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異世界から現れたモンスターたちに対してティッシュを配る男と幼馴染少女がラブコメしたり、少女と幼女がおねロリしたりする話

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 某地方都市の玄関口である駅――の一つ隣の駅前広場。

『先日大学生が犠牲になったひき逃げ事件ですが、現場から逃走した犯人は、未だに捕まっておらず――』

 ラジオを〝植え込み兼ベンチ〟の脇に置いて、〝ニュースを聞きながら新聞を読む〟というよく分からない二刀流をしている男性。
 少し離れた場所では、ストリートミュージシャンが路上ライブを行い、その隣では客の似顔絵を描いて売っている者がいるかと思えば、アクセサリーを販売している者もいる。

 そんな中、彼ら彼女らに交じって、二週間前から、大学生がティッシュ配りのアルバイトをしていた。

 通常、ティッシュ配りであれば、居酒屋の呼び込み等と違って、ティッシュを差し出しながら一声掛けるくらいで、それ程大きな声は出さないものだが――

「ティッシュでダンシング! ダッシュでボクシング!」
「いや、ボクシングしちゃ駄目でしょ!」

 男子大学生――ユウは激しく踊り、時折シャドーボクシングをして大声で呼び掛けつつ、ティッシュを配っていた。
 それに対して、半眼で突っ込む女子大生――リョウ。

 幼馴染で幼小中高大と全て同じ学校に通って来た二人は、切っても切れない腐れ縁だ。

 ――と、周りには言って来たリョウだが――

(あたしが無理矢理転がり込んだのよね……)

 ――内心でそう呟くリョウ。
 彼女は、幼馴染であるユウの事が、ずっと好きだった。

※―※―※

 そう。
 あれは、幼少時代のある日――

「「「ガルルルルルル!」」」
「きゃあああああああ!」

 ――リョウが、〝、ちょっと大きめの野犬〟に襲われていたところ、ユウが「リョウをいじめるな! あっちいけ!」と、落ちていた木の棒をブンブン振り回して追い払い、命懸けで守ってくれたのだ。

(って、今更だけど、頭の数、多くない?)
(まぁ、小さい頃の話だし、恐怖で気が動転していて、見間違えたのかもしれないけど……)

 それ以降、ユウに惚れてしまったリョウは、小学校中学校は勿論、何だかんだと適当な理由を付けて、高校と大学も、彼と同じ学校に進学した。

 しかし、それまでの十年以上、それとなくアピールし続けて来たものの、全く気持ちに気付いて貰えず、遂にリョウは強硬手段に出た。

 それが――

「お願い! 一緒に住ませて!」

 ――ユウのアパートに転がり込む、という事だった。

 地元から離れた大学へと通う事になった二人だったが、さっさと大学近くのアパートを押さえたユウと違い、リョウは、三月になっても住む場所を契約しておらず、四月になって初めてその事を告げた上で、一緒に住ませて欲しいと頼んだ。

 どうなる事かと思ったが――

「ん? 別に良いぞ」
「ほんと!? ありがとう!」
 
 ――ユウは、二つ返事で承諾してくれた。
 
 互いの両親の反応が怖かったが、幼い頃からずっと知っていて、家族ぐるみでの交流もあったため、どちらの親も、「ユウ君なら」「リョウちゃんなら」と、すんなり受け入れてくれた。

 くして、二人は同棲する事になった。

(こんだけ行動すれば、流石のニブチンだって、あたしの気持ちに気付くはず!)
(これで、あたしたちの関係が、やっと進展するわ!)

 ――が。

(何でえええええ!?)

 ユウは、リョウに全く手を出してこなかった。

 それどころか、恥ずかしさを我慢しつつ勇気を出して見せたリョウの渾身の下着姿にも、「おい、風邪引くぞ。早く服着ろ」と、全く反応しない。

(ううっ……)
(女として見られてないのかな……?)

 その後。
 講義やら部活やサークルやらで、あっという間に春休みとなった。

 これまでアルバイトをして来なかった二人は、周りの友達が皆行っているのを見て、「そろそろ何かやるか!」「そうね!」と、始めることにした。

 そして、現在に至る。

※―※―※

 二人が行ったティッシュ配りのアルバイトは、少々特殊なものだった。

 まず、単発である事が多いティッシュ配りにも拘らず、一ヶ月間毎日、ずっと仕事をさせて貰えること。
 次に、ずっと同じ会社による、同じ商品の小さなチラシが入ったティッシュを扱っている事。
 その商品は、〝トイレの詰まりを解消する道具として有名なスッポンラバーカップ〟である事。
 ティッシュを配る際には、上下共に会社から支給されるウンコ色――もとい、茶色い服に着替える事。

 だが、何よりもリョウが驚愕したのは――

「そこのお姉さん! ティッシュでダンシング! はい!」
「ゲロ? ゲロゲロゲロ……ゴクン」

(食べちゃった! それ、食べ物じゃないのよー!)
(っていうか、雌なの!? どうやって判別してんのよ!)

 ――モンスターに対してティッシュを渡しても、監視している社長から何も言われない、という事だ。

 たった今リョウが視認した、〝右前足で器用にティッシュを受け取った後、一拍置いて包みごと食べた、人間大のカエル〟をはじめとする、種々様々なモンスターが、〝突如生じた時空の歪み〟から日本中に現れて、三週間。

 その見た目に反して、モンスターたちは人間に対して特に何の危害も加えなかったため、テレビ画面の向こうの首相は、カメラに向かってこう叫んだ。

「国民の皆さん! 突然ですが、わが国では、今日から毎日、ハロウィンとします! さぁ皆さん、コスプレしましょう!」
「いやいやいや! ゴブリン・オーク・オーガあたりはまだしも、ドラゴンとか無理があるでしょ!」

 しかし、この宣言により――

「わぁ! 毎日ハロウィンになったからって、気合い入ってんなぁ!」
「すごい迫力!」
「最近のコスプレって、すごいなぁ!」
「嘘でしょ!?」

 ――皆、コスプレだと思ってくれて、国中が大混乱に陥る事は未然に阻止できた。

 そんな、〝突如現れたちょっと奇抜な見た目をした隣人〟だが、何を思ったか、ユウはモンスターにしかティッシュを配らないのだ(後から理由を聞いたところ、「人間は皆、モンスターを避けてるから、じゃあ、俺だけは避けずに接するようにしよう!」と思うようにしたらしい)。

 話は戻って。
 先述のように、今現在、このティッシュ配りの商品を販売している会社のサングラスとマスクの社長は、植え込み兼ベンチに座りながら、バイトが怠けたり不正をしないようにと監視をしている。

 ただ、本来カモフラージュのために使用する〝大きく開かれた新聞〟が、中央に空けた穴が大き過ぎて、顔全体が穴に嵌まってジャストフィットしているため、どうしても緊迫感には欠ける。

 が、ともかく、自ら監視役を買って出ている社長が、モンスターにしかティッシュを配らないユウに対して、何も言わず、渡したティッシュが即座にモンスターの胃袋に入っても、文句一つ言わないのだ。

(不思議……というか、変な人……)

 リョウとしては、きちんと給料さえ貰えれば、どれだけ相手が変わり者だろうが、言う事は無い。

 年齢不詳だが、まだ若そうな印象の社長は、サングラスをしていたりマスクをしていたりするため、最初は、「滅茶苦茶怪しい人じゃない!」と思ったものだが、「やっぱり、前払いの方が君たちも安心だよね?」と、〝一ヶ月分の給料を先払いでくれる〟という有り得ない程の太っ腹振りを見せ付けられて、ティッシュのノルマもそこまで無く、そんなに大変な仕事ではないため、「怪しいだけで、多分良い人なんだわ!」と、思う事にした。

