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シロップの展望
01 ー カルトーフィリ村
しおりを挟む出発は、朝早くからだった。辺境伯であるレイナルドとその長男であるサンディの見送りを受けて誠達は次の村へと旅立った。
皆がまだ寝ている時にこっそりと魔剣の場所を探し出し、自分でも結界を、私怨もあってかこれでもかという程かけたのは誰にも内緒だ。
次の目的地はカルトーフィリ村という所で、そこもレイナルドが治めている村だそうだ。じゃが芋がよく獲れるという話をレイナルドに聞いた誠は、何を作ろうか早速考えていた。
昨日のうちに旅で必要な食材は買ってあるし、港の朝市で魚介類も追加購入した。お財布には大ダメージだったが、誠には臨時収入があるし、アレクセイから預かっている食費もまだまだあるので、一安心だ。
城門を抜けても、まだ少し潮の香りがする。嫌な思いもしたが、良い出会いもあった。誠は振り返って城壁を見上げていた。
「行こう」
「おう」
アレクセイに肩を抱かれ、誠は歩き出した。
途中で下級魔獣の群れにいくつか遭遇したが、残念ながら誠の出番は無かった。アレクセイが張り切っているのかと思ったが、それだけではない。レビ達の活躍もめざましく、連携プレーが冴え渡っていた。
「俺も戦いたかった…」
オークの群れを倒したアレクセイに恨みがましく言ってみたが、アレクセイ達も何が起こっているのか分かっていないらしい。
「すまん…けれど、妙に体が軽くてな」
「あ、班長もですか?俺も何だか最近体が軽いっつーか、動きやすいっつーか」
アレクセイに続き、レビも体が軽いと言う。体に異変が起こったのかと聞けば、そうではないようだ。他の三人もレビと同じで体が軽く、それに朝もスッキリと起きられる。体力も魔力も上がったそうだ。
「…何か変なもんでも食ったのか?」
「いや…もしかしたら、マコトの飯が要因かもしれんな」
「俺の?えー…何だろ」
アレクセイの言葉に、しばし考える。特別な食材を使った覚えはない。使ったとしても、ドライイーストかコーンスターチ、バニラエッセンスくらいだ。それに誠も大体は同じ物を食べているのが、体の変化を感じてはいない。
けれどアレクセイは、誠のご飯を食べだして一週間くらいしてから体が好調になったそうだ。最初はツガイの効果だと思っていたが、レビ達も体にキレがあると言っていたから違うと判断したそうだ。
「神様の料理番」が作るご飯だからかと聞かれたが、それも違う。彼らに出す食事やスイーツを一緒に作る時はあるが、しっかりとボウルやバットを分けて作っているので、彼らの口に入る物は何も力を使っていない料理だ。
「原因不明。…もしかしたら、スパイスとか砂糖の取り過ぎとかかな?」
「スパイスはそうかもしれんが、砂糖は違うと思うぞ。甘ったるいばかりの菓子は食べないからな」
「そうなの?」
「ああ。だがマコトが作る菓子は上品な甘さだから、いくらでも食べれるがな」
アレクセイはふわりと笑いながら、誠の髪を攫った。甘ったるいのはこの世界の菓子ではなく、アレクセイの態度だ。誠はそう思いながら、枯れ枝を拾っていた。
近くで焚き火の準備をしているオスカーは、見て見ぬふりをしてくれている。それだけが誠の救いだった。
昼食は狩ったばかりのオーク肉を使うことになった。
「オーク…豚肉…角煮が食べたいな」
解体されてブロック肉となったオーク肉を前に、誠は呟く。近いうちに作ろうと、角煮用のブロックを除けてから調理に取り掛かった。
風を使って次々と肉を薄切りとニセンチ幅に切り分けていく。手伝いたそうなアレクセイと自ら手をあげたルイージに仕事を割り振り、その間に誠はバーベキューコンロを設置していた。ドナルドが持っていたバーベキューコンロも出してもらい、二台体制で次々と串を焼いていった。
彼らの体調の好転の仮定を立てられたのは、食事中のレビの発言からだった。
「はー…野菜ってこんなに美味かったんだなって、マコトの飯食ってたら毎回思うわ」
「レビって野菜好きじゃなかったんだっけ?」
「ん?ああ。だってよお。生であんまり食べたいとは思わないし、スープに入ってても、塩味かスパイスばっかでなあ…」
そう言いながらレビは、野菜をオークのスライス肉で巻いた串にかぶりつく。焼いている時にタレを刷毛で塗っているので、香ばしさもあってか食べやすいだろう。
「レビ先輩の食事って、肉ばっかりですもんね」
ドナルドは、ナスを縦半分に切ってスライス肉を巻き付けたチーズ焼きを食べながらニコニコしている。
「悪いかよ!ドナルド、お前だって似たようなもんだろ」
「そうですけど、僕は出された物はきちんと食べてますよ」
「つっても、毎回眉間に皺寄せながら食ってただろうが」
「だって…あんまり美味しくないですし」
誠のご飯が食べられなくなることを一番嘆いていたのはルイージだが、その次はドナルドだ。だからパン作りを教えた時の食いつき方が尋常じゃなかったのだが、これは本当に新居にせめて週一で呼んでやった方が良いのではと、誠はアレクセイを見た。
「…週一だからな」
言わなくても通じたのか、アレクセイは苦虫を潰したような顔で了承してくれた。
「しかし…そんな肉ばっかりだったのか」
「そうですね。騎士団塔の食堂のメニューはほぼ肉ですし、こうした野営でも、肉を焼くのが殆どでしたね」
