仮面幼女とモフモフ道中記

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36話 近づく気配

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 近づいてくる不審人物の隠密練度が高いのか、それともエリィの感知力に穴がありすぎたのか…今は検証している暇等ない。
 急ぎ気配を捉え直して考える。

(鍵付きテントの出入り口は、どちらも円の外向きにあったわよね。他のテントに薬品が置いてあったみたいだから、あえて外向きに設置したんでしょうけど。そして方角的には東方向だったはず。となると今いるテントは北東向き。気配は南から来てる…待てよ…ここから見れば若干背後気味なわけで……いける)

 静かに、だけど素早くエリィはテントの外へ出ると、そのままテント沿い北方向に移動し近くの木の陰に身を滑らせ、そのまま自身の気配を殺して様子を窺う。

 ほっと息をつく間もなく、下草や落ち葉を踏みしめる音が聞こえてきた。
 相手は音に気を配っていない事から、木に屈んで背中を預けた姿勢のエリィには、全く気づいていないようだ。

「おい」

 バサッという音が聞こえる。テントの入り口まで来たのだろう。
 姿を覗き見たい衝動がないわけじゃない。だが、今身動きすれば気づかれてしまいかねないと思えば、微動だに出来なかった。息を殺し気配を殺したまま、耳を澄まして音だけでも拾い上げる。

「ズース、出て来いよ」

 テントの布にノックでもしているのか、叩くような音が続く。

「ちっ…いねぇのか」

 やや掠れた低い男の声は更に何か言っているようだが、小さくて聞き取れない。年齢は中年と言ったところだろうか。粗暴な感じでまっとうな職についているようには思えなかった。
 耳からの情報だけでは限界がある。鑑定を飛ばしてみてもいいが、それでこちらの存在を気づかれでもしたら、その方が問題なので諦めた。

【エリィ?】

 アレクの心配げな声が頭に届く。
 エリィは途端に緊張して男の気配を窺うが、何か違う行動をするような音は拾えず、念話は察知されていない事がわかり、胸の内で安堵の溜息を吐いた。

【ほ…ごめん、ちょっとハプニング…?】
【主殿、無事なのか?】
【無事ではあるわよ。身動き取れない状況ってだけ】
【何やそれ…宜しうない事態やん】

「ん? あいつはまた…」

 不意に聞こえてきた声に一瞬身を固くするが、次いでバサリと音が鳴ったことで、恐らく最後のテントに入ったのだろうと思われた。

【まぁ、宜しくない事態だけどね。どうやらあの建物の関係者らしき御方が、ね】
【なんやて!?】 
【すぐ離れてくれ】

 アレクとセラ、どちらにも瞬時に焦りの色が混じるのに、苦笑が洩れる。

【ぁ~動いたら反対に気づかれそうでね。そっちもまだ動かないでよ? たぶんそんなに長居はしないと思うのよね。何しろ物が殆どなかったし】
【……承知した】
【怪我とかないねんな?】
【大丈夫よ】

 再びバサバサと言う音が聞こえてきた。

「ったく…」

 何か一言でも呟かないとやってられないと言わんばかりに、イライラと吐き捨てて、男の気配は元来た方角へと遠ざかって行った。

 気配を察知できなくなってからも暫く木の陰に隠れていたが、もう十分だろうと立ち上がってテントに再度近づいて調べる。
 最初のテントは鍵が起動したままだったので、調べ直す必要はなさそうだ。後で回収し損ねたものがないかだけ確認すればいいだろう。
 身を隠すことを優先した為、鍵の起動ができなかった最後のテントに向かった。
 やはりというか鍵は開いたままだったので、そっと出入り口の布をずらし、隙間から覗くと、木箱の上の書類に変化が見られる。
 
 一番上にあった書きかけの報告書らしきものはなくなっていて、その下の紙に文字が書かれているらしい。テントに入り込み、近づいて手に取った。

-------------------------
お前が居なかったからメモだけ貰っていく。
終わったら完全に撤収しろって話だから、そこも何一つ残すんじゃねぇぞ。お前が居たら手伝ってやろうと思ったんだが、いなかったからな。俺は一足先に戻る。
戻る先は御館様の所だ。中継の廃村も放棄済みだから間違って立ち寄ったりするなよ。
全員処分し終わったら速やかに戻ってこい。
-------------------------

(ふーん、つまり全部頂いていいし、安全は確保されたって事ね。だって『ズース』って言ってたし)

 残された走り書きを流し読むと、少し考えてから収納へ放り込んだ。

【お待たせ。もうこっちに進んでくれていいわよ】
【主殿! 無事でよかった】
【ほんまやで。何もわからへんから、やきもきしてしもたわ】

(中継の廃村ねぇ…近いと嬉しいけど、どうかな。まぁ、ここは全て頂いていくとしますかね。変に残しておく方がまずいかもだし、完全撤収を偽装する方がよさげだわ)

 木箱も紙も一旦収納に収め、テントから出ると、テントそのものを畳んで収納行きとする。
 ふと、男が去って行った南の方角を何気なく見つめてから、再びテント群に顔を戻して考え込む。

(いい加減廃棄物をどうにかしたいわ…『埋める』『燃やす』でもいいけど痕跡が残るし、悪臭とか火事の原因になりかねないのは避けたい。ここはお約束のスライム捕縛かしら…っていうか、この世界にスライムってまず存在するの?…わからないわね)

 考えても答えの出ない問題は後回しにして、テント群の撤収作業に戻る。
 眠薬の残り香に口をへの字に曲げながらも、残すは鍵が起動しているテントのみとなった。
 鍵の魔紋を再び強引に解紋していると、アレクとセラが荷車と共にやってきた。

 解紋を中断して顔を向けるて見れば、アレクが前足で自分の口を押えている。
 何か声に出しかけでもしたのだろう。やはり一番抜けているのはアレクだと再確認できた。
 その後ろ、荷車の上の二人の様子はと言うと、カーシュは眠ってしまっているようで、安心してくれたのだと思えば、こちらの心も軽くなるというものだ。麻袋の方も動いておらず、未だ目を覚ましていないのだろう。

【エリィエリィ! その恰好、何なん!?】

 口を押えたまま、目を丸くしているアレクの声が飛び込んできた。
 なるほど、アレクはエリィの服装が変わっていたことに驚いていたのかと納得する。表情に出ていないのは流石だが、セラも少し朧いているらしく、無言なのがいい証拠だ。

【テントにあった荷物の中のものを拝借しただけ】
【拝借て…それ泥【勇者もやる事だから問題ないわ】棒】】
【あ、はい…】



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