 ちなみに、ティッシュが入っている段ボール箱に今も詰め込まれたままの商品サンプルであるスッポンラバーカップだが、アルバイト初日に、社長がユウに渡して、「これを、通行人たちに――」と何か言い掛けた直後に、「! ……へぇ~。ふ~ん。そういう事か」と、何やら意味深長な反応を示して、「。何でもない。気にしないで」と、(恐らく)サングラスとマスクの下で笑みを浮かべて、「当初の予定通り、ティッシュだけ配ってくれたら、それで良いから」と告げると、手をひらひらと振りながら立ち去っていった(監視場所であるベンチの方へと)。

「っていうか、あんた、全部一人でやり過ぎよ! あたしにも配らせなさいよね!」
「ん? 楽な方が良いだろうが!」
「そりゃ辛いよりかは良いけど、でも、何もしないのもそれはそれで何か微妙なのよ!」

 尋常では無い運動量で、駅前を縦横無尽に駆け回るユウは、通り過ぎる全員に対して声掛けしてティッシュを差し出しているため、リョウはやる事が無く、所在なさげに佇むしかない(尚、広場の中央を堂々と行き交うモンスターと違って、人間たちは出来るだけモンスターから離れて歩こうとしているため、本来のターゲットである彼ら彼女らには、ティッシュを差し出す事すら出来ない)。

(元々運動神経は良い方だったけど、今のコイツは、異常よね……)
(この一年弱の〝訓練〟の賜物かしら?)

 、ティッシュ配りに並々ならぬ思い入れがあったユウは、アルバイトが禁止されていた高校を卒業して大学に入ると、直ぐにティッシュ配りのための〝準備〟を開始した。

 憧れが強過ぎたがために、〝軽い気持ちでは始められない〟と、ユウは、まずは強靭な肉体を作ろうと思い、ボクシング・空手・柔道などの格闘技の部活(サークルではなく、学校が公認しているもの)に入り、それぞれを同時進行で極め、更にティッシュ配りのためのリズム感を養うために、軽音楽部に入って、ギター・ベース・ドラムなども習得し、リズミカルに身体を動かすために、ダンス部に入り、ブレイクダンスなども会得した(小中高で、バスケット・野球・サッカーをしていたのも、身体を鍛えつつ基礎体力をつけるのが目的だったらしい)。

(やる気があり過ぎて、ちょっと怖いくらいなのよね……)
(あたしは、『バイトしながら、脂肪を燃焼させてダイエット出来たら一石二鳥かも! でも、キツ過ぎると嫌だから、ティッシュ配りくらいが丁度良いわ!』とか、そんな動機だったのに)

 リョウが、多忙極まり無いユウの一年間と、火傷しそうなほどの熱意に思いを馳せていると――

「おねえちゃん、なにしてるの?」

(この声は! ケイちゃん!)

 ――可愛らしい声が下から聞こえた。
 視線を下げると、見慣れた美幼女が、小首を傾げながらリョウを見上げている。

「ケイちゃん、こんにちは! ティッシュ配りよ」
「またやってるの? なんで?」
「お金が欲しいから、こうやって働いているのよ」
「ケイもできる?」
「手伝ってくれるの? ありがとう! でも、ごめんね。ケイちゃんには出来ないの」
「なんで? ティッシュをわたすだけなのに?」
「うっ。まぁ、そう言われちゃ身も蓋もないんだけど……」

 三歳くらいだろうか、一週間ほど前に偶然ここで出会ったケイは、その後、毎日リョウに会いに来るようになった。
 フワフワのワンピースを小さな身体に纏った彼女は、小首を傾げながら質問する癖があり、一人っ子で妹が欲しかったリョウにとっては、抱き締めたくなるほどに可愛い。

(まぁ、そんなことをしたら捕まっちゃいそうだし、やらないけどね!)

 ――と、その時。

 ブオオオオオオオオオン!

 遠くの方で、誰かが車を空吹かしする音が聞こえて来て――

「――――ッ!」
「?」

 ――ユウが、ビクッと肩を震わせるのが目に入った。
 見ると、その顔は、蒼褪めており――

「どうしたのよ、ユウ? 顔色悪いわよ?」
「……いや、何でもない……」

 明らかに様子がおかしい彼に、「嘘つきなさいよ。絶対何かあったでしょ!」と、リョウが問い詰めるも、「……何でもないって言ってるだろ!」と、ユウは頑なに否定する。

(テンション高めでノリが軽いと見せ掛けて、案外頑固なのよねぇ……)

 リョウが肩を竦めて、溜息をつくと――

「おねえちゃん」

 ケイが再度話し掛けて来た。
 つぶらな瞳で見詰めてくる、その愛くるしい姿に――

(本当、ケイちゃんは可愛いわ!)
(可愛くて仕方がな――)

 リョウが、身悶えていると――

?」
「!?」

 ――ケイが、再び小首を傾げた。

「誰って? え? あの男よ! 大学生のお兄さん! 黒髪短髪の!」

 リョウが、ユウを指差すが――

「ウサギさん……?」

 ユウが渡したティッシュを受け取り、器用にも一枚一枚ティッシュを取り出しては食べている、人間大のウサギの姿をしたモンスターに言及するケイだったが、ユウには全く反応せず――

「違う違う。そのウサギさんに、ティッシュを渡した男の人!」

 どれだけ必死にリョウが説明しても――

「?」

 ――ケイは小首を傾げるばかりだった。

 そこで、やっとリョウは理解した。

姿んだわ……!)

 認識されないユウ。
 車の空吹かし音に怯えるユウ。

 そこまで思考すると、リョウは、唐突に――

「――――ッ!」

 ――思い出した。

(そうだ! よ! 何で忘れていたんだろう?)

※―※―※

 先日、街中を二人で歩いている時に――

「お婆さん! 荷物持ちますよ!」
「あらあら。ありがとうねぇ」

 大荷物を持ったお年寄りが横断歩道を渡るのを助けていたユウは――
 ――猛スピードで迫る真っ赤な暴走車に気付くのが遅れて――
 ――リョウの眼前で……
 ……眼前で……
 ……眼前……で……
 ………………

※―※―※

(きっと、ショックが大き過ぎて、忘れていたんだわ……)

 だから、今目の前にいるユウは幽霊で、関係性の深かったリョウには見えるものの、きっと他の人には見えないのだ。
 
 モンスターたちは〝人ならざるもの〟であるため、同じく異質な存在である〝幽霊〟を知覚出来るのだろう。

 ――と、その時。

 ブオオオオオオオオオン!

 先刻聞こえた空吹かし音が再び聞こえたかと思うと――
 ――駅前広場から北東へと真っ直ぐ続いている道の遥か先から――

「「!」」

(あの車だわ……! あの時の……!)

