神様の料理番

柊 ハルト

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蜂蜜の吐息

14 ー ミョート村

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 オーガをスクエアポーチ型のマジックバッグにしまったアレクセイを先頭に、一同は村の館へと無事帰還した。
 連絡要員として先にオスカーに飛んで貰っていたので、一報を聞いただろう門番達の安堵した顔が印象的だった。
 館の周りは、静かなままだ。一晩様子を見て、翌朝から順次住民を帰宅させるそうだ。
 庭には冒険者達が何人かに分かれて固まっており、ローゼスが指揮を取っていた。館の警護と、村の周りの見回りを要請するとのことだ。
 冒険者は有事の際、国や領主からの依頼を基本的に断ることができないらしい。そんな話もしていたな…と、誠はそのことをすっかり忘れていた。
 冒険者達が移動を始める。ローゼスとオスカーが、こちらに集まって来た。

「お疲れ様です」
「ああ。ローゼスも、しっかり指示を出せていたな」
「はい。先輩達のおかげですよ」

 アレクセイはローゼスを褒めながら、ぐちゃぐちゃと頭を撫でている。それを見た誠は、少し羨ましく思っていた。

「それで、オーガの亜種は?」

 アレクセイの手から解放されたローゼスは、髪を手櫛で整えながら聞いた。

「俺のバッグに入れてある。大きさが大きさだからな。地下室で出そう」

 一同は館の中に向かう。自分はどうしようかと思案していると、アレクセイは誠の肩を抱いて、館内へと促してくれた。
 人の気配でざわざわしていた一階とは違い、地下へと向かう階段は一段降りる毎に、別世界へ向かっているようだった。

「寒いか?」
「大丈夫。何か変な感じがするだけだから」

 地下室には誰か居るのだろうか。馴染みのある気配のような、それでいて違うような。
 誠は何とも言い難い気配を掴んでいた。

「この部屋に、召喚陣があるんだ」

 通された地下室は薄暗く、サッカーコートがゆっくり入りそうな程に広い。その真ん中には、漫画などでよく見る魔法陣が描かれていた。
 改めて、魔法は奥深いのだなと誠は思った。それと同時に、楽しそうだとも。
 遠野の血に纏わる力は、各自が生まれながらに持っている妖力などに左右される。そのため、こうして魔法陣や魔道具として発展させることはできないのだ。

「先程のオークを、あの召喚陣で王都にある騎士団の本部に転送する。そこで亜種の調査を行うんだ」
「へー。解体するだけじゃないんだな」
「通常なら解体のみだがな」

 アレクセイの説明を聞きながら室内に足を踏み入れた途端、ゾワリと悪寒が誠を襲った。

「何だ!?」

 振り向くと、アレクセイに似た体温が誠の頬を擽る。
 誠は鉄扇を構えながら、ザッと後ろに下がった。
 灯りがほとんど届いていないその場所からは、腕が伸びていた。

「…部隊長。来ているのなら、そう言ってください」

 アレクセイは、呆れた声でその暗がりに言い放つ。そこにはアレクセイと同じアイスブルーの光が二つ、煌めいていた。
 暗闇から出て来たのは、黒豹の獣人だった。

「ついさっき着いたものでな」

 妙に腹の底に響く低い声が、辺りを掌握する。
 浅黒い肌に黒く長い髪の黒豹獣人は、悪びれた様子もなく言い捨てた。誠より、頭一つ分は大きいだろうか。それが更に黒豹の威圧感を増していた。
 膝下まである紺のロングコートの裾を翻すその姿は、森林の覇者と言うより夜の覇者と言う方が正しい。
 ローゼスはそこが定位置なのか、長い尾を揺らめかせる黒豹の半歩後ろに控えた。
 いや、違う。目の前の獣人は、夜の覇者などではない。
 黒豹とローゼスのセットを見た誠は、考えを改めた。

「悪の帝王か…」

 そして思わず、呟いてしまう。
 それが聞こえたのか、近くに居たレビとオスカーは思い切り吹き出していた。アレクセイはそれを目線で咎め、黒豹に聞く。

「マコト、このヒトは一応王都騎士団第一部隊の部隊長なんだ。名を、フレデリクと言う。部隊長、先にオーガの亜種を検分しますか?」
「いや。後で研究班と一緒に見るさ。その前に…」

