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4 困惑と動悸の日々

4‑3 カクテルをあなたと

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     🍸

 もうずっと夜会には出ていなかったので、久し振りのダンスは、手足が震えた。

 でも、エリオス殿下に恥をかかせる訳にはいかない。
 あまりダンスには向かないスレンダーなラインのドレスなだけに、ステップを間違えると目立つので、最初は必死だった。

 それでも、笑顔は崩さない。足元を見たくなるのを抑え、殿下のアメシストの瞳だけを見て踊る。

 次第にステップを思い出し、リズムを数えなくても自然に脚が動くようになってくる。
 何より、殿下のリードが素晴らしかった。

 エリオス殿下は、夜会には殆ど出ないとの噂は本当なのだろうか。

「どうかした?」
「あ、いえ。滅多に夜会や舞踏会には参加されないと聞いていましたので、噂は嘘なのかと思うほど巧みに踊られるので驚いたのです」
「ふふ。確かに、夜会や舞踏会には、王族として顔を出すことはあっても、たいていは警備や裏方に徹して、人前で踊ることはあまりないからね。参加していない訳じゃないんだよ。
 招待客と踊ったり愛想を振りまくのは、母上と兄上の仕事だからね。僕は、裏でやることがあるから。
 それに、意外に踊れるのは、妹達の練習に付き合うからだよ。
 王族としての社交ダンスは踊らなくても、各国の魔法士会議の夜に開かれる夜宴では、必要に迫られる場合に限り踊ってはいたんだよ」
「そうなのですね」

 必要に迫られる場合──どの国でも、個人差はあれど、たいていは王族が最も魔力が高く、大きな魔術を扱える。
 それは、有事には王族が率先して魔法を使い、民を国土を守らねばならないからだ。
 魔法力の強い統率力のある者が国を纏め、初代の王になったとも言える。

 だから、魔法士の国際的な会合に参加した場合、どこの国でも議長や組織の長官は王族であることが殆どである。
 王政でない国か、平民や一般貴族の中に特出した魔力や統率力を持った人間が居た場合は、王族以外が代表者である事もある。

 会合の終了後、親睦を深めるためや単にもてなす意味でも、食事会や夜会が開かれる。
 そこで、主催側の王族からダンスを求められたら、断る訳にはいかない。
 夜会のダンスは、同じテーブルに着き話し合う事が出来ますよ、という、パフォーマンスの意味もある。
 ダンスを断るという事は、その相手──ひいては国とは話し合う気はないと拒絶する意味にとられてしまう。

 エリオス殿下がそういった集まりに参加すると、普段は王族として夜会には出ない殿下が断らない機会だからと、誘われることが多いそうだ。

「だから、会議の内容がさほど重要でない場合は、魔法省の長官と魔法士師団長に任せて参加しない時もあるよ」

 見目麗しく身分が高いというのも、中々に大変な事のようだ。


 エリオス殿下とのファーストダンスは、殿下の御御足おみあしを踏む事もなく、久々にしては無難に終えられた。


「久し振りだったから、とても緊張しました。初めの内は脚捌きがぎこちなくて、殿下の御御足を踏んでしまわないかヒヤヒヤしましたわ」
「そうだったのかい? 確かに、最初は動きが固いなと思ったけれど、ちゃんと踊れていたよ? 慣れるように、しばらくはプロムに参加しようか?」
「そんな、殿下のお時間をとらせる様なことは⋯⋯」

 人前で踊る練習をするだけなら、普通に貴族の夜会に参加すればいいし、踊る訓練だけなら公爵邸にもダンスホールはあ⋯⋯る、とは言え、しばらくはあの家には戻らないつもりで寮に住む事にしたのに、ダンスの訓練だけに帰るのは躊躇わられた。

「エステル。喉は渇かないかい?」

 学生向けに、アルコールの入っていないシャンパン風味の炭酸水が用意されている。
 酔うと魔力のコントロールを失う体質の人もいるので、学内には職員施設以外ではアルコールの入っていない飲み物しか出されない。

 他にも、果実水のカクテルや、軽く摘まめる軽食も並んでいるテーブルに誘われた。


「わたしの研究チームの一員として初めてのプロム参加と、わたしのダンスのお相手を務めてくれた感謝と初めての祝いと、うまく踊れた事の記念? エステル、私と踊ってくれてありがとう」

 クロスで飲みたいところだけれど、人前だからね。と言って笑いながら、軽くグラスを合わせるエリオス殿下。
 クロスで飲む、とは、互いにグラスを持ったまま腕を組み、そのまま飲むことで、志を一つにする同士の誓いを立てた者がする事で、本当にやったら目立つことこの上ない。
 殿下なりの冗談なのだろう。




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