王子の宝剣

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第六章

#158 ゼル地区砦の獲物

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カムハラヒは完全に俺の怒りに連動していた。

辺り一面の凄惨な状況を、まるで楽しむかのように小躍りしながら突撃してきた、見える範囲の山賊風敵兵どもを一閃、横薙ぎにして片付ける。

俺の背後から付いてきた、ゼル地区砦の騎士達が息を呑む気配を感じた。

「敵兵の殲滅はお任せ下さい。皆さんには負傷者の対応と現状把握をお願いします。あ、そうだ。通信の復旧は当分無理そうですよね。…そしたら…」

俺はイヤーカフ型の通信機に「殿下、こちらダイです。ゼル地区砦にいます。被害が大きく通信が途絶えているので通信機を現地の騎士に託します」
親機は領都館の本部にあり、マティウス様及び麾下の通信班が管理している。
横入で王子やデュシコス様ともやりとり出来るようになって居る。
子機同士のやりとりは親機にも聴こえる仕様になっている。
逆も然り。親機と子機のやりとりは他の子機からも聴こえる。
おそらく、今の通信はデュシコス様にも聴こえていたはずだ。

それに対して「了解」という王子の返信を受けた後、背後の騎士達の中でも指揮官とおぼしき男に手渡した。

「この魔石部分を押して魔力を流し込めば、領館本部と通信出来ます。
まず、現状の報告と共に、1基だけでもポータルが無事である旨を伝えて下さい。
援軍、あるいは支援物資が来るはずです」

左側頭部や腕から流血しながらも、一番に俺に付いてきた厳めしい顔つきの壮年の騎士は「助かります!」と恭しく押し頂いた。

直ぐに俺は後続の敵兵達が押し寄せてくる一角に向かった。

素早く索敵をすると、例の巨大弩砲に第二弾を装填しようとする動きを見つけた。

ただ、砲台の動力源である魔石はつい先ほどの砲撃で消費し、新しいモノに変える必要があったようで、今すぐに次の攻撃が放たれるという訳ではなさそうだった。
次弾の装填も、その大きさからいって数分で出来るようなものでも無く。

ならば、目の前に突撃してくる山賊どもをやっつける方が先だ。

ハルエ様を筆頭に、氷原の魔王エンデュサピオン様や、魔族国皇后フィンヌンギシス様達師匠団が指導して下さった戦闘術は、高レベルの調練を積んだ様々な戦闘集団を相手にする特訓だった。
その相手は精鋭レベルの魔道騎士団であったり、獣人を主体とする傭兵団であったり、あらゆる魔法を駆使してくる魔族であったり、難易度の高い魔獣の群れであったり。
ありとあらゆる敵を想定しての血反吐を吐くような特訓だった。

無論今後も更にレベルを上げて行く予定だ。

そんな特訓を受け続けている自分から見たら、単なる陽動を狙った辺境の小競り合い要員は敵では無く、視界に入った途端にほぼ瞬殺状態だった。
無論、人を殺戮することに何も感じない訳ではない。
ただ、これが戦場だ。
あの巨大弩砲という、忌まわしい兵器を活用して多くの犠牲をもたらす意図のもと、掛かってくる相手に躊躇などすれば、更に多大な犠牲が出るだけだ。

しかも相手は、こちらが国王崩御の追悼期間であることを承知している上での攻撃だ。
ここで手心など加えたら、こういった国家が気持ち的に沈んでいる時に攻撃すれば効果的だという、相手にとっての成功体験を与えるだけだ。

むしろこういうときだからこそ、こんな状況の中にしかけてくれば、逆にメッタメタにされるという教訓を与えなければならない。

視界に入る敵兵達を、次々となぎ倒して片付けていく俺の存在に気付いたらしき相手陣営は、急に突進してくる後発隊を撤退させて、砲台の周辺に集合させ始めた。
その様子から、砲台の上に乗って指示を下している数人が、この場の指揮を担っている者達だというのが見て取れる。

