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・Day5/chapter2 間奏

63.

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「なあ、最近、おかしいよな」
「何が?」
 声を潜めて、話かけてきた男に向かって彼は問い返した。
 屋敷のなかでも、ここはずいぶんと奥のほうに位置している。なにしろ、彼ら二人が立つ廊下の向こう側、中庭に面している一帯は、屋敷の主たる藤滝ふじたき美苑よしおのプライヴェートな空間でもあるのだ。
 そんな場所に出入りしている彼らは、この屋敷ではお馴染みの黒い衣装に身をつつんだ使用人という立場のものだった。それも、この場所への出入りが許されているぶん、使用人たちのなかでも、かなり藤滝に気に入られている者たちである。
「何がって……あの方のことだよ」
 その口調はどこか重く、苦々しい。というのも、彼らは話題にその人を置くことに対して、かなり気を遣う。さきほど、その部屋から彼が出ていったのを確認しているふたりだったが、長年染まり切った彼への絶対忠誠の精神と骨の髄にまで沁みついた畏怖の感情から、誰かに聞かれてはしなかと、緊張しているのだ。
「どうも、なにか様子がお変わりになれたような気がしてだな」
「おい、俺たちがどうこう言う話じゃないぜ。けど、まあ。確かに、それは……」
 そう感じないわけではない。
 主、藤滝のことだ。
「最近っていったて、ここ数日のことじゃないか。それに変化っていっても、特になにかが変わられたわけじゃない。普段通りに執務をなされているし、本家にだって定期的にお顔をだされている」
「そういえば、ご当主さまが」
 藤滝美岳よしたけ。現在八十を過ぎるブラックマーケットの王とまでいわれた藤滝家の現当主である。昨年から体調をよく崩すようになり、それまで屋敷に閉じこもっていたような美苑も本家、、を助けるために、よく顔を出すようになったのだ。
「ああ、そうだな。ご体調が優れないという噂は耳にする。だけど、もし、ご当主さまに何かがあられたら、藤滝家の次の当主は、きっと、やっぱり――」
 美苑しかいない、だろう。
 黒服の男たちは互いの顔を見合って、ため息をついた。
 今現在、藤滝家には三人の息子があり、彼らの主人だけが藤滝の跡取り候補ではないことを知っている。けれど、その長男には問題があり、また三男は若すぎる。したがって、次期当主として祭り上げられるようになるのは、次男である美苑しかいないだろう。
 だが、もし美苑が、当主の座に就くことになってしまったら――きっといままでのようにこの屋敷はどうなる? 美苑あっての妖しい光を放つ闇の花園なのだ、この屋敷、、は――。
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