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4 困惑と動悸の日々
4‑10 癒し姫
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オッシの浅く弱々しい呼吸音、殿下と私の鼓動。時折微かに聴こえる衣擦れの音。
周りは音のない世界に隔絶されたかのように、耳には届いていたとしても、それらしか頭に入らない。
本当は、建物の外で人の行き交う、会話や足音、風に揺れる木の葉の音など、世界は音に溢れているはず。
手からの魔力譲渡を中断されたけれど、私を腕の内に閉じ込めて震える殿下との、全体の接地面全てから魔力が緩やかに移行していく。
殿下が回復するのに必要な、魔力と私の生命力を吸い上げているのだろう。
こう説明するとゾッとする事のようにも思えるけれど、少しも恐怖心も不安も涌かないし、家族でも男女間のパートナーという訳でもないのに抱き竦められている事に対しても、これまで同様、特に嫌悪感は感じなかった。
殿下は、繋いだ手が、抱きつき縋る私の肩や背が、温かいと、優しい力だと仰ったけれど、私も、背中に、腕が回された腹に、温もりを感じて、家族に与えられなかった温もりと触れ合いを、殿下に分けて貰う事が、嫌ではなかった。
不埒な気持ちでしていることではないと判っているからか。
殿下のお人柄なのか。
どれくらいそうしていただろうか。
オッシが寝かされている病室の外の廊下から複数の足音がする。
「殿下、回復士としても上級の癒し姫をお連れしました」
この施設に配置された回復士が、緑のローブを着た三十歳になるかくらいの女性を伴って戻って来た。
もちろん、足音を聞いてすぐ、私は殿下の腕から解放されている。
「あら、エステル様?」
癒し姫は、アァルトネン一族のひとりで、オリヴェルにいさまとご結婚なさったニイナ様のお姉さまリリヤ様だった。
その名リリヤの通り、匂う花のような華やかな人で、光魔法が強く、魔力譲渡も親和性が低くてもある程度は行え、回復魔法や浄化魔法が強い方で、神殿や教会からも修道院からも請われる使い手だった。
なぜ、それらの誘いを蹴って、癒し姫に就任したのかは知らないけれど、多くの魔法士を助けて来たという。
「あら、簡単な事よ。怪我や病を治療する回復士はたくさん居るわ。浄化や光魔法の使い手も、神に仕える神官や巫女なら訓練の先に得られるもの。でも、魔力譲渡と魔法士達の心の傷を癒やせる癒し姫は、誰でもなれるものではないわ。でしょう? アァルトネン随一の魔力値と魔法量のエステル、あなたでも、エリオス殿下以外には譲渡出来ないでしょう?」
「エリオス殿下以外の方に試みたことはありませんが、父や妹がわたくしに譲渡出来るかと言われれば否と答えますわ」
リリヤ様は、その名のままの花のような華やかな笑顔を咲かせ、「そういうことよ」と言って、オッシの身体に残る魔力の残滓と流れを読み取ろうとする。
「あら、ずいぶんと無茶をしたのね。魔力の流れがメチャメチャよ。つらかったでしょうに」
「すまない。わたしの指導不足だ」
「初心者の一年生でしょう? 仕方ないわ。そのための魔法士学校ですもの。今の内に失敗を繰り返して、よき魔法士になればいいの」
リリヤ様は、エリオス殿下に対しても、普通の年上の女性のように振る舞った。
「ああ、エステルは癒し姫は、ニイナとリリヤしか知らないんだろう? ニイナはあの通り丁寧な人当たりが性分だが、リリヤのように、慈愛心を持って、全ての魔法士の姉や母のように振る舞うのは、癒し姫には多い。と言うより、こちらが主流だ」
「癒しと慈愛の女神を通じての回復魔法を、光属性の精霊と契約して光魔法と共に覚えるし、回復士として女神の力を借りる際に、その御力を受け容れるのを繰り返す内に、全ての魔法士に対して、慈母のような気持ちになっていくの。わたくしは、ニイナよりも長く癒し姫をしているから尚のことね」
この歳でみんなのお母さんなのよ、などと冗談を言って笑いながら、オッシの身体の魔力の流れを整えていく。
いつか、私も、誰かと結婚する事があれば、夫となる男性や、産んだ子らにああして癒すことがあるかもしれない。ルヴィラの加護があるのだから、癒し姫でなくても私にも出来るかもしれない。