現在、別れ際に施して貰った王子の身体強化が効いている状態だ。
その効果で月面のように跳躍する。
崩れかけている城壁の中、無事に残っている展望櫓に跳び乗った。

魔法袋からロールポーチを展開し、ナミマル・ナミオウ、キラマル、キラオウを取り出して、それぞれに指令を下して投擲した。
それも身体強化の効果で距離も速さも凄まじい。

俺の姿を見つけると彼らは慌てて密集陣形をとり、魔力を載せて飛距離や威力を増幅させた矢を射かけてきた
おそらく彼らの密集陣形は、防御魔法でシールドを作るためだったのだろう。
思った通り、小柄達は彼らを覆うシールドに弾かれて地面に落ちた。
弾かれた瞬間小さな魔方陣が空中に光って炸裂した。

天気の良い日だ。
城壁の展望櫓には矢狭間の凹凸があり、足元にくっきりとその影が落ちている。
彼らの放った矢が俺に到着する前に俺は影の中に沈んだ。

城壁と彼らの陣取っている地点の、ちょうど真ん中くらいの位置、土塁の影に出た。
その時、敵の密集陣形の中から複数の叫び声が聞こえた。

直後にドサリと重い落下音が地に響く。
「隊長ッ!!副隊長ッ」
と慌てた声がして陣形が崩れ、人垣の内側の者達は砲台の周りに集まる。
外側を向いて俺への攻撃を仕掛けていた者達は、一瞬にして消えた俺の姿を探してざわついていた。

土塁から、辺りが見回せる、高い樹上に跳ぶ。
状況が見渡せる場所から見たら、砲台からリーダークラスの4人が落下したか、その場で蹲ったらしい。

ナミマル、ナミオウ、キラマル、キラオウの4本の小柄が隊の指揮をしているとおぼしき者達と、次弾装填の指揮をしている者達を仕留めたのだ。
これらの小柄は俺の命令に従う主従関係にある魔道具だ。
一度命令を下すと、遂行するまで勝手に何度でもトライしてくれる。
一度彼らの結界に弾かれて地に落ちたあとも、張られたシールドの隙間を探したり、あるいは背後に回り込んだりして、命じられた的に確実に刺さる。
それぞれが帯びている魔力の属性に乗っ取った攻撃で。
ナミマル・ナミオウは氷の杭となり、キラマル・キラオウは雷撃を放つ。

今回は殺せとは命じていない。
巨大弩砲の次弾の装填を阻害するべく、脚なり腕なり尻なりにダメージを与えさせた。

おそらく彼らのシールドは、俺に対峙している前方からせいぜい側面くらいにしか張っていなかったのだろう。
思いがけない方向から飛んで来た暗器に動揺が広がっていた。

「戻れ」
俺の命令に4本の小柄が煌めきながら飛んで来て、俺の掌の上で一旦停止し、広げたロールポーチに収まる。

それなりの距離にある城壁の櫓部分に居た俺が、まさかこれほど近くに居るとは誰も思わなかったらしく、いつまでも城壁近辺を目で探していた前面の兵士の中に、俺を見つけた者が居た。
そいつは、よもやこれほど近くに一瞬で移動したとは思っていなかったらしく、軽く「うわっ」と声を上げて近くに居た仲間に「あ、あんなところに!」と教えていた。
一斉に弓を構えようとした彼らに向かって俺は、カムハラヒをひと薙ぎ、闇の網を擲った。

