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2 あの日の朝に

2‑8 魔力枯渇に欲する身体と男性の事情?

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     💣

 真っ赤な顔で、動揺の表れた言い訳をしながら、少しだけ椅子を引き離すエリオス殿下。

「そんなに焦らなくても。驚きましたけど、その、焦りましたけれど、大丈夫ですわ。不埒な気持ちでなさった事ではないと理解しています。謝罪は受け取りましたから、落ち着いてください」
「⋯⋯え?」

 啞然として、また静止するエリオス殿下。

「君は、どこまで人が善いんだ? ここは、令嬢として、いや、女性として、憤慨するところだろう? もちろん、元から不埒な目的で縋り付いたわけではないし、その後も、まさか自分があんな⋯⋯いや、言い訳は失礼だね、本当にすまない。
 だが、それとこれとは別だ。夫君となる男性以外のああいう行為は、赦すべきではない。君の守護精霊達は何をしているんだ? ここは攻撃魔法を叩き込んででも君を護るべきだろう」

 なぜ、私は、エリオス殿下に、貞操の危機に関して叱られているのだろう?
 なんとなく、納得できなくてモヤモヤしますわ。

「精霊は、人とは価値観を一部しか共有していません。命に関わる危機的な事態には防御を行いますが、本気で契約主が危機感を露わに助けを求めない限り、貞操の危機程度には自発的に動いたりしませんわ」
「な、なんだと? それでは、性被害に遭った女性が心を壊してしまったり自死してしまうのを止められないではないか」
「その通りですわ、殿下。ですから、男性の自制心と、女性の危機管理能力が必要なのです。
 そもそも、一部の野生動物を除いて、性犯罪被害があるのは、人間くらいのものです。嘆かわしい事ですわ」
「あ、ああ、いや、それは、そうだね。女性からしたら、男が悪い⋯⋯うん、ゴメンナサイ」

 あら? 殿下が萎れてしまいましたわ。

「あの、ですから、今回は、事情を理解しています。魔力譲渡をより効率よく吸収するために粘膜摂取を⋯⋯」
「も、もう許してください」

 どうやら、男性の事情や魔力譲渡を求める身体の生命本能を理解していることを解説することが、殿下にとって、詰られるよりもおツラいらしい。

 あまり一般常識としては知られていないけれど、魔法師団や魔法騎士団には、ある機関がある。

 有り体に言ってしまえば、公娼。

 魔力譲渡は、魔力質が似通った特例の人物としか行えない行為だ。けれど、魔力枯渇は生命に関わる事態。

 魔法騎士や魔法士が、魔獣や盗賊団などの討伐や国境付近の小競り合い、戦争などに出れば、魔法を限界まで使う可能性は少なくない。

 そんな時、どうやって回復するのか。

 実は、深い仲の恋人同士や夫婦間ではそれなりに知られていることだけれど、よほど魔力質の相性が悪くない限り、親密な接触──粘膜接触──による魔力のやりとりは多少なりとも行われる。
 手軽で簡単なところで口づけ、なるべく素肌に近い薄着での身体を重ね合わせた就寝などでも移譲出来る。

 精霊と仲の良い者なら、大地や河川湖水、植物などの自然資源から吸収したり、その力を強化するリジェネレーション魔法でも少しづつ回復できる。ただ、アァルトネン一族以外では、その数は数えるほどしか居ない。

 ならば、魔力がなくなると活動に支障の出る騎士や魔法士達が、魔力枯渇に近い限界値まで減少してしまった魔力を、体力回復できるほどに吸収するには、どうするのか。

 上質な魔力を豊富に持つ人物と、親密な接触をある程度回復するまで続けるのだ。

 でも、町の娼館や行きずりの相手を探すのは、不名誉な病を得たり、口の軽い相手から何かしらの情報が漏れたり、もっと言えば、そういった女性を装った情報員の手管にハマったり、地位を揺るがすハニートラップにかかったりするリスクがある。

 こういった危険を回避する意味でも、確実に回復できるように、宮廷が認めた女性を、各部署が利用できるように、慰安所として用意しているのである。
 国が保障した女性達。中には、ただの魔力譲渡パートナーというだけではなく、結婚をする人達もいる。

 殿下ほど魔力が高ければ、むしろ高過ぎて定期的に消費しなければ、身の内を灼くほどの魔力を持たれる殿下が、そのような場所を利用しているとは思わなかったけれど、先ほどの様子では、何度か利用しているのかもしれない。

 殿下のお相手なら、きっと王家も納得される身元の確かな、魔力質の良い内包量も豊富な、教養のある美しい方に違いない。
 もしかしたら、秘密の妃候補なのかも。羨ましい訳ではないけれど、少しだけ胸の辺りがモヤッとする。

 ご本人は知られたくないようなので、気づかないフリをしていましょう。


「はい。謝罪を受け容れます。この件は、これで終わりにしましょう。
 もう、立って歩けるようでしたら、お会計を精算して帰りましょう。寮を案内してくださるのでしょう?」

 殿下は頷いて立ちあがり、寄せた椅子を元に戻し、伝票を摑んで店内へ精算に行ってしまわれた。
 自分の分は払うと言ったはずだけど、この場は、殿下のしたいようにさせておく方がよさそう。


 殿下の使う、王家の紋章が小さく目立たないけれど質の良い黒塗りの馬車で、一旦はアァルトネン公爵家に向かう。

 父や義母が、ごねたり無理難題を言い出したりしなければいいのだけれど。
 魔法士師団司令部関連は、父のコンプレックスを逆撫でしかねない案件だから。

 妹エミリアが可愛いお義母さまが、私から見ても愛らしいエミリアを差し置いて、殿下と縁を持つ事に、複雑な心情を面に出さなければいいのだけれど。

 家を出る最後の瞬間くらい、家族の顔をして欲しい。

 家族と打ち解けるのは諦めると、家族のことは忘れて自分のために生きると決めたのに。己の未練がましさを恥じた。


     ꙳


 殿下は、今回もちゃんと先触れを出したので、公爵邸に着く時には、正面口に父、義母、妹、家令と数人の執事が待っていた。




 ❈❈❈❈❈❈❈

ライオンなどは、若い強い雄が他の縄張りに出張っていって、群れの雄を斃し、その子らを殺し、自分の種を遺していく

といった行動をする事があるそうです(より優秀な(強い個体)の遺伝子を遺すための本能?)

燕などは、尾っぽの長さがステイタスらしく、卵を温めている雌のところに、つがいよりも尾の長い雄が来たら、浮気(交尾)しちゃうらしい動物番組を観たことが⋯⋯

猫なんかは、雌を取り合って雄が喧嘩して、勝者が交尾を求めても、雌が気に入らなければ交渉不成立するそうですが😅

物語に関係ない蛇足的な注釈で済みません🙇


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