そう言って、ルイージはオーク肉の漬け焼きを美味しそうに食べる。玉ねぎと肉を、リンゴとバルサミコで三十分程漬け込んだものだが、誠が作るので玉ねぎは多めだ。
「…もしかしてさぁ。野菜不足が原因だったんじゃね?」
地球の肉食動物なら、食べる物は肉だけで十分だ。けれど雑食動物となれば、そうはいかない。必要な物をバランス良く摂取する必要があるのだ。アレクセイ達は先祖が獣だそうだが、見た目は人間の体に耳や尾、羽がついている。そう、見た目はほぼ人間に近い。
だとすれば、やはり食事のバランスが鍵なのかもしれない。
誠は普段食べる物を、アレクセイ達に詳しく聞いてみた。すると、レビ程ではないが、確かに肉が多い。むしろ殆どが肉だった。
「…マジか」
「じゃあ逆に、マコトは普段何を食べてんだよ」
レビの言葉に誠は普段のメニューを伝えてやった。実家が喫茶店ということで昼は賄いの洋食が多いが、夜は和食になることが多い。
それをどう伝えようか少し悩んだが、もう自分が違う世界から来ていることを伝えているので、誠はバッグからタブレットや醤油などの調味料を取り出して説明をした。
「ワショクだったか?前に食べさせてもらったが、普段マコトが作ってくれる料理とはまた違った美味さがあった」
「え、班長食べたことあるんですか?」
「ああ」
レビに自慢するように言うアレクセイの尾は、満足げに揺れている。それをよそに、美食ハンターでもある大食い王子ルイージは醤油のボトルの蓋を開けて匂いを嗅いでいた。
「…しょっぱそうな匂いがしますね」
「作るのに、塩を使ってるからな。でも美味いよ。…試してみる?」
「ぜひ!」
ルイージの尾が左右に揺れたところで、なぜか醤油の試食大会となってしまった。
タブレットはアレクセイに使い方を伝授しているので、預けることにした。丁度和食のレシピを開いているので、食べてみたい物を後で教えて欲しいところだ。
誠はルイージ達をお供に、作業台へと移動した。
「まあ、まずは舐めてみて」
小皿に醤油を入れて、ルイージに渡す。ルイージは指に少しつけてから舐めてみた。
「…これは」
「どうですか?」
ルイージは小皿をドナルドに渡した。小皿がオスカーまで回ったが、彼らは気に入ったようだった。
「野菜の炭火焼きに醤油をつけるだけで、すっげー美味いんだよ」
残念ながら、とうもろこしは無いので、椎茸とピーマンを用意した。
椎茸は切らずにグリルで焼く。その間にピーマンを細切りにして、フライパンで炒めた。味付けは醤油のみだ。これは麺つゆで味付けをしても美味しい。
焼き上がったピーマンと椎茸を大皿に盛り、新しい小皿を人数分出して醤油を入れてそれぞれに渡した。
「醤油の付け過ぎには注意な」
ルイージ達はスクエアポーチから新しいフォークを出すと、まずはピーマンから食べ始めた。
「…美味しいです」
「だろ?」
「スパイスとは全然違うんだな」
気に入ったのか、オスカーはピーマンをもりもりと食べている。
「ちょっと、オスカー先輩。一人で食べ過ぎですよ」
「そういうお前だって、椎茸ばっか食ってんなよ」
その小競り合いを見ながら、誠はクスクスと笑ってしまった。醤油の焼けた香ばしい匂いがアレクセイ達の方に届いたのか、向こうからは恨めしそうな視線を感じる。
誠は追加分を作りながら「今作るから、ちょっと待ってて」と声をかけたのだった。
片付けをしながら考えるのは、これからのメニューのことだ。
体が資本だから、肉は欠かせないだろう。タンパク質は大事だ。けれどビタミンもカルシウムも摂らせたい。
「俺、栄養管理は管轄外なんだけどなー」
「そうなのか?」
いつの間にか横に立っていたアレクセイに少し驚きつつも、誠は頷いた。
「君は何でもできそうなんだがな」
「いやいや、できないことの方が多いよ」
「そうか?しかし、栄養管理とは…?」
「えーと…簡単に言うと、食べ物には、それぞれ体に良い要素があるんだ。そのバランスを考える人…かな?」
「ほぉ…そんなのがあるんだな」
「そう。運動も大事だけど、やっぱ食べ物で体は作られるからね。ビタミンとかコラーゲンは肌にも良いし、カルシウムは骨を作るのに大事な要素だし」
「…その、ビタミンとかコラーゲン?は、マコトが作るご飯にも入っているのか?」
「そうだね。少しは考えてるけど、さっきも言ったように俺はその専門じゃないんだよ。だから、いろんな食材を使うようにしてるんだ」
「なるほど。野菜が多いとは思っていたが、そこまで考えてくれていたんだな」
「いや、まぁ…」
誠の知識は、トマトはリコピンが多い、ニンジンならβカロチンが多いなど、その程度だ。褒められることではないが、それでもアレクセイは微笑みながら感謝をしてくれる。
どこかむず痒くなった誠は、少し口を尖らせてしまった。
もう少し勉強していたら、今頃はもっと彼らに合わせた食事を用意できていただろう。そのことが少し悔やまれるが、違う世界で騎士団のツガイになる相手が居たなんて、誰が予想できただろうか。
「夕飯も楽しみだ」
「おう。夕飯にも野菜出すけどな」
「ああ。俺はオヒタシだったか。あれが良い」
「了解」
さりげなく真っ先にリクエストを出すアレクセイに誠は笑いながら、肩で分厚い体を押してじゃれ付いていた。
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