遙か上空に黒い網が広がっていく様に気をとられて、前衛の弓隊は攻撃の手が止まった。
砲台を中心としし全軍を覆い尽くすほど広がって行く。

最初に崩れた城壁から突撃してきた者達は、大体200人足らず程だった。
今、闇の網に覆われようとしている一団は、おそらく300人を少し上回るくらいか。

降ってきた黒い網から逃れようと、密集している内部の兵士達は喚きながらもみ合った。

その押し合いの波が、外側に崩れていく中で、砲台とその周辺一帯が黒いドームに覆われ…。
そして、その場所からは何もかもが消えた。

俺のあとを居ってきた砦の駐屯騎士達は、城壁から乗り出して事の成り行きを見ながら騒然としていた。

俺は打ちもらしの敵がないことを確認しながら、更にナシェガ国側の領域に進んだ。
あともう少し、ほんの100メートルも行かないほどのところに、このゼル地区侵攻を狙って準備された拠点を感じ取ったからだ。

途中の林に物見台もある。
もしかすると高度な魔道具などが設置されているようならば、今起きた異変なども把握しているかも知れない。
おそらくその拠点を中心に配備されている、紛争要員の残りは150人ほどだ。
彼らを残しておくことは出来ない。

アレを残したら、巨大弩砲によって倒壊した砦は殆どザル状態に近くなってしまう。
俺はそちらに向かい、程々に陽が当たっている拠点近くに作られている塹壕に影移動した。塹壕の中から拠点の周辺にばらついている敵を索敵して、素早く次々と仕留めた。

拠点の塀や小屋から次々と異変を感じて敵兵が飛び出しては攻撃してくる。
無論、片付ける。
残すのは一人で良い。

その集団のおそらくリーダーに当たる者が小屋の奥にいる。

彼の両脇と、小屋の入り口に、俺の侵入を待って身構えている者達がいる。

俺は小屋ごと断ち割った。
雷撃を放ちリーダー以外は一瞬で始末。

リーダーは、屈強な魔道騎士のようで、思いのほか良い抵抗をしてきた。
それなりの手練れのようだったから、出来ればもっとじっくりと手合わせをしたい気持ちもよぎったが、先を急がなければならない。

彼が放ったファイアストームの魔力を逆に巻き込んで吸収し、彼の足元に深く強い一刀を入れた。
床が破れ地面が裂けて土台が盛り上がった。
慌てた彼の意識が足元に向かい、結界魔法のムラが出来たとき、それを突き破り、物理で彼に蹴りを入れて意識を刈り取った。

的のリーダーを担いで青空天井のポータル付近に戻ったときには、既に数々の支援物資と共に援軍や、城塞補修工事用の人材やゴーレムなどが転移で送り込まれてきていた。

たったひとつ無事だったポータルから、携帯用簡易ポータルを持った領都本部勤務の騎士達を送り込み、それらから次々と大量送られてきたらしい。

それらと同時に、改めて、領都のヘーム市にある本部から送られてきた通信魔道具のおかげで、俺が貸し出したイヤーカフは差し戻された。
即座にマティウス様に連絡をする。

「マティウス様、ダイです。例のものはそちらに届きましたか?」

「おぉ、ダイ!本当にありがとう!!感謝するよ。本当にあの巨大弩砲が現れた時にはビックリした。あんな事が出来るんだね!」

今回俺は特訓の成果として、闇魔法の『虚』を展開してみた。
『虚』はその場に有ったものを闇の中に吸引して、物体そのものを『無』にしてしまう技。
とはいえ、吸引された物体はどこに行くのか。
『崩』の技のように分子レベルで、闇の炎で燃やし尽くして消してしまうのとは違って、吸引するわけだから、亜空間に吸い込まれるという認識っぽい。

魔法の力を借りて人為的に作り出された『ブラックホール』と言う感覚。
最初に師匠から説明されたときには、そういう認識だった。
そして、使いこなすことによって、亜空間に吸い込まれた物質を、自分がイメージした場所に放出することも出来るという。

殺すわけには行かないが、拘束しないと甚大な被害をもたらす、凶暴化した神獣などを特定の封印場所にぶち込む際には便利じゃぞ、と師匠が言っていた。
つか、それ、そうそう必要になる状況はないよね、と思ったのだが。

