仮面幼女とモフモフ道中記

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86話 鍵の先にあるもの

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 ピチュピチュと囀るフィルが、暫くすると真顔になってエリィ達に深く一礼した。

「今後はエリィ様と同行できると言う嬉しさのあまり、つい鼻歌など……大変失礼いたしました」

 鼻歌と言われても、フィル以外にはただの囀りにしか聞こえなかったが、本人(本精霊?)は至って真面目に羞恥を感じているようなので、突っ込まずにおく。

「では後回しになっていましたが、鍵の説明を僭越ながらさせていただきます」
「お願いします、だけどその前に。立ちっぱなしというのも何だし、フィルさんも適当に座って下さいな」

 エリィの言葉で初めて気づいたと言わんばかりに、動揺するフィルが小さく跳びあがった。

「ワタクシめとしましたことが、大変失礼いたしました!
 エリィ様を立たせたままにしていた等、許されざる事でございますれば、如何様にも罰を!」
「いらんわ!」

 仕舞にはよろよろと、よろめいている有様で、これが千鳥足かと無言で突っ込んでしまった。

「それに何度も言うけど言葉遣い…どうにか出来るならして欲しいわね。別にそんな奉られても困るし。それともフィルさんは何かの側近だったとか親衛隊だったとか、そんな経緯の持ち主なの?」
「側近でも親衛隊でもございませんよ? ワタクシめはどうにも少々変わり者なようで、気ままに一人でいるより、エリィ様の傍がとても心地良かったのです。
 それ故以前も押し掛けて、名を賜った次第」

 それを聞いて、エリィは引き攣った苦笑を口角に刻んだ。
 ふわっふわ、コロッコロのフォルムのシマエナガが、円らな瞳をウルウルさせて両翼を祈るように組み合わせ懇願している姿が、容易に想像できる。
 今のエリィでもわかる。過去の記憶にない自分も、決してそれに勝つことはできなかっただろうと。

「ぁ~、うん、とりあえず座ろう……」

 ポテポテとベッドの方へと近づき、ムゥを下ろしてからよじ登って腰掛ける。その後を追うように、フィルもベッドの方へと近づいてくるが、そのまま正面で止まる。
 エリィは自分の横側を、ベッドを叩くように手をポンポンとすると、フィルの目が更に真ん丸になった。
 暫く躊躇った後、おずおずとエリィの隣にフィルは座り込むが、その目は床を睨むように下ろされており、小さくプルプルと震えはじめた。
 どうしたのかと覗き込めば、円らな瞳からポロポロと透明な雫が零れていた。

「ぅ”ぅぅう”うう……お、お帰り…なさい、ませぇ……ずっと、ずっと…お待ち、しておりま……したぁぁぁ」

 エリィの仕草が琴線にでも触れたのだろうか、フィルは号泣していた。

 フィルはエリィがこの世界に戻ってきたことを喜んでいる。それなのに何も思い出せない自分が、自分の想定以上に薄情な気がして、エリィは申し訳なさに肩を揺らした後、フィルを宥める様にその頭を撫でてやった。




 気の済むまで泣いてどうにか落ち着いたのか、フィルが翼で自身の顔を拭う。

「申し訳ございません、お恥ずかしい所を」
「落ち着いたなら良かった。だけどごめんね。フィルさんは喜んでくれてるみたいなのに、私には記憶がないのよね」
「あ、謝ったりなさらないで下さい! そのような事は些末な事にございます! そしてワタクシめの事は『フィル』とお呼びく下さい!!」
「言葉遣い」
「ぅ”……が、ガンバリマス」

 自信なさそうにしゅんと項垂れるフィルに、つい笑みが零れてしまうが、そのうち慣れてくれるはず。

「ぇ~、すっかり話が逸れてしまいましたね。鍵の話に戻りましょう」
「うん、お願いフィル」

 名の呼び方にフィルの顔が、喜色に彩られていく。

「はい! あれはですね、エリィ様がずっと以前に作り出された空間、エリィ様は『異空地』とお呼びになっておりました…ぇっと、呼んでいました」
「『異空地』ねぇ」
「はい、ここではない別の空間を、エリィ様が切り拓いてお作りになった、エリィ様だけの場所にござ……場所です」

 時折言葉を言い換える様も、頬を更に膨らませているのでとても愛らしい……声は青年だけど。

「そんな場所の鍵を何故精霊が持ってたの?」
「元々エリィ様が御休息をするために作られた場所だったとの事ですが、とても居心地が良く……我ら精霊、魔物を含む動植物、虫達も集うようになり、いつしか人間種も出入りするようになった場所にございます」
「人間種も?」

 精霊や魔物を含む動植物、あと虫と言うのはちょっと今の自分には理解しがたい…まぁ、どの種族であれ、エリィ自身が苦手とするような相手は、近づいてこなかったと思うとしよう、そうしよう。
 とりあえずそこまではあまり違和感がない。
 だけど人間種は別だ。
 今の自分は彼らに忌避感があるのだが、以前の自分にはなかったのだろうか?

「はい……人間種もです。そこでは全てがエリィ様の思いのままの空間でしたので、人間種達は品種改良などをしておりましたね。
 天候も気候も、地形も。湖の半分を深海域にしたり、ワタクシ共精霊も協力しておりましたから」

 フィルの声にふと沈みかけていた意識が引き戻される。

「ですが、エリィ様の行方が分からなくなった後、ワタクシ共で封じさせて頂いておりました」
「あぁ、それで鍵なのね」
「ぅ~む……いえね、鍵なんて要らなかったんでございます…ぁ、です。というのも弾きだしたのは、我ら精霊も含めたエリィ様以外でございまして、エリィ様の出入りは封じておりません。
 ですから鍵等なくとも、エリィ様は何時でも何処でも居空地に出入り可能です。ただもしお許しいただけるなら、我ら従魔だけでも出入り可能にして頂ければ幸いにございます……ハッ! エリィ様、お手隙の折にでも何卒ワタクシに魔力交感をお願い申し…お願いします!」

 エリィは自分の手の平に顔を向けて、少しの間沈黙していた。

「……魔力交感は了解。アレの後ってへばっちゃうから、後でも良い?」
「はい! もちろんにございます!」
「で、制限の変更?なんだけど、フィル達が掛けた制限なら、フィル達が掛け直しても良いんじゃないの?」

 途端にフィルがエリィの方へ、顔がもげそうな勢いで向けると、ぶんぶんと首を横に振った。

「いけません! 精霊は基本自分に甘いのです! そんな精霊に任せたら、他はともかく精霊はフリーパスになってしまいますよ!?
 そうなれば、また騒がしい事この上ない場所になってしまいかねません!
 エリィ様の御休息地はお守りするのは、我らアルメナの務め!
 精霊も弾くよう強行したのは、まさに英断でございました」

 少々私怨も混じり込んでいるように感じるのは気のせいだろうか…。

「『また』って、以前はフリーパスだったわけ?」
「そうなのでございます!
 エリィ様は大変お優しく、全ての者に出入りを許しておられました、しかしそのおかげで、エリィ様の御休息地としての側面が著しく損なわれるだけでなく、それ以上に……ぁ、いえ、ですので、此度は是非とも従魔以上の眷属のみの場所として頂ければと思う次第であります」
「ぅ~ん、理由はわかったけど、話はそれ以前よ。制限の掛け方もわからないし、何より出入りする方法もわからないわ」

 エリィの声に、若干困惑の色が滲んだ。



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