 ――赤い車が、一気にスピードを上げて、こちらに向けて走り出した。

 遠めに見ても分かる、鮮血のような赤と、荒々しい排気音に、恐怖体験がフラッシュバックしたのか、ユウの身体が再度硬直するが――

「これは……!」

 足許にある段ボール箱内にて、何かが淡い光を発しているのに気付くと、まるで吸い寄せられるかのように手を伸ばし、むんずとそれを掴み、取り出して――

「………………」

 ――迫り来る暴走車を正面から見据えた。

「おい……アレ、ヤバくないか?」
「こっち来るわ!」
「うわああああああ! 逃げろおおおおおお!」
「きゃああああああ!」
「ゲロゲロゲロ!」
「ギギギギギギ!」
「ガアアアアア!」

 周囲の人間とモンスターたちが、異変に気付いて広場から逃げ出す中――

「ユウ! あたしたちも逃げるわよ!」

 リョウが必死に呼び掛ける。

(たとえ幽霊でも、あんな怖い体験、二度として欲しくない!)
(それに、もう一度轢かれちゃったら、幽霊ですらいられなくなって、姿すら見えなくなっちゃうかもしれないわ!)

 ――だが。

「俺はここで、あの車を止める」
「!?」

 ――ユウは首を振った。

「何言ってんのよ!? あんたがそんな事する義理はないでしょ! それに、どうやって止めるって言うのよ!?」

 リョウの問いに、ユウが天高く掲げたのは――

「大丈夫だ。今の俺にはこれがある!」
「スッポンで車が止められるかあああああああ!」

 ――先程段ボール箱から出したスッポンラバーカップだった。

「さぁ、来い!」
「バカなの!? ねぇ、ほんとにバカなの!?」

 スッポンラバーカップを斜めに構えたユウに、リョウが罵声を浴びせる。

 と、その時――

「フハハハハハハハハハハ!」

 ――突如聞こえた哄笑に、振り返ると――

「そうだ! それで良い!」
「!?」

 ――ベンチから立ち上がった社長が叫んでおり――
 ――興奮の余り外れたマスクの下には、が、口から覗いていて――

(あ)

 リョウの脳裏を過ぎるのは、アルバイト初日に聞いた社長の言葉だ。
 あの時、商品サンプルのスッポンラバーカップをユウに渡した社長は、『これを、通行人たちに――』と言い掛けた直後、何かに気付いて、『』と言った。

 一体何に気付いたのかは分からないが――

(もしかして、社長って、モンスターだったの?)
(そして、魔王に捧げるための生贄を探していた?)
(そこに丁度、元気が有り余っているユウが現れた?)
スッポンラバーカップは、どれだけ活きが良いかを測定するための装置?)

 社長がユウを、〝何かしらの目的〟のために利用しようとしているのは確かなようだ。

(とにかく、止めないと!)

 そうこうする内に、轟音と共に暴走車が、直ぐそこまで近付いており――

「ねぇ、お願い! 一緒に逃げて!」
「………………」
「お願いだから! ユウ!」
「………………」

 リョウが懇願するも、ユウは聞く耳を持たず――

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 ――スッポンラバーカップを構えたまま、暴走車に向かって走り出した。

「ダメエエエエエエエエエエエエ!」

 ――思わず駆け寄ったリョウが、止めようとして、背後からユウに抱き着くも――

(――え!?)

 ――擦り抜けてしまい、触れることが出来ず――

(そっか、ユウは幽霊だから――)

 ――そう思考し掛けるも――

(――違うッ!)

 ――事に気付いたリョウは――

(幽霊は、ユウじゃなくて……!)

 ――全てを思い出した。

※―※―※

 先日、暴走車が二人に突っ込む寸前。
 お年寄りを手助けしていたがために、車に気付いていないユウを目の当たりにしたリョウは、咄嗟に二人に体当たりして、突き飛ばした。

 リョウのお陰で、ユウとお年寄りは軽傷で済んだ。
 ――が、リョウは死んでしまった。

※―※―※

 そして、今――
 ――眼前のユウは――
 ――まだ生きている彼は――
 ――生身で、暴走車に立ち向かおうとしていて――
 ――走りながら、ぽつりと、しかしはっきりと――

「今度こそ、止めてみせる!」
「!」

 ――そう断言して――
 ――その後ろ姿に、リョウは――

(イヤ……!)
(イヤ……!!)

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 悲鳴を上げた。

 見ると、暴走車の運転席には――
 ――目が血走ったがおり――

 ――ユウは――

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 ――咆哮を上げると――

 ――スッポンラバーカップの先端――半球状のゴム部分を、迫り来る暴走車に向かって突き出した。

 大きな衝撃音と共に、車は――

「!」

 ――スッポンラバーカップのすぐ前――虚空に展開された、光り輝く魔法陣による〝障壁かべ〟によって、食い止められており――

「『魔法障壁マジックバリア』!」

 〝どのように使用すれば良いのかが、手に持つスッポンラバーカップから伝わって来る事〟を不思議に思いつつ、ユウは、その場で足を大きく開き、全力で踏ん張る。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 ――しかし。

「!」

 ――ユウの身体が、じりじりと押されて行き――
 ――その場で高速回転を続ける車のタイヤが、地面を焦がし、煙を吹き上げると――

「!!」

 ――魔法障壁にが入った。

「もう無理よ! 逃げて!」

 目に涙を浮かべ、悲痛な叫び声を上げるリョウだったが――

「コイツを、許す事は出来ない!」

 ――ユウは、頑として聞き入れない。

「あたしは『逃げて』って言ってるの! あんたにまで死んで欲しくないのよ!」
「駄目だ! コイツはお前を殺したんだぞ! 絶対に許さない!」

 どこまでも頑ななユウに、リョウは髪を振り乱して――

「ああ、もう!」

 ――感情を爆発させる。

「何よ、あたしの敵討ちみたいに言って! こういう時だけ、〝あたしが特別で大切〟みたいに言うのね! あたしと一年間同棲してても、何も手を出してこなかった癖に! あんたの前で下着姿になった時、あたしがどんな気持ちだったか、考えた事ある? すっっっごく恥ずかしかったのよ! それなのに、『おい、風邪引くぞ。早く服着ろ』って。はぁ? 何それ!? 風邪が怖くて恋愛出来るか!」
「………………」

 その間にも、更にユウは押されて、後退していき――
 ――前傾姿勢で、両手で持ったスッポンラバーカップを全力で前に押し続けて、必死に抗うが――
 ――尚も高速回転を続ける車によって、魔法障壁には、大きな亀裂が出来て――

「コイツは……許さない……! 絶対に……!」

 激情をぶつけるリョウだったが、そこまでしても、ユウの心は動かせず――

「もう、何よ!? 何なのよ!? 何でそこまで拘るのよ!?」

 半狂乱になったリョウの問いに――
 ――ユウは――
 ――俯き、歯を食い縛ると――

「そんなの決まってる!」

 ――顔を上げて――

「お前が好きだからだああああああああああああ!」
「!!!」

 ――吼えた――
 と同時に、何かが覚醒したかのように、ユウの身体が光に包まれる。

 予想外の言葉に――

(え!?)
(え!!??)

