103 / 150
ショコラの接吻
04 ー 訪問
しおりを挟む
一度しっかり料理をしたいと思うと、もうだめだった。昼は屋台で済ませ、市場で自分用と遠征用の買い物をしていても、どうしてもうずうずしてしまう。
珍しい物は売っていなかったが、ヨーロッパなどでよく食べられている野菜は数種類見つけた。スイーツがだめなら、料理がしたい。
誠はアレクセイを誘い、また王都の外へと向かうことにした。
コカトリスの亜種が出た林は騎士団によって暫くは封鎖中とのことなので、今回向かうのはその反対側だ。ただの草原で滅多に魔獣も通らないらしいので今の誠にとっては、おあつらえ向きの場所だった。
猫バスならぬ狼タクシーで約一時間。ところどころに低木が生えているだけの草原に着くと、アレクセイはゆっくりとしゃがみ、誠を下ろしてくれた。
「どうだ?ここなら匂いも気にせずに、調理できるだろう」
「うん。ありがとう、アレクセイ」
周りに誰も居ないので抱きついて頬にキスをすると、銀色の尾は盛大に揺れていた。
誠は早速調理台や焚き火台を取り出して並べ始めた。頭の中は、料理のことでいっぱいだ。
「何を作るんだ?」
やはり気になるのか、アレクセイは邪魔にならないようにと作業台の向かい側に陣取っている。
「んー…何が食べたい?どうせなら、夕飯作ろうかなって思うんだけど」
「それは良い考えだ」
被せ気味にアレクセイが言った。
それ程自分の料理を望んでくれているのなら、応えたくなるのが誠だ。何でもリクエストして欲しいのだが、肝心のアレクセイは腕を組んだまま動かなくなってしまった。
「…アレクセイ?」
「ああ、すまない。君の料理はどれも美味しかったからな。すぐに決められないんだ」
あれも美味かった、これも美味かったと呟いているアレクセイが面白い。しかも、ずっと尾が揺れているのだ。
けれどなかなか決まらないのか、次第に尾も耳も垂れてくるのが可哀想になってきたので、誠は助け舟を出すことにした。
「アレクセイ。肉と魚、どっちにする?」
「肉…ああ、でも君の作る魚料理も美味かった」
「んー…じゃあ、両方作ろうか?」
フフフ、と笑いが零れてしまう。こんなに絶賛されるなんて、料理人冥利に尽きるというものだ。ツガイの欲目もあるだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「メインは肉で、サブに魚にしよう。時間はたっぷりあるから、煮込み料理が多くなると思うけど、手伝ってくれるよね?」
「もちろんだ。何から始めようか」
アレクセイのバーベキューコンロも出してもらい、早速調理開始となった。
まずはメインの肉料理である、スペアリブからだ。適当に部位毎に切ったままのオーク肉があるので、それを使うことにする。肋骨付近の肉を取り出して、アレクセイに渡した。
切り方を伝えたので肉はアレクセイに任せることにして、誠が取り掛かったのは、レバーパテだ。コカトリスの亜種が出て来たので忘れそうになるが、アレクセイと約束していた一品だ。
迷いなく肉にナイフを入れているアレクセイの向かい側で、玉ねぎをみじん切りにしていく。これとスノーラビットのレバー、その肉を少々とバター、チーズなどを入れて炒めたりフードプロセッサーを使ってなめらかにするのだが、無い道具は風の力で代用だ。
「マコト、切り終わったぞ」
「了解。ちょっと離れてて」
アレクセイによってバーベキューコンロに並べられた肉に、狐火を放つ。両面少し焼き色がついたら大きい鍋に肉を移し、水を入れる。アク取りはアレクセイにお任せだ。
「焼いた肉を煮るのか?」
あく取り用のお玉を渡すと、アレクセイが不思議そうに聞いてくるので誠は説明してやった。
「そうだよ。表面を焼くことによって、肉の旨みを閉じ込める作用があるんだ。あとは余分な脂落としとか」
「なるほど…」
「お湯が沸騰しそうになったら言ってね。火力の調節するから」
「分かった」
