神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

02 ー 魔剣

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「くそぅ、何だってんだ!」

 腕で顔を防ぎながら、レビが叫ぶ。

「うわあぁ!」

 背後で誰かの叫び声が聞こえた。そちらを確認したいが、瘴気の勢いが大きすぎて身動きがとり辛い。

「魔獣だ!」
「向こうにも魔獣が居ます!視認できるだけで、オークがジェネラルが三、オーガが五体!」
「王都騎士団の邸方向に、オーガが四、ミノタウロスが三体確認!」

 後方から、次々と報告の声が上がる。普段はしっかり訓練しているのだろうが、段々と現場の空気が浮ついてくるのが分かる。こういう時は一人がパニックに陥ると、一気にそれが伝染してしまうのだ。
 マズい。誠がそう思った瞬間、アレクセイの怒号が後方に飛んだ。

「辺境伯!指示を!」

 ビリビリと空気が震えた。生態系の上位に立つ狼の姿が、そこにはあった。
 そのおかげで頭が冷えたのか、ここに居る団員達の空気が一気に変わる。レイナルドはアレクセイにすまんとジェスチャーを送ると、次々と自身の団員達に指示を出した。

「アーノルドの部隊は、俺とアレクセイ達と共に魔獣の討伐を」
「は!」
「ニコラオスの部隊は、礼拝堂周辺の魔獣の討伐。エリオットの部隊はアレクセイ達と共に、礼拝堂を攻略!」

 向こうは機能し始めたようだ。アレクセイはそれを見ると、レビ達の方を向く。

「周りの魔獣は、向こうが掃除してくれるようだな。俺達は、辺境伯と元凶の攻略だ」
「分かりました。けど、どこから切り崩します?」
「…エリオット殿の部隊には、聖職者の家系の者が二人程居たが…彼らにこの瘴気を抑えてもらってからだな。こうも酷いと、近付けん」

 オスカーに答えながら、アレクセイは礼拝堂を睨みつけた。
 瘴気の密度は濃くなっていて、うかつに礼拝堂に近付くとこちらまで汚染される。アレクセイ達は、じりじりと後退しながら様子を見るしかできなかった。
 危険は待ってはくれない。瘴気は形を変え、太い蔓のような物をいくつも作り上げた。こちらの出方を伺っているのか、うねりながら手を伸ばしてくる。
 それにいち早く気付いたレビと誠が獲物で斬りつけるも、手応えは無い。その時だけ霧散し、すぐに形を成していく。
 誠達は、じりじりと後退していった。
 持久戦になるかもしれない。誠は額に流れた汗を、手の甲で拭った。

「すまん、アレクセイ。待たせた」

 数メートル後退したところで、レイナルド達と合流した。

「いえ。こちらも攻略しあぐねていましたから」
「…先程と比べると、瘴気レベルは上がっているか」
「そうですね。しかも…あの瘴気は、意思を持っているように思えてしまいます」

 ほら、とアレクセイが前を向くと、レイナルドはつられてその方を見る。そこには、襲いかかる黒い蔓のような瘴気の束を、誠達が払い除けている姿があった。

「クラウス、クルト!」

 レイナルドが呼ぶと、エリオットの部隊から二人の獣人の青年が前に出た。白い翼を持った青年達は、似たような顔立ちをしている。

「この二人の家系は、代々神殿に仕えている。結界の能力は高いだろう」
「彼らが…。では、結界を張り次第、突入ということで?」
「ああ。では二人共、頼むぞ」

 クラウスとクルトは頷く。
 誠は彼らの場所を確保するために、広げた鉄扇で一気に瘴気を払い除けた。準備ができたのか、二人は手には短い錫杖を構えて呪文を唱えだす。誠は二人の前を、レビ達に譲った。
 いくら体力があるとは言え、誠は騎士団程ではない。任せられるところは任せる。だがそれは、ただの休憩ではなく、彼らへの信頼あってのことだ。
 誠がアレクセイの傍まで下がると、二人の錫杖が光り、結界の術が発動した。瞬く間に礼拝堂が青白い光に包まれる。

「やったか!?」

 レビが払った瘴気の蔓は再生することなく、そのまま消滅した。成功だ。

「このまま封印の魔法陣を敷くぞ」

 レイナルドの斜め後ろに控えていた獣人がそう言うと、残りの面々は礼拝堂を囲うために移動を始める。
 しかし近付けた者は一人も居なかった。
 衝撃が、再び辺りを襲う。
 何だと思った時には、膝を着いていた。
 顔を上げると、アレクセイの腕に囲われていたことに気付いた。その向こうには、団員達が瓦礫に埋もれているのが見える。

「…何だよ、これ」

 呻き声が、あちこちから聞こえてくる。遠くからは、生物の低い咆哮がいくつも上がる。風向きが変わった。血の臭いが、ここまで流れてくる。
 辺りに散らばっている瓦礫は、礼拝堂の成れの果てだった。息を吹き返した瘴気は真っ黒な大木へと成長を遂げていた。