 顔――のみならず、耳まで真っ赤に染まったリョウは――

「お前はどうなんだ?」
「ひゃいっ!? あ、あたし?」
「俺の事、どう思ってるんだ?」
「そ、それは……」

 そう問い掛けるユウに対して――

「そんなの……」

 ――大声で――

「大好きに決まってるでしょおおおおおおおおおお!」

 ――叫び返した。
 すると、リョウの身体も光を放ち始めた。

 一瞬。
 ほんの一瞬だけ、笑みを浮かべたユウは、直ぐにまた表情を引き締めると――

「じゃあ、そこで黙って見てろ!」

 そう告げて――

「『浄化ピュリフィケーション』!」

 ――ユウの声に反応して、スッポンラバーカップから溢れ出した、光の奔流が――
 ――暴走車を運転するスライムを直撃すると――

「グガァッ!」

 ――スライムから、その身体と同じくらいの大きさの――

「ウンコ!?」

 ――蜷局とぐろを巻いた茶色いウンコを吸い出す。
 
 車を擦り抜けたそれを、ユウがスッポンラバーカップで吸引して受け止めた。
 
 ――直後――

「「!!」」

 ――ガラスが割れたような音と共に、魔法障壁が粉々に砕け散って――

「ユウうううううううううううううううう!」

 ――リョウの叫び声が響き――
 ――険しい表情で、ユウが覚悟を決めると――

「『スライム鳥もちライム』!」

 ――開けっ放しの車窓から一瞬で外に出たスライムが、その全身を薄く伸ばして、タイヤの下に瞬時に自身の身体を潜り込ませて――

 キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル!

 恐ろしいスピードで、その場で〝車体〟が回転し始めた車は――
 ――粘々としたスライムの身体に、タイヤを取られて――
 ――徐々にそのスピードを落として――

「「………………」」

 ――やがて、止まった。

 車体の下から出て来た(元の球体状の)スライムは、ふらつきながらも、辛うじて生きているらしく――
 見ると、目の色も通常時の状態に戻っている。

「………………」

 ユウが、無言でスライムに近付いて行き――
 屈んで、手を伸ばすと――

「お願い! 殺さないで!」

 ――背後から聞こえたリョウの声に、ユウは――

 パチンッ。

「あうっ」
「……本当は殺したいところだが……アイツに免じて、これで許してやる」
「……ごめんなさイム。本当に申し訳なかったでスラ……」

 スライムにデコピンを食らわせて、恩赦を受けた最弱のモンスターは、深く頭を下げた。

 ホッと胸を撫で下ろしているリョウのもとに、ユウが歩いて来た。

 至近距離まで近付いて来たユウの顔を見て、リョウが、再び頬を赤らめる。

「えっと、あの……さっきの話だけど……今日から、その……」

(こ、恋人同士……って事で、良いのよね?)

 両想いになれた事が嬉し過ぎて、既に死んでいるにも拘らず、もじもじとリョウが始めた恋愛話を、ユウは――

「さっき、あのスライムから吸い取ったウンコだけど」
「今良い雰囲気だったでしょうが! このノンデリが!」

 ――糞便話で遮った。

 デリカシーのデの字も知らなそうなユウだったが、何故か――

「ちゃんと聞け! 大事な話なんだ!」
「何であたしがキレられてんの? おかしくない!?」

 ――怒っており、突然味わわされた理不尽に、リョウが抗議の声を上げる。

 ――が、ユウは――

「お前を生き返らせる事が出来るんだ!」
「!!!」

 ――確かに、大事な話をしているらしく――
 ――だが、しかし――

(え? ちょっと待って!?)
(今の流れからすると――)

で、お前は生き返る事が出来る!」

 そう言って、ユウがリョウの顔に近付けて来たのは――

「さぁ、食え!」
「いやあああああああああああああああああああ!!!」

 ――スッポンラバーカップの先端にくっついている、大きなウンコだった。

 〝ウンコ〟を食べさせる。
 未だ嘗て、このような死者蘇生の方法があったであろうか。

「どうした? 遠慮するな!」
「そりゃ遠慮するでしょおおおおおおおおお!」

 カルト教団もビックリの儀式を嬉々として行おうとして〝巨大ウンコ付きスッポンラバーカップ〟を手に追い掛け回すユウから、リョウが必死に逃げ回る。

「観念して食えええええええ!」
「絶対いやああああああああ!」

 駅前広場から遠ざかり、路地裏を右へ左へと逃げ続けるリョウ。
 本来、幽霊であるリョウの方が、肉体的な縛りが無くなった分、生者よりも動きが素早そうなものだが――

「あと少しいいいいいいい!」
「速過ぎよおおおおおおお!」

 今まで複数のスポーツと格闘技、更にはダンスまで習得して来た、超人的な肉体を有するユウによって――

「しまった!」

 ――リョウは袋小路に追い詰められてしまい――

「い、いや! 来ないで!」

 ――まだ生きていた時の思考の癖が抜けていないのか、〝物体を擦り抜けられる〟はずなのに、そこには思い至らず、立ち尽くしてしまい――

「お前がいない人生なんて、俺には耐えられない! お前に生き返って欲しいんだ!」

 中々に感動的な台詞ではあるが――

「手にウンコ持ってる時点で台無しなのよ!」

 リョウが至極尤もな指摘をする。

 が、ユウは、腰を落とし、右斜め後ろに引いた〝ウンコ付きスッポンラバーカップ〟を――

「問答無用!」

 ――勢い良く突き出して――

「いやあああああああああああ!」

 ――車に轢かれた時とは違う絶望の悲鳴をリョウが上げた。

 ――次の瞬間――

「待ちたまえ!」
「!」

 ――背後から掛けられた凛とした声に、ユウの手が止まる。

 眼前に突き付けられたウンコ越しにリョウが見たのは――

「社長!」

 ――尖った耳と二本の牙を持つ男だった。

 社長は、冷静な声でユウに告げる。

「そのままでは、君の大切な人を生き返らせることは出来ないよ、ユウ君。せいぜい、顔中がウンコ塗れになるくらいさ」
「絶対にイヤアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 余りの悍ましさに身震いするリョウの叫び声が、路地裏に響いた。

※―※―※

 駅前広場に戻った三人。
 暴走車が完全に止まった事で、人通りも戻りつつある。

 本来ならば、暴走車を運転していたスライムと、更には犠牲になり掛けたユウも、警察による事情聴取を受けそうなものだが――

「全部おいらのせいでスラ。申し訳ないイム」
「「!」」

 ――スライムが運転手であった事と、更には、以前暴走して大学生一名を轢き殺したのも同じ個体である事が判明すると、駆け付けた警察官たちは――

「……これは……ですよね……?」
「……ああ、そうだな……」

 内一名が、どこかに電話して(無線ではなく、わざわざ公用携帯電話で)、状況を説明すると――

「………………了解」

 ――スライム(と暴走車)を放置して――

「……行くぞ」
「……はい」

 ――パトカーで立ち去ってしまった。

「待って欲しイム! 罪を償わせて欲しイム! 手錠を掛けて欲しいでスラ!」

(いや、あんたの〝手〟、どこよ!?)