 帝王の視線が誠を捉えた。
 アレクセイと言い、この帝王フレデリクと言い、どうしてここまでの接近を許してしまったのか分からない。誠はまだ、警戒を解けないでいる。
 階段を降りている時に捉えた気配は、この黒豹だろう。とてつもない存在感以外は普通の獣人にしか見えないが、帝王の気は三種類が変に混じり合っている。
 一つは黒豹本人の気。もう一つは…。
 誠は思わず、彼の背後で控えているローゼスをチラリと見た。

「…何か?」
「いや」

 それ以上追求する気は無いので短く返答して、ローゼスとの話を切り上げた。
 誠は視線を黒豹に戻す。

「ほう…」
「何か?」

 今度は誠が聞く番だ。
 尊大な態度を崩さないフレデリクは、ニヤリと笑った。その笑った顔が余計に悪の帝王っぽさを増大させている。
 誠の背中に、悪寒が走った。

「いやなに。我が弟が見つけた人物は、なかなかに鋭いと思ってな」
「そりゃどうも」

 誠はおざなりに答えた。
 言われてみて初めて、二人は兄弟なのだと分かった。瞳の色もそうだが、目元が似ている。双方かなりの美貌だが、アレクセイを月と称するのなら、フレデリクは太陽…いや、ブラックホールか。もしくは夜の闇と言った方が、月との対比は綺麗なのかもしれない。
 兄弟ならば、アレクセイ限定でポンコツになっている誠の気配感知に引っ掛からなかったのかも仕方が無いのだろう。
 誠は鉄扇をバッグにしまい、姿勢を戻した。
 それでもまだ少しピリピリしている誠を不憫に思ったのか、アレクセイは誠の肩をそっと抱き寄せる。

「部隊長、いい加減にしてください」
「少しくらい良いではないか」
「ダメです。それ以上誠を困らせるなら…俺が相手になりますよ」
「…チッ。冗談の通じない奴め」

 黒豹が舌打ちをすると、二人の間で張り詰めていた空気が緩んだ。
 フレデリクは、舞台俳優のように手を広げた。

「さて。マコトのアレクセイ班への同行の件だが、騎士団長の許可は貰った。それで…君は王都に来る予定だそうだが、アレクセイ達はまだ他の村や街を回らなければならない。こちらに着くのにかなり時間がかかるぞ。それで良いのかね?」

 いつの間に、その話が通ったのだろうか。誠は首を傾げた。

「大丈夫です。この国をいろいろ見てみたいので」
「そうか。何かあればアレクセイに言えば良い。私の弟は、優秀だからな」
「貴方は…。兄馬鹿もいい加減にしてください。馬鹿ですか。馬鹿なんですか」

 アレクセイにしては珍しく、態度も口も悪い。けれど、その裏にはお互いへの信頼が見えた。
 もしかしたらフレデリクは、悪い奴ではないのかもしれない。いや、悪い奴と言うよりは、存在自体が不審な人物だと言える。
 誠の悪い予感は、良く当たる。
 パンドラの箱。もしくは、ブラックボックス。あるいは、その両方。何か爆弾を抱えているのは確かだ。
 誠は事を荒立てたい訳でも、この世界に深入りするつもりもない。アレクセイとのことで、この世界と関わりが深くなるかもしれないが、それとこれとは別問題だ。
 熱心にフレデリクを見ていると思われたのか、アレクセイは誠の顎を掬って止めさせた。

「兄上の方が良いのか?」
「は?」

 一瞬何を言われているのか理解できなかった誠を他所に、アレクセイは団員達に言い放った。

「皆、丁度良い機会だから聞いてくれ。我々はマコトと王都へ帰還する。ルートに変更はない。先程部隊長が仰った通り、団長の許可が降りたそうだ。異論は認めない。いいな」
「やっぱり…」
「ですよね。班長のあの態度は…」

 団員達はアレクセイが何を言ったのか理解しているらしく、誰もが頷いている。
 分かっていないのは、誠一人だけだ。

「あのさぁ…俺の同行が許可されたのは良かったって思うけど、アンタの発言には何か含みがある気がするんだけど…」
「いや、何もない。そのままの話だ」
「嘘くせぇな」
「…どうしてもと言うなら、教えてやろうか。しかしそうなると、時間をかけると言った君との約束は反故になるがな」

 アイスブルーが煌めく。
 誠は嫌な予感がしたので、この場はアレクセイに丸め込まれることにした。
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