「マコト、立てるか?」

 アレクセイに腕を借りながら立つが、なぜかぬるついた感触がした。

「アレクセイ…?」
「大丈夫だ。マコトは?怪我はしていないか?」

 優しいアイスブルーの瞳が、誠を労るように見つめている。しかし、その穏やかな眼差しとは逆にアレクセイの肩口は大きく裂け、紺色の制服は色を濃くしていた。

「無い、けど…何で…」

 アレクセイの頬に伸ばした誠の指は、震えている。

「大事なヒトを守るのが、俺の役目だからだ」

 肩を押さえながらアレクセイが立ち上がる。誠は急いで背中を抱いて支えた。
 近くに居たレビ達やクラウスとクルトも立ち上がる。彼らには怪我はなさそうで、誠は少しだけ安堵した。

「班長!」

 アレクセイの怪我を見たルイージが呼びかけるが、アレクセイは大丈夫だと首を振った。自分の怪我よりも目の前の敵だと言うように、アイスブルーはもう黒い大木を睨み付けている。
 レビ達はアレクセイの前で陣を組み直し、それぞれの武器を構えた。

「どうします、班長。敵さん、パワーアップしてますよ」

 こんな時でも努めていつも通りにしようとオスカーが口元だけで笑うが、その頬には汗が流れている。ドナルドは緊張のせいか、顔が強張っていた。

「結界の効果が無いなんてな…打つ手無しか」

 否定の言葉を吐いたのは、レイナルドの傍に控えていた獣人だった。

「せめて、司祭が居てくれれば…」
「さっきの結果がこれでは、司祭が居ても居なくても、変わらなかったと思いますよ」
「しかしアレクセイ殿…」

 相変わらずアレクセイの視線は、前を向いたままだ。
 今、できることをしようと戦う姿勢を崩さないアレクセイは、体全体でそれを表している。
 心が震える。
 誠は強者のあり方を目の当たりにしていた。

「勝機はあるのか?」

 心配そうな声のレイナルドにも、アレクセイは態度を変えない。

「分かりません。けど、俺達は騎士団ですよ。ただ、それだけです」

 その言葉で、周りの団員達は一斉にアレクセイを見た。もちろん、誠も。
 負けるとは思っていない。けれど、勝てるとも思っていない。凪いだ目を、アレクセイはしていた。
 嫌だ。
 剣の柄を握り直したアレクセイの手に、自分の手を重ねて止める。何とかしようと思って、結果が出る相手ではない。それを一番分かっているのは、誠だ。

「マコト…?」

 こちらを向いたアレクセイの唇に、自分のそれを重ねる。裂けた肩にそっと手を当てて周りに気付かれないように治すと、誠はアレクセイから一歩下がった。
 そして、彼らに背を向けて走り出す。大木までは、およそ一メートル。これが近付けるギリギリの距離だ。あれだけ綺麗に敷かれていた石畳は、衝撃波と根のせいで跡形も無くなっていた。
 醜悪な瘴気の塊は、誠の肌を傷付ける。

「にゃろう…」

 鉄扇を広げる。扇面に描かれた緋色の牡丹の華が、雨を蒸発させている。
 誠は足を開き、鉄扇を構えた。そして大きく深呼吸すると、思い切り鉄扇を振り上げた。淡い光を帯びた風が、瘴気を巻き上げながら浄化していく。
 それはやがて、光の粒子となって、夜空に溶けて消えていった。

「…やったか」

 鉄扇を閉じて、地面に突き立てる。それを支えにしなければ、立っていられないのだ。それをアレクセイ達に、見せたくないし、心配をかけるわけにはいかない。
 前を向け、前を。
 あの銀色の狼の横に立つには、強くあらねばならない。体も、そして心も。
 瘴気の大木は消え去り、あとには黒いヘドロのような山が築かれていた。それを洗い流そうとまた鉄扇を構えようとした誠は、ヘドロの中から白い棒が突き出ているのを発見した。
 白い棒ではない、人の指だ。それに気付いた誠は鉄扇で仰いで水を呼び寄せ、その辺りを重点的に狙う。

「マコト!」

 アレクセイが背後から駆け寄って来た。

「アレクセイ、アイツらのうちの誰かだ!」
「分かった」

 生きているのだろうか。肘から先が出てきたところで一旦水を出すのを止め、アレクセイがその腕を引っ張るのを待つ。

「どう?」
「体温は下がっているが、まだ生きている。しかし…」

 肩までは出てきたが、それ以上は無理なのだろう。誠は再度鉄扇を扇ぎ、水でヘドロの塊を押し流す。
 何とか上半身まで引き出したところで、誠も加勢した。反対側の脇の下から腕を回し、上半身を抱き抱えるようにして引っ張る。
 ズルリと抜け出た人物は、兄の方だった。

「サンディ!」

 近くで待機していたレイナルドが駆け寄ってきた。誠は彼に場所を譲る。レイナルドは粘ついた黒い泥に塗れた息子を、思い切り抱きしめていた。

「まずは、一人…」

 その様子を見ながら、誠は息を吐き出した。
 サンディはレビ達によって、ガゼボの方に運ばれて行く。それを見守るついでに他の団員達の様子を伺ったが、負傷者はガゼボの周辺で手当てを受けていた。
 それを見て、ひとまず安心する。しかし、まだ三人残っているのだ。油断はできなかった。

「マコト、いけるか?」

 少し足元がふらついてしまったのが見られたのか、アレクセイが誠の背中に手を添えて支えてくれた。誠はニヤリと笑い返す。

「誰に言ってんだよ」

 軽く握った拳で、アレクセイの厚い胸板をドンと叩いてやる。少し上がった口角に、誠は更に笑みを濃くした。
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