今回、敵のご自慢の巨大弩砲を、まるっと吸引して領都の本部にある広大なグラウンドに放出という名の移動を試みたのだ。

そして、それは無事にグラウンドに届いたらしい。
…ただ…。

「一緒に送った人間達は無事ですか?」
「…いや、それが…」

どうやら人間相手には、あのブラックホールの激しい吸引の圧は厳しすぎたようだ。

特訓の時も"こちらがわ"の獣たちだと、やはり息絶えてしまっていた。
ある程度の大きさや魔力の魔獣の中には、無事に生還出来たものも居るのだが。
やはり体内に闇の魔素を循環させていない生き物には無理なのかも知れない。

では、この地点に紛争を仕掛けてきた敵の一味で生き残ったのは、俺が担いできたリーダーのみという事になる。

俺は彼を担いで、一旦転移ポータルから領都の本部に戻った。

到着して戦況を確認すると、既にその場にデュシコス様が戻っていた。
思った通り、以前と同様にエバーゼノンと隣接している南の砦付近に巨大弩砲が組み立てられかけていたから、それは破壊したと言っていた。

ぐっじょぶです。デュシコス様。
ジョヴァンニ様率いる南砦の騎士団と共に予め待ち伏せして、引きつけた上で一斉にこちらから仕掛けて敵兵も殲滅したとのこと。

そして、王子の赴いたアス地区にも設置されていたとのこと。
だが、それは最初の弾棹を発射する際に、砲台の間際に王子が防御シールドを張ったことで、限りなく自爆に近い状態を引き起こしたそうだ。
エネルギーを込めて発射した弾が噴出しなければ、当然そうなる。

さすがは俺の王子。かなりの距離にあったとのことだったのにその精度のコントロール!
惚れます!!

そしてそちらも砦に駐屯していた騎士達によって、敵をほぼ殲滅したと言う事だった。

今回の敵に関しては決して容赦をしないこと、という取り決めを予めしてあった。

追悼期間に攻撃してくる鬼畜行為を、シンクリレア王国は決して許さない!という態度を見せつけるためだ。

さて。
残る1台がドコの地点に設置されているのかといえば、だいぶ足場が悪くて巨大弩砲を設置する可能性が低いと思われていた場所らしい。
現地の偵察をしていた騎士がそれらしき動きを発見したらしい。

いかにも可能性が低そうな場所だからこそ、こちらも油断していると踏んだらしい。

ただ、可能性が低いと思われるほど足場が悪い故に、組み立てに手間取り、他の地区の隊よりも初動が遅れているようだ。

俺は直ぐにその場所に転移して、ゼル地区同様の処置をした。
そして、ついでに他二箇所ほど、敵軍団を一掃してきた。

帰還した俺に王子が駆け寄り「疲れたでしょう?」と訊いてきたが、いえいえと首を振った。
むしろ、ずっと師匠の特訓が続いていたけど『虚』を実戦で試すことが出来て、俺はやや興奮気味だった。
まあ、状況が状況だから、不謹慎ともとられかねないんで曖昧に「全然大丈夫です」と応えるに留めたが。

イエイツ領の皆さんにもお礼と労いの言葉をいただいて、少しホッとした。

件の巨大兵器を一台、無傷で手に入れられたことは大きい。
そして捕虜もいる。

山賊扮装の兵達は陽動で、彼らの真の目的はホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉の奪還のはずだ。
だが、陽動自体がほぼ不発に終わったに近い。
ナシェガ軍としては、思ったような成果が上げられなかったどころか、むしろ自軍のダメージにさぞイライラしていることだろう。

そう思って少し溜飲を下げた気分になっていたところに、その知らせは届いた。

労いの晩餐を振る舞われていたときだった。

ジョヴァンニ様が駐屯する南の砦上空に、ナシェガ軍の竜騎士軍団が近づいてきたというのだ。
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