ただ待っている間も退屈だろうと、誠はアレクセイにカルパッチョ用の魚の種類を選んでもらったり、サラダの野菜の種類を決めてもらうことにした。
選ぶだけなのに楽しそうだ。そうアレクセイに言うと、一緒に作れることが楽しいと、以前にも聞いた答えが返ってくる。どうやら誠が以前言った、「夫婦の共同作業」と言う言葉が気に入っているらしい。
「…そう。じゃあ、あーん」
物のついでだ。バカップルみたいで嫌なのだが、ご機嫌な狼を見るのは好きだ。
誠は味見用にと、食べやすい大きさに切ったパンにレバーパテを乗せて、アレクセイの口元に持っていってやった。
けれど感動しているのか、アレクセイはなかなか口を開けない。
「マコト…」
「いいから。食べないんだったら、俺が食べるけど?」
「いや、待ってくれ。食べる、俺は食べるぞ」
パタパタと忙しなく揺れる尾に笑いながら食べさせてやると、尾はより一層激しく揺れた。野生の魔獣なのでレバーに少しクセがあったが、スパイスやハーブが力を発揮したので何とか味が纏まった。大成功だ。
「大変だマコト、もう無くなった…」
しゅんとした尾と耳に絆されそうになったが、ここで更に与えてしまっては元も子もない。これは数時間冷やした方が、もっと美味しくなるのだ。しっかりとノーと伝え、レバーをココットに移すと、誠はアレクセイに聞いた。
「ねえアレクセイ。氷の箱って作れる?」
「箱か?作れないこともないが、どうするんだ?」
「これ冷やしたいんだよ。四、五時間くらい維持できるか?」
「そうだな。それくらいなら大丈夫だ」
アレクセイは、あっという間に氷魔法で箱を作り出してくれた。ご丁寧に蓋付きだ。何でかと聞くと、レバーパテを見たら食べたくなるからだそうだ。誠としても同意見なので、ありがたく蓋を使わせてもらった。
ガーリックシュリンプとアルミラージ肉を使ったシチューも作ったところで、良い感じに日が暮れてきた。寒さ対策と、一応魔獣対策にと焚き火を起こす。折り畳みテーブルに並べられた皿からは、湯気と共に美味しそうな香りが立ち上っていた。
待ちきれないのか、隣からはご機嫌に揺れる尾が風を切る音がしている。いつもの様に祈り終わった後は、二人きりの晩餐が始まった。
他に競合相手が居ないので、二人で食べる時はアレクセイは普段よりも少しだけ食べるスピードが遅くなる。本人は気付いているのか知らないが、これは最近発見したことだ。
耳を倒して尾を振っているのは、喜んでいる証拠だ。誠はそんなアレクセイを見ながら、自分も箸をすすめていた。
食べ終わった後は、片付けが待っているし氷の箱に入れたレバーパテも待っている。これはもう少し冷やしておきたいので、さっさとマジックバッグにしまった。スカーレットへの手土産の一つにしても良いかもしれない。
片付け終わって、焚き火を見ながらハーブティーを飲んでいると、こうしたゆっくりと流れる時間も良いなと思う。そして満腹になっているので、余計に眠くなる。けれど誠は、眠気よりも今は走りたくなっていた。
せっかくの広い草原なのだ。そして良い夜だ。人間のような姿も狐の姿もどちらも本性なのだが、晴れた日なら地平線が見えそうなくらい広い草原を前にすると、どうもうずうずしてたまらなくなる。
食後のハーブティーを飲んでいたアレクセイは、そんな誠の様子に気が付いたのか、もう少しゆっくりしたら少し歩こうと提案してきた。
最初、人間の姿でかと思った誠は更に話を聞いてアレクセイに飛びついた。やはり己のツガイは、自分のことを分かってくれている。今自分に尻尾が出ていれば、アレクセイではないが盛大に振っていることだろう。
「よし、行こう」
狼の姿になったアレクセイが振り向いた。誠は己に結界を張って周りから見えなくすると、急いで狐の姿に変わった。
夜の散歩は久々だ。しかも今回はアレクセイが一緒なので、普段よりも誠の足取りは軽く、そして弾んでいた。
