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2 あの日の朝に
2‑9 セオドアの訪問
しおりを挟む玄関口で立つ父や義母の顔が、一気に曇る。
殿下のエスコートで私が馬車から降りてきたからだろう。
なぜ、お前が?
父の顔にそう書いてあった。
「学内で、魔法事故がありまして、対処に追われました。その流れで殿下に送っていただきましたの」
アーヴィッコ家から話が来るか、学長から魔法士学校に子女を通わせている全家庭に今回の事故に関する公表があるか、上からの連絡が来るまで、クレディオス様のことは話さないでおこうと思った。
妹エミリアと婚約し直すのだから、いずれ知ること。
あまりいい内容ではない言葉を、私の口から聞きたくはないだろう。
「では、わたしはリレッキ・トゥーリと話しているから、準備してきなさい」
先ほどまでの、同年代の青年らしさはなりを潜め、王子殿下として話す姿は、堂々としていて、上に立つ者の風格があった。
「リレッキ・トゥーリ、立ち話もいいが、すぐに済むので、話せる場を設けてくれるか?」
「は。では、談話室に」
エントランスから、談話室やリビングルーム、客室などが並ぶ棟へ向かう家族と殿下をおいて、自室に急ぐ。
「お嬢さま、顔色があまり良くないようですけど、何か召し上がりますか?」
ラケルがお湯を沸かして、気遣ってくれる。
「ありがとう。ラケルのお茶もいただくけれど、荷造りを手伝ってくれるかしら?」
「荷造り、ですか?」
手早く耐熱性のガラスポットに花茶を淹れてくれながら、確認してくる。
「ええ。実は、エリオス殿下の学習チームの研究生として、女子寮に住み込む事にしたの。ここへは戻らないわ⋯⋯しばらくの間」
ここへは戻らないの言葉に、目をむいたラケルに圧されて、しばらくはと繋げた。
「では、着替えと、日用品、美容化粧品やなんかを纏めますね。その寮は、侍女はついて行けるのですか?」
「え? 聞いてないけれど、学生や教職員の寮なら、単身で入るのではないかしら?」
「可能なら、私も⋯⋯」
ラケルならそう言ってくれると思ってたけれど、職員寮に、侍女やメイドを連れていく人はいないだろう。
「大丈夫よ。ラケルがいてくれれば心強いけれど、卒業してもし魔法士達の師団に入ったら、何でも自分でしないといけないのだもの。まずは一人でやってみるわ」
不安そうながらも、必要だろう小物や着替えなどを行李に詰めていく。
「学校で、何があったのですか?」
クレディオス様のことを言うかどうか迷った。
「いずれみんなが知ることだと思うけど、あまり広げないでね? クレディオス様が、魔法を暴走させたの」
「え?」
荷造りをするラケルの手が止まる。
「暴走?」
驚いた顔をしていたけれど、ラケルは横髪を耳にかける仕草の後、荷造りの手を再開させる。
「どういうことですか? クレディオス様はご無事なんですか?」
「無事よ。と言っていいかは判らないけれど。身体は怪我もないし、魔力質にも異常はないわ。でも、しばらくは、大した魔術を使うことは出来ないでしょう」
精霊魔法を使いたくて、模倣した魔術式を構築し、複雑に重ねていく内に制御から外れてしまったことをかい摘まんで話した。
「精霊にそっぽを向かれてしまっては、魔術は使えなくなる。クレディオス様の心が癒えて精霊と契約を再開できるようになるまで、休学と言うことになったわ」
「そうでしょうね。むしろ、休学で済んだのですね」
「ええ。殿下が、後押ししてくださったようなの。才能が惜しいからと。もし、何らかの処分を受けていたら、エミリアとの婚約にも影が差すわ。殿下のご配慮は、ありがたい事よ」
お父さまがエミリアばかり可愛がっても、エミリアのせいではない。
お義母さまがエミリアが可愛いのは、産んだ娘なのだから当然だ。
どちらも、エミリアが悪い訳ではない。ラケルやメイド達は、当たり前のように愛情を一身に受けて育つエミリアの事をよく思っていないけれど、私は、罪のない彼女が不幸になっていいとは思っていない。
「お嬢さまは、人が善いのですね」
「それ、殿下にも言われたわ」
「事実ですから」
ある程度荷造りは出来て、後は都度、必要な物があれば送ってもらうことにする。
首の後ろ側微かにチリとしたと思ったら、部屋にトンボ──セオドア従兄さまのレントが飛び込んでくる。
〘エステル、今いいか?〙
むしろ、女子寮に暮らす以上、今でなければこの先は、どこか別の場で会わなくてはならなくなる。
今回も、近場から連絡をして来たようで、数分で来客の知らせが来る。
セオドア従兄さまは、騎士団の仕事の最中に抜け出してきたのか、魔法素材が混ざった合金の鎧を着たままだった。
簡単な呪文で、着ていた鎧が解体され、お従兄さまの隣に空っぽの鎧一式が立っている。
「忙しいところにすまないな。家を出て、一人暮らしを始めるんだって?」
「ええ。どうしてそれを?」
「しかも、クレディオスが休学⋯⋯謹慎処分なのか?」
「どこでそれを⋯⋯」
「すみません、お嬢さま」
ラケルが頭を下げた。
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