 後には、悲し気な表情を浮かべるスライムがポツンと残された(暴走車に関しては、恐らく後で何かしらの手段を用いて処理するのであろう)。

 何やら、背後に国家が関与していそうなやり取りを見せ付けられた後。
 黄昏れるスライムから少し離れた場所では――

「早くウンコ食え!」
「あんた話聞いてた!? そのままじゃダメだって言ってんのよ!」

 まだ〝食糞〟を諦めていないユウに、リョウが激しく突っ込む。

 リョウは、「コホン」と咳払いして仕切り直すと、改めて社長の方を向いた。

「っていうか、社長って、その……モンスターなんですか?」

 すると、「惜しいね!」と反応した社長は、胸を張り、得意顔で答えた。

「天使」
「え!? 天使ですか!? モンスターじゃなくて!?」
「――だったけど、ある日、神によって天界そらから落とされてね」
「堕天してるー! 一体何したんですか!?」
「で、人間の女性の胎内に入って、生まれ直したんだ」
「ええ!? じゃあ、天使と人間のハーフって事!?」
「更に、父親はモンスターだ」
「えええ!? 天使と人間とモンスターの混血って事!? 出自が複雑過ぎよ!」

 突っ込みどころ満載で、思わずため口になるリョウだったが――

「それで、さっき言っていた、『そのままじゃダメ』っていうのは、どういう事ですか?」

 話を元に戻すと、社長は、「その前に、まずは、僕が異世界からこの世界へと来た理由を話そう」と言って、ユウが手に持つウンコ――がついたスッポンラバーカップを指差した。

「その聖剣は――」
「え? 聖剣? どれが? ……まさか、そのスッポンが!? 聖剣なんですか!?」
「二百年前に、僕が元々いた世界――君たちにとっての異世界に転生して来た勇者が、持っていた物だったんだ。で、勇者は、スッポン聖剣を使って、世界を救った」
「〝スッポン〟って書いて〝聖剣〟って読むの止めて貰って良いですか? 何か嫌です!」

 リョウが半眼で告げるも、社長は意にも介さず話を続ける(ちなみに、先程の光が消えているユウは、「これ、聖剣なんだ! 道理で! スゲー!」と、無邪気に興奮している)。

「どうやって世界を救ったかと言うと、そのスッポン聖剣には、特別な力があるんだ。本来モンスターは、皆大人しい者たちばかりだ。が、残念なことに、モンスターは、世の中に充満している、人間の〝負の感情〟による悪影響を受けやすいんだ。そうした感情によって、モンスターたちは、その魂が徐々に〝悪〟へと染まって行き、暴走してしまう。それを救うことが出来るのが、このスッポン聖剣という訳だ」
「スッポンの癖に、すごい!」

 どうやら、ただの詰まり解消道具ではなかったらしい。

スッポン聖剣は、モンスターの魂の〝悪〟に染まってしまった部分のみを吸い取るんだ。そうすれば、元のモンスターに戻って、暴走が止まる。スッポン聖剣は、勇者にしか扱えず、定期的に異世界転生して来る勇者によって、モンスターの暴走が防がれて、モンスターと人間が争う必要が無くなった事で、初めて世界に平和が訪れた。が、何故かここ五十年ほど、勇者が現れなくてね。その隙に、暴走した俺の親父が、時空に歪みを作って、こちらの世界にモンスターを送り込んでしまったんだ」
「時空に歪みを作って? ただの一モンスターに、そんな事出来るの? お父さん、滅茶苦茶強くない?」
「まぁ、魔王だからな」
「モンスターのトップじゃない! あんたの家族構成、どうなってんのよ!?」

 勢い良く突っ込むリョウ。

「まぁ、〝魔王が頑張って、世の中に充満している人間の〝負の感情〟を全て自分で吸収した〟お陰で、他のモンスターたちは、異世界にいる間は、暴走せずに済んでいたんだけど、そのせいで魔王が暴走しちゃ、世話ないよね。で、魔王を止めようにも勇者はいないし、仕方が無いので、こうして、勇者たちが元々いたこの世界へと、僕が直接勇者を探しに来たんだ。丁度、魔王が生み出そうとしていた時空の歪み、その先に繋がった世界と同じ場所だったからね。時空の歪みが完全に生じる少し前に、空間転移魔法でやって来たんだ。そうして、勇者を探した訳だ。スッポン聖剣に触れて貰えば、勇者かどうか判別出来るからね。そのためにティッシュ配りをして貰いつつ、スッポン聖剣を大勢の人に触ってもらおうとしたのさ。まぁ、たまたまユウ君が勇者だって直ぐ分かったから、もう不特定多数にスッポン聖剣に触れて貰う必要は無くなったんだけどね」

 「俺、勇者なんだ! スゲーじゃん!」と、テンションが最高潮のユウ。

 更に話を聞くと、社長は、ユウが勇者だと判明する前の時点で、たまたま目にしたユウが、バイタリティに溢れていたため、ティッシュ配りをして貰う相手として最適だと思い、〝ティッシュ配りに憧れを持って貰うため〟に、過去に時間跳躍タイムリープして、まだ幼かったユウに対して、シルクハット・外套・サングラス・マスクを着用した知り合いのモンスター(身の丈三メートル)に頼んで誘拐未遂をさせて、その際に偶然(を装って)近くでティッシュ配りをしていた社長が間一髪で助けて、恐怖で泣いているユウに「さぁ、ティッシュ配りをしているこの僕が配っているティッシュをあげよう。これで涙を拭くと良い」と、ティッシュを渡したらしい。

「回りくどいわね! っていうか、マッチポンプじゃない!」

 尚、異世界からこちらの世界に空間転移する際に、誤って魔法陣の中に、〝通りすがりのケルベロス〟が入り込んでしまって、それが、時間跳躍タイムリープする際にも、再びうっかり魔法陣の中に入ってしまったため、それが、幼少時代のリョウを襲い、ユウが撃退したあの〝少し頭の数が多い、大きな犬〟の正体だったらしい。

「〝うっかり〟で異世界からケルベロス持ち込んだまま時間跳躍タイムリープまでしてんじゃないわよ! 危うく殺される所だったじゃない!」

 そこまで話を聞いたところで――
 社長が話した前半部分を思い出したリョウは、何かに気付いた。

「え? っていうことは、そのウンコは――」
「ああ、スライムの魂の〝悪〟の部分だ」
「もうちょっと見た目何とかならなかったの!?」
「何を言う? 〝体外に排出されたらスッキリする〟点では全く一緒なんだ。ピッタリで良いじゃないか」
「魂の見た目がウンコで良い訳あるかあああ!」

 〝蜷局とぐろを巻いた茶色い物体〟という悪意ある見た目のインパクトが強烈過ぎて、魂の一部分と言われても直ぐに切り替えは出来ない。

「ここからが重要なんだが、悪魂ウンコは――」
「ウンコって言っちゃってるじゃない! 〝悪魂〟と書いて〝ウンコ〟って、どうなのよ!?」

 ルビの振り方が多少下品ではあるが、社長の表情は真剣そのもので――

悪魂ウンコは、リョウ君――君が完全に〝浄化〟する事が出来るんだ」
「!」

 思わぬ言葉に、リョウが目を見張る。

「あたしにそんな力が!?」

(そう言えば、今は消えてるけど、さっき、ちょっと身体が光ったのよね……)
(それって、そういう事なのね……!)

