ・ラグンフリズと申します。コモ王国国王陛下にご挨拶申し上げます」
そう告げて、心臓の下位置に手の甲を重ね、腰を沈め頭を下げる。高位文官特有の立礼。
その所作はどこに出しても恥ずかしくないほど上品だ。
シモン様の家名がラグンフリズである事に、あちら側は一様に動揺の色を見せた。
あくまでもコモ王国はラグンフリズ王国の独立建国を認めてはいない。だが、それを度外視して順当に考えれば、シモン様は王族という事になる。
いわば、王弟妃という立場だ。
彼に噛み付いた外交執務官よりも、身分は高い事になる。
シモン様は「発言のご許可を賜りたく存じます」と続けた。
いくら向こうにとって不快なことを言いだしたからと言っても、こうして正式な礼に則った挨拶で発言を求められたら、拒む事は出来ない。王の器を問われてしまう。
コモ王国国王…元の王兄殿下であった、バスティアン陛下は静かに「許す」と応えた。
「感謝致します。さて、では、先ほどの件ですが、コレに関しては神子様のご意志でございます。先ずは条件を満たして頂きたい。叶わないので有れば、神子様はこの場をご退出されるとのことです」
末席にいたカイル・エムゾードが怒声を上げそうになったのを、隣のグレイモスが制した。
そう。
カイル・エムゾードは相変わらずだ。どことなく攻撃的な空気を纏っている。
この場で最も神子様のお力を必要としているのは彼だろうに。
グレイモスは、控えていた騎士の一人に手記集を運び込むよう指示した。
どうやら控え室には用意してあったらしく、間もなく運び込まれた。
シモン様は鑑定の魔道具を用いて、それらの真贋を確認した。
言うまでも無く、歴代神子の手記は神子様の元の世界の文字で書かれている。
この世界の人間には、いかに高い教養あれど、内容を読んで確認することは叶わない。
肝心の神子様も4代目の途中までしか見ていないし、そもそもそれも写本だった。
写本で有ったがゆえに、所々判別出来ない文字も有ったらしい。
魔道具での鑑定は手っ取り早い。
「ありがとうございました。間違いなくお渡し頂けたこと、確認致しました」
シモン様が告げると、議長席の監督官が全員にそれぞれの面々を紹介してから着席を促した。
「では、まずは聞こうか」
アーノルド様が『どうぞ』というように、掌を差し伸べて告げた。向こうの空気が固まる。
「この会談は元々そちらの要請で実現の運びとなった。ゆえにこちらが先に話す事は無い。どうぞ、言いたいことを言ってくれたまえ」
余裕を見せるアーノルド様に、宰相補佐が立ち上がって名乗る。イザク・レイグマス伯爵。
限りなく黒髪に近い焦げ茶の髪の、ひょろりとした中年文官だ。
「まず、我がコモ王国はコンセデス領の独立は認めていない。ゆえにラグンフリズ家は王家に謀反を働いた重罪人となっている。
だが、我々も愚かな前国王が残した様々な負の遺産を精算し、一日も早く民の暮らし向きを安定させねばならない。
内乱になり、更に民に負担を強いることを新国王であらせられる、バスティアン陛下はお望みではない。
まして、既に教皇猊下を巻き込んで儀式を強行し、実効支配を開始してしまった。
我々が民の安寧を優先させている間に、先手を打たれた格好だ。
その狡知はむしろ賞賛に値する。
我々も今後の教訓として、大変遺憾であるが、当面これ以上事態を荒立てる気は無い。
ただ、我が国がそちらを独立国家として遇することは今後も無いとだけは言っておく」
一気にそこまでをまくし立てた。
要するに、お前んとこの建国なんて世界が認めても俺は認めるもんか、と、悔しがっているという事だ。
宰相補佐殿とカイル・エムゾードは、終始鋭い目つきでこちらを睨んで居る。
グレイモスは眉根を寄せて、辛そうに目を伏せている。
バスティアン陛下はひたすら悲しげに神子様を見つめており、アウデワート騎士だけ、どこか冷静にこちら側全員の反応を観察していた。
「…だが、それと神子様の連れ去りとは別問題である」
宰相補佐は、今度は俺を真っ向から睨んできた。
神子様の方からピリリとした空気を感じた。
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