その神に与えられた御業を、繰掌のひとつ、僅かな魔力の流れも見逃すまいと、目を皿のようにしてリリヤ様を視、しっかりと学ばねばと思い頑張った。
オッシの浅く弱々しい呼吸音、殿下と私の鼓動。時折微かに聴こえる衣擦れの音。
周りは音のない世界に隔絶されたかのように、耳には届いていたとしても、それらしか頭に入らない。
本当は、建物の外で人の行き交う、会話や足音、風に揺れる木の葉の音など、世界は音に溢れているはず。
手からの魔力譲渡を中断されたけれど、私を腕の内に閉じ込めて震える殿下との、全体の接地面全てから魔力が緩やかに移行していく。
殿下が回復するのに必要な、魔力と私の生命力を吸い上げているのだろう。
こう説明するとゾッとする事のようにも思えるけれど、少しも恐怖心も不安も涌かないし、家族でも男女間のパートナーという訳でもないのに抱き竦められている事に対しても、これまで同様、特に嫌悪感は感じなかった。
殿下は、繋いだ手が、抱きつき縋る私の肩や背が、温かいと、優しい力だと仰ったけれど、私も、背中に、腕が回された腹に、温もりを感じて、家族に与えられなかった温もりと触れ合いを、殿下に分けて貰う事が、嫌ではなかった。
不埒な気持ちでしていることではないと判っているからか。
殿下のお人柄なのか。
どれくらいそうしていただろうか。
オッシが寝かされている病室の外の廊下から複数の足音がする。
「殿下、回復士としても上級の癒し姫をお連れしました」
この施設に配置された回復士が、緑のローブを着た三十歳になるかくらいの女性を伴って戻って来た。
もちろん、足音を聞いてすぐ、私は殿下の腕から解放されている。
「あら、エステル様?」
癒し姫は、アァルトネン一族のひとりで、オリヴェルにいさまとご結婚なさったニイナ様のお姉さまリリヤ様だった。
その名リリヤの通り、匂う花のような華やかな人で、光魔法が強く、魔力譲渡も親和性が低くてもある程度は行え、回復魔法や浄化魔法が強い方で、神殿や教会からも修道院からも請われる使い手だった。
なぜ、それらの誘いを蹴って、癒し姫に就任したのかは知らないけれど、多くの魔法士を助けて来たという。
「あら、簡単な事よ。怪我や病を治療する回復士はたくさん居るわ。浄化や光魔法の使い手も、神に仕える神官や巫女なら訓練の先に得られるもの。でも、魔力譲渡と魔法士達の心の傷を癒やせる癒し姫は、誰でもなれるものではないわ。でしょう? アァルトネン随一の魔力値と魔法量のエステル、あなたでも、エリオス殿下以外には譲渡出来ないでしょう?」
「エリオス殿下以外の方に試みたことはありませんが、父や妹がわたくしに譲渡出来るかと言われれば否と答えますわ」
リリヤ様は、その名のままの花のような華やかな笑顔を咲かせ、「そういうことよ」と言って、オッシの身体に残る魔力の残滓と流れを読み取ろうとする。
「あら、ずいぶんと無茶をしたのね。魔力の流れがメチャメチャよ。つらかったでしょうに」
「すまない。わたしの指導不足だ」
「初心者の一年生でしょう? 仕方ないわ。そのための魔法士学校ですもの。今の内に失敗を繰り返して、よき魔法士になればいいの」
リリヤ様は、エリオス殿下に対しても、普通の年上の女性のように振る舞った。
「ああ、エステルは癒し姫は、ニイナとリリヤしか知らないんだろう? ニイナはあの通り丁寧な人当たりが性分だが、リリヤのように、慈愛心を持って、全ての魔法士の姉や母のように振る舞うのは、癒し姫には多い。と言うより、こちらが主流だ」
「癒しと慈愛の女神を通じての回復魔法を、光属性の精霊と契約して光魔法と共に覚えるし、回復士として女神の力を借りる際に、その御力を受け容れるのを繰り返す内に、全ての魔法士に対して、慈母のような気持ちになっていくの。わたくしは、ニイナよりも長く癒し姫をしているから尚のことね」
この歳でみんなのお母さんなのよ、などと冗談を言って笑いながら、オッシの身体の魔力の流れを整えていく。
いつか、私も、誰かと結婚する事があれば、夫となる男性や、産んだ子らにああして癒すことがあるかもしれない。ルヴィラの加護があるのだから、癒し姫でなくても私にも出来るかもしれない。
その神に与えられた御業を、繰掌のひとつ、僅かな魔力の流れも見逃すまいと、目を皿のようにしてリリヤ様を視、しっかりと学ばねばと思い頑張った。
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