「ああ。勇者がモンスターの魂から取り除いた悪い部分――悪魂ウンコを、君が浄化する。そして、その善魂ピュアウンコを――」
「一回ウンコから離れなさいよ! ピュアウンコて!」

 げんなりとした表情のリョウだったが――

善魂ピュアウンコを食す事で、君は、生き返る事が出来るんだ!」
「!」

 ――最悪のワードチョイス且つ、促しているのも最悪の行動ではあったが、リョウを真っ直ぐ見詰める社長の瞳は、嘘をついているようには見えない。

 実際に、スッポン聖剣でスライムの暴走を止める事は出来たのだ。
 ただ、リョウは、一つだけ気になっていることがあった。

「一つだけ確認させて下さい。社長は、お父さんを――魔王の暴走を止めたい、という事ですか?」
「ああ。それと、他のモンスターたちの暴走も止めたい」
「それなら、ユウだけがいれば良いんじゃないですか? 何であたしに対して、こんなに良くしてくれるんですか? ユウは勇者だからってのは分かるけど、あたしは……?」
 
 その問いに、「ふむ」と反応した社長は、ユウを一瞥した後、答えた。

異世界うちのモンスターが迷惑を掛けたから、せめてもの罪滅ぼしに、というのが一つ。もう一つは、君を助ける事が、ユウ君のモチベーションにも繋がるから。あと、悪魂ウンコは、そのまま放置しておくと、大変なことになるんだ」
「大変なこと……爆発したり、とかですか?」
「いや、道端にあるウンコを踏んだら、嫌な気持ちになるだろ?」
「犬のウンコと同レベルの危険性!?」

 社長は、「さぁ、浄化しよう! ユウ君が持つ悪魂ウンコに対して、『浄化ピュリフィケーション』と唱えるんだ!」と、両手を広げて、仰々しく告げる。

 「さぁ、食え!」「だから、まずは浄化するって言ってんでしょうが!」というやり取りをしつつ、ユウが差し出したスッポン聖剣の先端にくっついている悪魂ウンコに向けて、リョウは――

「こ、こんな感じ?」

 ――両手を翳すと――

「コホン。ピュ……『浄化ピュリフィケーション』!」

 ――唱えた。

 すると――

「!」

 ――悪魂ウンコが、眩い光に包まれて――
 正に〝聖光〟と形容すべき、邪を祓う光の奔流が――
 ――一際眩く光り輝いた後――
 ――光が消えて――

「おお! 成功だ! 善魂ピュアウンコだ!」

 ――見ると――
 ――〝蜷局とぐろを巻いた茶色い物体〟だった悪魂ウンコは――

「何で金色なのよ!? あんまり変わんないじゃない!」

 ――〝蜷局とぐろを巻いた金色こんじきの物体〟へと階級アップクラスチェンジしていた。

「さぁ、食え!」
「さぁ、食べるんだ!」
「いやあああああああああああああ!」

 圧の強い二人に促されて、暫くの間、再度逃げ回っていたリョウだったが、観念して――

「うげぇ」

 乙女が出して良い範疇を超えていそうな声を漏らしながら、リョウが善魂ピュアウンコを手に取り(肉体とは違い、魂には触れられるようだ)、口に近付けると、まるで吸い込まれるかのように、口の中へとスーッと入っていき――

(取り敢えず、苦くなくて良かったわ……)
(っていうか、味しないし……)

 ――バスケットボール大にも拘らず、すんなりと全てが体内に入ったかと思うと――

「!」

(何これ……!?)
(身体が……熱い!)
(力が……溢れて来る!)

「やった! これであたし、生き返ったのね!」
「いや、まだだよ」
「生き返ってないんかーい! あたしの喜び返して!」

 思わず手の甲でリョウが突っ込むと――

「って、あれ?」

 ――社長の身体に触れる事が出来た。

「触れた! やっぱり生き返って――」
「いや、残念ながら、まだだ。モンスターの善魂ピュアウンコを一つ得た事で、少しだけ元の身体に近付いたけど、身体のほとんどはまだ霊体のままだ。ただし、今みたいに、触れようとした瞬間だけ手で触れる、という事は出来るようになっている」
「そっかぁ……残念……」

 肩を落とすリョウを慰めようと、社長は声を掛ける。

「まぁ、そんな落ち込む事は無いさ。これを続けていけば、確実に生き返る事は出来るんだ」
「そ、そうよね!」
「それに、手は一瞬だけしか元に戻らないけど、既に、身体の〝ある一部〟は、元に戻っているぞ!」
「え!? そうなの!? それってどこ――」
 
 ――と、リョウが、自分の身体を見下ろすと――

「きゃああああああああああああああ!」

 ――〝胸の部分〟のみが、元の肉体に戻っており――

「何で裸なのよ!」

 ――胸部は服を着ておらず――
 ――ぼうっと青白く、輪郭もはっきりしない霊体の中で、妙に生々しくその存在を主張していた。

 それを見たユウが、駆け寄って助力を申し出る。

「大丈夫か!? 俺が両手で隠してやろぶぼはっ!」
「そんな手助け、いるか!」

 顔を真っ赤にしたリョウが、左腕で胸を隠しつつ、一瞬だけ肉体を得た右拳で殴って、ユウを吹っ飛ばす。

 ――と、その時。

「おねえちゃん、どこ!? どこにいるの!?」

 ――広場に、悲痛な叫び声が響いた。

 振り返ると、目に涙を浮かべたケイが、その小さな身体を震わせている。

「ケイちゃん、どうしたの? あたしはここよ!」

 慌てて駆け寄ったリョウが、屈んで声を掛ける。

 ――が。

「そのこえは、おねえちゃん!? おねえちゃん、どこ!?」
「!」

 真正面から顔を覗き込むリョウだったが、ケイとは目が合わず――

「…………」

 ――ケイの視界から、リョウが消えていた。

(何で!? さっきまでは見えていたのに!)

「おねえちゃん、!? ケイのこと、きらいになったの?」
「違う! そんな事ない! ケイちゃんのこと大好きよ!」
「おねえちゃん、どこ? おねえちゃん……おねえちゃん……うわあああああああん!」

 とうとう、泣き出してしまった。

 胸が苦しくなったリョウが――

「ケイちゃん、あたしはここよ!」

 ケイを抱き締めると――

「おねえ……ちゃん……?」

 泣き止んだケイが、そう呟き――

「そうよ! あたし! 分かる?」

 少し身体を離したリョウが、ケイの顔を見詰めると――

「おねえ……ちゃん……!」
「え?」

 ――ガッと、ケイがリョウの頬を両手で挟んで――
 に、リョウが当惑した――
 ――次の瞬間――

「んッ!?」

 ――気付くと、リョウは、ケイの唇によって、口を塞がれていた。

 更に――

「んんッ!!??」

 ――口の中で、もごもごとが動いており――

 生まれて初めての経験に、靄が掛かったようなリョウの脳裏を過ぎるのは――

(今の、中途半端に――部分的に生き返ったあたしは見えないみたいだけど)
のよね、ケイちゃん)
(更に、この子、
(しかも、
(って事は、つまり……この子は――)

「ッぷはぁ! じゅるり。ごちそうさま、おねえちゃん」

 漸く口を離し、涎を手で拭うケイの――
 ――身体が、怪しい紫の光に包まれた――
 ――直後――

「じゃーん!」
「ケイ……ちゃん……?」

 光が消えると、ケイは、SMの女王さまを想起させるボンデージ姿になっており――
 ――可愛らしい牙、尖った耳、更には一対の漆黒の翼までその背に生えていて――

「じつはケイはね、このとおり――」
「可愛いいいいいいいいい!」
「むぎゅっ!」

 何か喋ろうとするケイを、リョウが勢い良く抱き締める。

「お、おねえちゃん! く、くるしい!」
「あ、ごめんね!」

 慌てて身体を離すリョウ。
 先程思わぬ剛力を披露したケイだったが、もしかしたら攻めには弱いのかもしれない。

 「こほん」と、可愛らしい咳払いをしたケイは、仕切り直した。

「じつはケイはね、このとおり、ヴァンパイアだったの!」
吸血鬼ヴァンパイア!?」

 牙を見せてニッコリ笑うケイは、傍から見ると、美幼女がコスプレしているようにしか見えないが、どうやらモンスターだったらしい。

「うまれたあと、しばらくは、パンとかたべてればだいじょうぶだったけど、そろそろ〝にんげん〟からエネルギーをほきゅうしないといけなかったんだ!」
「エネルギー? それを今補給したって事? あたしから? でも、あたし、血なんて吸われて無いわよ? あたしがされたのは、その……キ……キ……キ……」

