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婚約者様と私Ⅱ
111.壊れたブレスレット
しおりを挟む小さな花を模した天然石。なぜか一粒だけ。
「ステフが⋯⋯シュテファンが、これを見せて言うんだ。アンジュを、小麦担当の方伯の茶話会を通じて見初め、妻とするために働きかけていたところで、俺と婚約していなければ今頃結婚していたはずだったと」
「それはあの方が勝手に仰ってる事で、わたくしは、父から何も聞かされていませんでした!!」
「⋯⋯じゃあ、本当なんだね?」
「いいえ。いいえいいえ!! ですから、あの方が勝手に仰ってるだけです。実現しませんでしたでしょう?
わたくしは、ヒューゲルベルクでルドルフ・ルードヴィヒ・エルラップネス公爵様と一緒に現れた時が初対面でしたもの」
父が亡くなって、私を見失ったと言っていたから、自分の身の回りや父の処遇など、地盤を固めてからのつもりで準備中だと言っていたし、父にも話はまだ通っていなかった可能性もある。
そんなあやふやな話で、クリスを傷付けるだなんて。
仲のいい従兄弟ではなかったの? あの方の考えがますます解らなくなってしまった。
「本当に、あの時が初対面? 会話一つしたこともない見初めただけの令嬢を妻にしようと働きかけるなんて、ステフらしくないような⋯⋯ いや、今の成人したステフになる前のことだから、子供心に有り得なくもないのか? 一目惚れってやつ?」
「存じません。わたくしも、その話を聞かされたのは、ヒューゲルベルクを発つ前の晩のことでしたから」
「そう。じゃあ、この、俺が贈ったブレスレットがステフの手に渡ったのは、その時? 一緒に過ごしたの?」
「共に過ごしただなんて! 廊下で擦れ違っただけ。その時、話を聞かされましたけど初耳でしたし、クリスとの婚姻契約を、法王代理の枢機卿のサインと王家の印璽入りで取り交わした後に言われても知りませんと突っぱねただけです」
そう。いくらシュテファン様が横やりを入れても、青の森の王のサインと印璽、現皇帝に戴冠させた法王猊下の代理人である枢機卿のサインが入った婚姻契約書がある以上、お嬢さまがシュテファン様に嫁ぐことは出来ない。
お嬢さまはだけど──
だから、シュテファン様は諦めてないのかもしれない。
私とアンジュリーネお嬢さまが別人だと気づいているシュテファン様は、私を諦める必要はないのかもしれない。
貴族籍を抜いてただの平民になったけれど、父を陞爵させようとしたように、どうにでもするつもりなのかも。
「このブレスレットの一部の石は、ハインスベルクの城へハイジを送って来たシュテファンから手渡されたんだ。アンジュと過ごした時に壊れて、もう要らないから捨ててくれと言われたのを、自分達が共に過ごした証拠として見せるために取っておいたのだと」
なんて、意地の悪い。
捨てろと言われたと婚約者に態々伝えるところも、欠片の一つを見せる所も、あたかもふたりで睦まじく過ごしたかのような想像をさせる言い方も。
わざと狙ってやっているとしか思えない。
もし本当に秘密の恋人だったとしても、夫にその証拠を見せるなど、正気の沙汰じゃないわ。普通なら、隠して、言われたように棄てるものでしょうに。
クリスは、それを信じたの? ううん。信じられないから、信じたくないから、否定して欲しいと言っていた。
「あ、アンジュ?」
「壊⋯⋯れ、ちゃ⋯⋯たの? ブレスレット」
「らしいな。こうしてひとかけらあるんだから」
「そんな。初めて、クリスに初めて貰った物なのに。ふたりで街に出て、ふたりで選んで、ふたりで互いの色を身につけようって、なのに、私は、それを失くし、クリスは、壊れた一部だけを受け取って⋯⋯酷い⋯⋯なんてこと」
泣くまい、ちゃんと言い訳して、説明して、クリスを安心させなきゃって思うのに、次から次から涙が溢れて、クリスの顔もハッキリ見えなくなる。
「そ、そうだよな。ごめん。疑うようなことを言った。大丈夫。ブレスレットは、また一緒に買いに行こう。ステフが、俺を不安にさせて、揶揄ってんのか何かを試してんのかは解らないけど、もうどうでもいい。そんなに泣くな。眼が腫れるぞ」
「でも、それは、あの時、ドキドキしながらふたりで選んだ石じゃないもの。あのブレスレットじゃないのよ?」
「また、ドキドキしながら選ぼう。もっと、俺の眼そのものな色の物が見つかるかもしれないし、花を模した石も、髪の色に寄せてもいいだろ? 新しく、ふたりで選べばいい。な?」
涙が止まらない私を胸に押しつけるように抱き寄せてくれる。
熱いほどに温かく、お兄さまよりちょっと硬いけど居心地は悪くない──むしろ居心地よい──胸に納まって、しばらく涙が止まるのを待った。
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