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2 あの日の朝に

2‑6 魔力譲渡

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 エリオス殿下の話は、やはり、今後、殿下を補助したり、共鳴魔法の研究をしたり、殿下に精霊魔法を教える、といった計画の契約についてだった。


 クレディオス様が休学されて、顔を合わせる気まずさはなくなったものの、精霊魔法を扱える人がアァルトネン一族と、ごく僅かな、精霊に愛される体質の人くらいのものなので、私と同期の中には心当たりはなく、共同研究を行える人がいない。
 殿下に精霊魔法を解説、手解きしたり、殿下の共鳴魔法の研究を手伝ったりする事で、卒業単位に振り返られるのならありがたいと思う。

 魔法士師団司令部の副長を務められている殿下の助手や研究生をさせていただけるなんて、畏れ多いというか、光栄というか、自分で役に立つのか不安ではあるけれど、私の魔力質と魔力量を殿下が望んでくださるというのなら、挑戦してみようかと思う。

 家族とも溝があり自宅でも居心地が悪い私のために、魔法士師団の女子職員用の寮を用意してくださるとのお気遣いも嬉しい。

「そんなに喜んでもらえたら、手配したかいがあったよ。公爵邸に比べたら手狭で質素なものだけど、洗浄魔法や浄化魔法の得意な者が当番制で清潔に保つようにしているから」
「そんな。本が置けて、ベッドと机があれば、そんなに広さはもちろん、贅沢な調度品などは特に必要ありませんわ」

 エリオス殿下は、懐から手のひらより少し大きいくらいの小さな紙束を取り出し、契約条件や、仕事中や私生活で必要な物を書き出していく。

「君さえよければ、先ほども言ったけれど、今夜からでも入れるようにと思って、学長達と話すついでに手配して来たよ」

 私の馭者役を他に任せられないと張り切っていたヘンリッキには申し訳ないけれど、今日はかなり疲れたし、あの家より、人目はない初めての場所の方がまだ休めるかもしれない。

 研究室に配属されるのも明日から。
 卒業まで殿下の研究を補佐、共同研究を行い、卒業と同時に学位を授与される事は、学長や各種講師、学舎事務官達は承知しているらしい。

「君にとってあまりよいご両親とは言えなくても、成人するまでは保護者だ。リレッキ・トゥーリに、君を寮に住まわせることを伝えなくてはならないな」

 エリオス殿下は、いつから用意していたのか、研究室で共同研究を行うにあたって、実験上の危険や職員寮に未成年を預かる責任、寮を利用する双方の注意点や権利と義務、店子法に基づく正式な入居契約、研究費として支給される生活費や魔法省での殿下の助手を務めるにあたっての給与など、いくつもの書類がテーブルの上に並べられた。

 それらをひとつひとつ読み、詳細を確認しながらサインしていく。

 全てに目を通し終えると、殿下は書類入れに丁寧にしまい、
「遅くなったね、そろそろ帰ろうか」
と、微笑んで、私が殿下を待つ間に食したものの伝票とご自身の伝票を摑み、立ちあがる。

「あ、そんな。わたくしが食べたものは、わたくしが払いま⋯⋯す!?」

 いつも颯爽としているエリオス殿下が、ぐらりと傾く。

「殿下っ!!」

 慌てて手を差し出すと、私の手を摑み、何とか膝を地に着けるのは堪え、顔を上げながら苦笑いする。

「は、はは。さすがに、ちょっと疲れてしまったかな。クレディオスの術は結構複雑でね。細かい術が幾重にも重なって、更にそれぞれが複雑に立体的に絡み合って、解咒するのに手間取ったからね、精神も魔力もかなりすり減ったかな?」

 回復魔法をと思ってルヴィラ(光の守護精霊)を呼び寄せると、殿下のご尊顔がいつもよりずっと青白く血の気が引いていることに気づく。
 何より、あの美しいアメシストのような瞳が紅い。

「殿下。顔色も良くないですが、眼の色が⋯⋯充血?紅くて、手持ちに目薬はありませんが、ルヴィラは水属性も持った光の精霊です。回復魔法を⋯⋯」

 殿下は、私の手を頼りに立つような、足もとに力が入らないような状態だったけれど、私の言葉にハッとして、目もとを押さえ、まっすぐに姿勢を立て直す。

「い、いや、それには及ばない。一晩眠れば治るよ。それより、今は、魔力が枯渇とはいかないまでもかなり消費したので、そっちが心配かな。解咒は僕、精霊の澱は君と、役割を分担して良かった。どちらも二人でやっていたら、君は、精霊を受け止め切れずに倒れていただろう」

 巻き戻る前の、痛みと恐怖、熱さと寒さと怠さと、我が身が焦げる臭いまでもがよみがえってくる気がして、身が震える。

「では、魔力譲渡を」

 誰でもが出来ることではない魔力譲渡。
 回復力を高める魔法薬やリジェネレーション魔法などがあるけれど、その回復量は微々たるもの。
 劇的に回復させようとしたら、周りから吸い上げるか、誰かに譲ってもらうしかないけれど、指紋がひとりひとり違うように、魔力質も精神の指紋のように、個々で違うものだ。

 魔力譲渡をしても大半は拒否反応を示し、中には重篤な体調不良を引き起こす。譲渡しようとすると言うことは、その対象は衰弱していること。最悪の場合、死に至ることも。

 でも、私と殿下は、魔力の親和性が高く、過去にも魔力譲渡を行った事がある。

「⋯⋯いいの?」
「もちろんですわ。滅多に親和性の高い相手など中々見つけられないものなのに、わたくしの魔力が以前も殿下をお助け出来たこと、今回も、お役に立てるなら」
「ありがとう、正直、かなりツラいんだ⋯⋯ごめんね」

 ありがとう、は解る。謝罪はなくてもいいのに。
 魔力が枯渇すると体調不良をひき起こし、最悪死に至るのを防げるのに、滅多に出会えない相性がいい事の幸運。私が倒れて迷惑をかけない程度なら幾らでも差し上げるのに。迷惑をかけないのなら、それこそ私が倒れたって構わないのに。

 申し訳なさそうに微笑むと、一旦放した私の手をとる。

「え? え??」


 てっきり手から吸い上げるのかと思いきや。


 私は、殿下の背に回した腕の中にスッポリと埋まっていた。





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