 先刻の行為を思い出して赤面するリョウに、ユウが横から口を挟む。

「何赤くなってるんだ?」
「う、うるさいわね!」

 相思相愛の幼馴染の眼前という状況でファーストキスを奪われたにも拘らず二人とも冷静なのは、相手が幼女だからであろうか。

 ケイは、いつものように小首を傾げると――

「ちゃんと、おねえちゃんからエネルギーをもらったよ?」

 ――「ほら!」と、幼女とは思えない長い舌を出した。
 その先端からポタポタと落ちるのは――

「え? 唾液? 血じゃなくて?」

 ――唾液だった。

「うん! ケイはね、ちょっととくべつなヴァンパイアなんだ! おばあちゃんがサキュバスだから!」
「!」

(道理で……)

 サキュバスのクオーターで、尚且つヴァンパイア。
 それならば、人間にキスして唾液を吸うことでエネルギー補給をするというのも、頷ける。

 ケイによると、既に人間から唾液を吸うことでエネルギー補給をしなければならない年齢になっているにも拘らず、それに気付かずに過ごしていた事で、視力が低下し、人間は知覚出来なくなっていたらしい(人あらざるモンスターであるがために、同じく異質な幽霊であるリョウの事は見えていたが、リョウが部分的に生き返ったために、先程は見えなくなってしまったようだ)。

「おねえちゃん、エネルギーをくれてありがとう!」
「良いのよ、あれくらい」
「これからも、ときどきケイにエネルギーをくれる?」
「え?」

 ケイは可愛い。
 それは、モンスターとしての真の姿となった今でも変わらない――どころか、コスプレ感が出て、なお一層可愛くなっているくらいだ。
 
 だが――

(あたしには、好きな人がいるし……)
(しかも、やっと、お互いに好きだって分かったところなのよね……)

 リョウは、チラリとユウの方を一瞥する。

(しかも、定期的にケイちゃんに口付け――しかもディープな――って、あたし、捕まらない? この可愛さは、モンスターとか超越しちゃってる気がするし……)

 心を痛めながら、リョウは答えた。

「ごめんね、ケイちゃん。さすがに、それは無理かな」

 すると、意外にもケイは、「わかった!」と言うと、キョロキョロと周囲を見回して――

「あ、あのおじさんたちがいいかな! そこのさんにんであるいてるおじさんたち! ケイとチューして! ケイ、おじさんたちのよだれがほしくて――」
「ワーワーワーワー! あ、今の、忘れて下さい! この子の冗談です! 本当、すみません! アハハハ……」

 振り返った三人組の中年男性たちに対して、慌ててリョウが弁解する。

「あれ、おねえちゃん? どうしたの?」

 小首を傾げるケイに――

(こ、小悪魔だわ……!)

 リョウは、溜息を一つつくと――

「……分かったわ。あたしが定期的にケイちゃんにキ――エネルギーをあげるから」
「わーい! ありがとう、おねえちゃん!」
「良い? あんなこと、他の人間にしちゃ、絶対に駄目よ?」
「うん、わかった!」

 飛び上がって喜ぶケイに、リョウが釘を刺す。

「あ、リョウ君、ちょっと良いかな。イチャイチャしている所、ごめんね」
「誰が〝イチャイチャ〟ですか! 人聞きの悪い!」

 背後から話し掛けて来た社長に反応して、振り返るリョウ。

「そろそろ、来そうなんだよね」
「え? 来る? 何がですか?」

 リョウが小首を傾げ、「あ! おねえちゃん、ケイのまねっこしてるー!」とケイが指差し、「やっぱりイチャイチャしてるじゃないか」と、今度はユウが指摘し、「首傾げるくらい、誰でもするでしょ!」と、リョウが反論していると――

「ほら、
「?」

 社長が、どこかを指差した。

 その先――どこまでも澄み渡った青空が――
 ――突如、真っ赤に染まったかと思うと――
 ――その中央に――

「「!」」

 ――が入り――
 ――巨大な手が、そのを強引に押し広げて――

「グガアアアアアアアアアアアアア!」

 ――魔王が、その姿――顔面――を現した。
 地獄の底から響くような怒号に、ビリビリと大気が震える。

「でっか!」

 ジャンボジェット機ですらペロリと平らげてしまえそうな巨躯を誇る彼は、見えている部分は全て漆黒であり、血のように赤い目、四本の鋭い牙、四本の角、尖った耳、そして鉤爪を持つ、悪魔としか形容出来ない容姿をしており、口からは涎が垂れ、息は荒く――

「ユウ君とリョウ君には、親父――魔王の悪魂ウンコスッポン聖剣で吸い取って、浄化して欲しいんだ! ほんのちょっと中年太りで身体が大きくなってるみたいだけど、まぁ、いけるでしょ」
「分かりました!」
「いや、ちょっと待って! それと、アレを〝中年太り〟なんて軽い言葉で片付けないで!」

 鼻息荒く即答するユウに、リョウが待ったを掛けつつ、社長に対して抗議の声を上げる。

「大き過ぎでしょ! あんなの、どうしろって言うのよ!?」
「やる事は同じだよ。ユウ君とリョウ君のコンビなら出来るさ」
「無理無理無理無理!」
「それに、他のモンスターだと、何匹も同じ事をしなきゃいけないけど、魔王なら、悪魂ウンコも大きいから、一回吸い取って浄化して食べれば、それだけで完全に生き返る事が出来るよ?」
「うっ」
「生き返りたいんだよね?」
「それはそうですけど……」

 気持ちが揺れ動くリョウに対して、もう一押しかな、と思いつつ、社長が更に畳み掛ける。

「それに、今ならなんと、世界を救った英雄になれるよ!」
「いや、別に英雄にはなりたい訳じゃないので……」
「世界中の人々の命を救えるんだよ?」
「それは確かに重要な事ですけど……でも、あたしじゃなくても……」
「あ、あと、もしやってくれたら、バイト代、既に払った額の十倍あげるよ?」
「乗った!」

 〝英雄になる事〟よりも、〝世界中の人々の命を救う事〟よりも、〝お金〟。
 現実的な判断だった。

(つい、勢いでOKしちゃったけど……)
(これで良かったのかな……?)

 その場のノリでの言動に、軽く不安を覚えるリョウだったが――

「善は急げだ、行くぞ!」
「うひゃあっ!」

 突然ユウに手を握られたかと思うと、走り出した彼に引っ張られて、必然的に一緒に駆け出す事になった。

「ちょっと! 強引過ぎよ!」

 まるでお日様のようにポカポカと温かいユウの手の温もりに、頬を朱に染めながらリョウが口を尖らせる。

「悪い! ちょっとテンションが上がっちゃってたみたいだ!」

 元気一杯に謝ったユウは――

「お前と両想いになれたのが嬉しくて、つい」
「!」

 前を向いて半歩先を走りながら――
 ――その頬は、リョウと同じくらい赤らんでおり――

「……もう……バカ……」

 ――そう呟くリョウは、胸が幸福感で一杯になり、思わず笑みが零れて――

 ――ロマンティックな雰囲気に包まれた二人だった――
 ――が。

「って、どうやって〝走って〟あの魔王のところまで行くのよ!?」

 魔王のいる方向――北東――に向かって走りながら、リョウは漸く気付いた。

 空に出来た亀裂から、今では上半身が全て現れた魔王だが、その全てが空にある現在、地上にいるリョウたちに、近付く術はない。

スッポン聖剣の射程距離がどれくらいかは分からないけど……)
(こんなに遠くちゃ、駄目なんじゃない?)
(〝距離〟と〝威力〟が反比例する可能性もあるし)
(それなら、もっと近付かないと)

