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29話 魔法もすごいけど、薬もすごい
しおりを挟むエリィは脳内劇場を一人繰り広げていたが、突然フリーズした。
(んが!? や…やらかした…なんで鑑定しちゃったのよ私! 鑑定したらパネルが……収納リストも用心して出さなかったのに、とんだ失態だわ……はぁ、後悔先に立たずとはこのことよね…しっかりこっちは見ていたはずだから、装備とか仮面とかも追及されるのかなぁ、あぁ面倒なことになった…)
収納もローブの内ポケットから出したように装い、手探りで頑張ったのに、詰めが甘い事この上ない。
アレクやセラは見られないようにすることはできたが、パネル以前に自分の姿は見られていたわけで、いくら窓がないと言っても、この隙間だらけの室内では、暗がりは味方をしてくれない。
何しろエリィの方からしっかりと、男の子も負傷少年も観察可能なのだから推して知るべしだろう。
追及者になるかもしれない男の子の方を、できるだけ顔を動かさずに伺う。銀仮面で分からないが、視線を向けるだけに留めていると言った感じだろう。
泣き顔の男の子はエリィのことなど見ておらず、床に横たえた少年の方に顔を向けている。先ほど床に下ろしてもらったときに、少し離れたのだろう。そのままの位置で、耐えるように唇を嚙みしめ、床についた手をギュッと握りしめてた。
今更だと観念したように小さく息をついて、負傷少年の容態に気を向ける。
手でも圧迫を加えながら貼り付けていたタルミアの葉を、少しだけ剥がして出血状態を確認する。
しっかり止まったわけではないが、先ほどまでと比べれば随分とマシだ。縫合できれば更に早く傷が塞がるかもしれないが、生憎そんな技術は持ち合わせていないのだから仕方ない。きっと回復ポーションがどうにかしてくれるだろうと、一応隠しつつ収納から取り出したそれを、豪快に傷口に流しかけた。
内服できないなら外用するだけだ。
じっと傷口を観察していたが、どうやら効果はあったようだ。
出血は止まり、徐々にではあるが肉芽の再生も始まっているようで、傷の開口部分が小さくなってきた…ように思える。とは言え暫く時間はかかるだろうが。
それにしても凄いなと感嘆する。前世日本人時代の事をふと思い出し、中空を見つめた。
(見てる間に傷が、だものなぁ、魔法には劣るとはいえ、薬も大概な性能だわよね)
そろそろ圧迫の必要もないかと両手を戻し、未だ涙の止まらない男の子に向き直る。何となく正座してしまったのは、過去の記憶故だろう。
「……落ち着いたと思う。油断はできないけど」
第一声でお子様演技ができなかったのだから、今更取り繕っても意味はないと、エリィは素のままで男の子に声をかけた。
声に反応して彼がのろのろと顔を上げる。
(ん…?)
エリィはよくわからない違和感を感じたが、彼からの反応で一瞬にして霧散してしまった。
「……ほ…と、に…?」
絞り出された涙声は、半信半疑な彼の心情を正確に映している。
安心させるように頷けば、弾かれたように負傷少年に取りすがり、大きな泣き声を上げた。
どのくらい時間がたったのか、建物の隙間から入り込む陽光はすっかり角度を変えていて影が伸びていた。
エリィは時折少年の傷を確認しつつ、一人思考の海にダイブしている。
(過日の負傷を教訓に、眠る前などに少しずつ作っては在庫を入れ替えてきたがぁ~…。最初期のものよりはいけてるはずだけど、まだ2級にも至ってないのがいけてないわね)
やっと落ち着いたのか、それとも続く沈黙に耐えかねたのか、泣いていた男の子が声をかけてきた。
「……ぁ、ぁの…あ、ぁり、がと…ご、ざいま、す」
躊躇いがちに発せられた言葉は、酷く途切れ途切れで聞き取りにくいが、彼の安堵と感謝と、そして不安を伝えてきた。
不安の色にエリィは首を傾げたが、続く言葉に納得した。
「そ…それで、な、んです…け、ど…僕…おか、ねが…何も…もって、な…て」
「その辺の薬草で作った練習作の薬よ、実質0円だから気にすることはないわ」
ぶっきらぼうに言ってから『0円って通じないだろ』と心の中で突っ込んだ。
「…で、でも! お、礼し、な…きゃ、ううん、し、たい」
改めて見れば、瘦せ細り所々肌が変色している彼の姿は、まともな環境にいなかったことを如実に物語っていた。エリィの身体と比べると年長のように見える…地べたに座り込んでいるので定かではないが。
そして彼自身の身体同様、身に着けているモノも酷くボロボロに汚れ破れている。
しかもいつの時代だよ!? と突っ込みたくなった。
膝上までの簡素な貫頭衣、本当にただ布に穴をあけて被っただけの、脇も縫製されていない代物だ。
それの腰部分を紐というか縄で縛っただけの着衣に素足という、あまりにも酷い姿だった。
負傷少年の方はまだマシな服装ではあるが、マシと言っても貧民街の破落戸程度だ。
そんな姿で、胸の前で祈るように手を組合わせ、小さく震えている様子に頭が痛くなった。
(いやもう…ほんと間違いなく面倒案件でしょ…彼の望み通り助けることはしたんだし、もうとんずらしてもいいんじゃね? ダメ!?)
そっと男の子の背後にある木箱の後ろを窺えば、アレクは瞳を潤ませ、いつの間にか室内に入ってきていたセラは、前足を握りしめていた。
(アレクは涙脆いのか、セラは…なんで外の警戒してないのよ!?)
エリィの盛大な溜息は、決して男の子に向けたものではなかったが、彼は怯えたように身を震わせ、慌てて何かを探すように、狼狽えながら両手をバラバラに動かした。
「何、か…あ、る…探す、から…ごめ…な、さい」
さっき霧散した違和感が戻ってきたて気が付いた。
視線が遅れているのだ。顔や身体の向きに追いついていない。
視認するのに十分な光量があるにもかかわらず、ずっと手で探る動作をしているのだ。
彼は視覚を頼りにしていない、いや、できないのだとわかった。
そうと分かると、エリィの肩から力が抜けた。面倒事に変わりはないが、少なくとも男の子については必要以上に気を張らなくてもいいと思えたからだ。
「ぁ~、ほんとにいらない。それより名前は? 君の名前」
エリィからの言葉が余程想定外だったのだろう、ポカンとした表情を無防備に向けてきた。
「……ぁ、ぇ、っと…カ……ュ、カーシュ」
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