 リョウの問いに、ユウは大声で答えた。

「分からん!」
「ノープランかーい!」
「でも、何とかなるんじゃね?」
「そんな考えで何とかなったら、苦労しないわよ!」

 すると――

「って、え!?」
「ほら、何とかなった!」

 ――二人の身体が、――

「え、何で!?」

 混乱するリョウの――

「おねえちゃん、これでどうかな?」
「ケイちゃん!」

 ――身体に背後から抱き着いた状態で空を飛ぶ、黒翼を持った美幼女サキュバス・ヴァンパイアが、問い掛ける。

「助かるわ! ありがとう!」
「いいよ! そのかわり、エネルギーをちょうだい!」
「え? 今?」
「いま!」
「え、ちょっと待って! 流石に飛びながらは危険過ぎ――」
「ダ~メ! いまがいいの!」
「んんッ!」

 片手で強引に顔の向きを変えられて、空中で再度唇を奪われたリョウが――

「じゅるり。ごちそうさま!」
「ぜぇぜぇ……クオーターなのに、サキュバスの血が濃過ぎない……?」

 息も絶え絶えになりながら、ふと左を――手を繋いでいるユウを見ると――

「あ、本当に天使と人間とモンスター――魔王の混血だったんですね!」

 左右それぞれが漆黒と純白という非対称アシンメトリーの翼を持つ社長が、ユウを抱えながら飛んでいた。

「まぁね。それよりもほら、近付いて来たよ!」

 見ると、余りにも巨大な漆黒のモンスターが、視界全体を占めようとしていて――
 ――思わず唾を飲み込んだリョウは、声を震わせながら、しかし気丈に、ユウに発破を掛けた。

「ユウ、準備は良い? 決戦の時は近いわよ! 気張りなさい! あんた、勇者なんだから!」
「おう、勿論だ! ガツンと悪魂ウンコを吸い取ってやる!」

 威勢よく啖呵を切ったユウだったが――

「あ。スッポン聖剣持って来るの忘れた」
「何やってんのよおおおおおおおおおお!?」

 失態を晒し、盛大に突っ込まれて――

「いや、だって、俺、右利きだし。でも、右手はお前の手を握らなきゃだし」
「じゃあ、左手で掴んで持ってこれば良かったでしょうがあああああああ!」

 言い争っている間に、魔王はもう眼前に迫っており――

「本当にどうすんのよ、これ!?」

 リョウが悲痛な声を上げた――
 ――刹那。

「どわっ!」

 ――目の前にスッポン聖剣が出現して、慌ててユウが左手で掴んだ。

「一体どうやって!?」

 それは――

「『スライム竜巻トルネード』!」
「さっきのスライム!」

 ――先刻の暴走車を運転していたスライムだった。
 自身の身体を薄く引き伸ばした上で、スッポン聖剣を掴み、まるで竜巻のように螺旋を描きながら上昇して来たらしい。

 ユウがスッポン聖剣を掴んだ左手と、スッポン聖剣の棒部分に巻き付いたスライムは、「せめてもの罪滅ぼしでスラ」と言うと、身体を引き伸ばしたまま、ユウを真っ直ぐに見詰めた。

「これで、もう落とす事はなくなったでスラ!」
「お前、良い奴だな! スライムレフ!」
「〝スライムベス〟みたいに言われても! って、レフって何よ!?」
「だって、左手を固定してくれてるんだから、ライトじゃないだろ?」
「なるほど、〝レフト〟の略なのね! って、分かり辛いわ!」

 ユウが、「行くぞ、みんな!」と言うと、リョウ以外の全員――三人と一匹は、声を合わせて――

「「「「俺たちの戦いはこれからだ!」」」」
「言いたかっただけでしょ、それ!」

 ケイに抱き抱えられて飛ぶリョウと共に、巨大な魔王の顔面に向かって飛翔して行った。

※―※―※

 その後、紆余曲折を経て、魔王の悪魂ウンコスッポン聖剣で吸い取って元の温厚な性格に戻し、浄化して食し、完全に生き返ると同時に、ついでに世界を救ったリョウとユウは――

「っていうか、暴走車が何度もあんたを狙って来たのって、勇者だからとかじゃなくて、あんたの名前のせいじゃないの!? あんたが車を引き寄せてたんでしょ! もしそうなら、あたしが死んだの、あんたのせいじゃない!」
「ぶぐばっ!」

 英雄となったにも拘らず、相変わらずアパートで暮らしており――

 〝ユウ〟こと〝車多しゃだ ゆう〟と、将来良妻賢母になるものの、この頃はまだ暴力系ヒロインだった〝リョウ〟こと〝大相だいそう りょう〟。

 リョウは、完全復活したその拳で、定期的にユウを吹っ飛ばして鼻血を出させており――

「今の、俺、悪くないよな?」
「うっ……。改めてそう聞かれると……そうね、悪かったわ。ごめんなさい」

 リョウがケイと何度も行ったディープなものではないライトな唇の接触ですら、未だに達成していない二人が、恋人らしい触れ合いをするのには、まだまだ時間が掛かりそうだった。

「はい、ティッシュ。社長から貰ったやつの余り」
「ああ、ありがと」
「って、きゃあっ! 何す――」

 むにゅっ。
 チュッ。

 ――どうやら、そうでも無かったようだ。

 魔王の悪魂ウンコを吸い取って以降、スッポン聖剣無しでも、手で眼前の対象(そのもの。魂ではない)を吸い寄せる力に目覚めてしまったユウは、無意識に能力を発動してしまうようになり――

 ――たった今、身体を吸い寄せられて、胸を揉まれると同時に唇を奪われたリョウは、頬を紅潮させる。

「あんた、それ、能力の暴走と見せ掛けて、わざとでしょ!」
「違う! そんな事は無い! ……が、取り敢えず、礼は言っておく! 色々柔らかかった! ありがとう!」
「やっぱり確信犯じゃない! もう許さない!! あんたの性欲、全部消してあげるわ!! 『浄化ピュリフィケーション』!!!」
「ぬおおおおおおお! お前それ、強過ぎて、性欲リビドーのみならず、肉体も消滅しちゃうやつうううううう! 消されてたまるかあああああああ!! 『勇者抵抗レジスト』おおおおおおおおおおおお!!!」

 両雄相まみえる。
 覚醒した大僧侶の力で、危うくユウをこの世から滅しかけてしまうリョウに対して、必死に抵抗するユウ。

 周りのカップルたちに比べて、優良であるとは決して言えない彼女たちだが、〝喧嘩する程仲がいい〟を体現していると言えなくもなく、また、後の結婚式の披露宴では、友人たちから実際にそのように言われて祝福されており――

「うおおおおおおおおお! リョウ、大好きだあああああああああああ!」
「ああ、もうおおおおおお! あたしもよおおおお! 大好きいいいいいいいいいいい!」

 まるで命懸けの遊猟を楽しむが如く愛を告げ合う二人の様子を、窓外から密かに、笑みを浮かべた社長とケイ、更にその頭に乗ったスライムレフが、社長と同程度の身長にまで戻った魔王と共に、温かく見守っているのであった。



―完―
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