最初は早足だったのに、いつの間にか競走になった。見通しの良い草原だ。まばらに生えている低木は、気にする程でもない。誠は星明かりの下で輝く、銀色の流星に遅れを取らないように、着いて行くのがやっとだった。
少しズルをして足元に風の力を纏って加速すると、力の流れが分かったのかアレクセイが軽く体をぶつけてくる。おかしくて笑っていると、気付けば取っ組み合いになっていた。
グルルルと唸りながら噛みつかれるが、ただの甘噛みだ。擽ったくてまたクスクスと笑ってしまう。アレクセイの牙を防ごうと尾で邪魔をすると、そのままベロベロと舐められてしまった。
たまらず横になると、アレクセイは上から被さって誠の体を前足で押さえつけた。そのまま顔や首を舐めてグルーミングをしてくる。誠はゆらゆらと、尾を揺らしていた。
一通り戯れて焚き火の元に戻ってきても、二人は獣身のままだった。何となく人型に戻るのが惜しくなったのだ。そのまま火の側で尾を枕代わりにして丸くなると、誠の体を隠すようにアレクセイも横たわってきた。
「今日はここで夜をあかそうか」
「そうだね。それも良いかも。でも、宿に何も言ってないよ?」
「ああ、大丈夫だ」
アレクセイは誠の後頭部をひと舐めしてから人型に戻ると、連絡鳥を取り出した。そして一筆書いて足元の筒に入れる。連絡鳥は誠の目の前に来ると、マズルに頭を擦り付けて「チュン」と鳴くと、そのまま飛び去って行った。
「…良かった。怖がられるかと思った」
「アイツは元は俺の魔力からできているからな。君が狐の姿になっても怖がるはずがない」
以前聞きそびれたままだったが、どうやら連絡鳥というのは専用の卵に自分の魔力を流して育てるそうだ。だから孵化すると、自分の分身のような存在となるし、術者の好みがそのまま反映されるらしい。
じゃあ、最初からあの連絡鳥に好かれていた自分は…とそこまで考えた誠が赤面していると、また銀狼の姿になったアレクセイに頭を何度も舐められてしまった。そして前足を体に乗せられ、抱きしめられる格好になる。
その体温に安心した誠は、大きく息を吐き出していた。
背後から、アレクセイの声が響く。
「消えない焚き火か…」
一応適当な枯れ枝を組んで焚き火の格好をしているが、今燃えているのは誠が放った狐火だ。しっかりと制御しているので、朝まで消えないし草に燃え移ることもない。
アレクセイはそのことを言っているのだ。
「狐火のこと?」
「ああ。俺も水魔法は使えないわけではないが、系統が違うから火は無理だ。マコトは…君は一人でどこかに放り出されても、生き延びていけそうだな」
「かもね」
アレクセイの言いたいことは、よく分かる。食料さえあれば、きっと自分はどこでも生きていけるだろう。
そして、それだけの強さがあることを、誠もアレクセイも分かっている。生活面でも、精神面でも、だ。
けれど。
「でも、やっぱずっと一人は寂しいよ」
夜だから、そして背後にアレクセイの体温があるからか、そんな言葉がするりと出てきた。
そして一人が寂しいから、諏訪も牡丹も唯一を求めたのだろうかと考えてしまった。
彼らの強さを思うと、孤独になってしまうのが少しだけ分かる。だから余計に己のツガイに執着してしまうし、同じだけの強さを持った唯一を愛おしく感じるのだろう。
己の唯一を持ってしまうと、離れがたくなる。その気持ちが、アレクセイというツガイを得たことにより、分かってしまった。
分かったからこそ、離れたくないし、寂しいという感情が今までよりも強く理解できたのだ。
誠はアレクセイに向き合うと、自分よりも太い前足の間に顔を突っ込んだ。
「マコト?」
アレクセイは誠のマズルを舐めた。
「俺さぁ、アレクセイが好きだよ」
誠がそう告白すると、アレクセイが小さく唸った。誠はクスクスと笑うと、今度こそ寝るために瞳を閉じた。
アレクセイの体温は優しい。けれど、ドキドキする。ふわりと香るジャスミンとミントの香りに、胸が締め付けられそうになるけれど、安心もする。
きっと何度でも些細なことでアレクセイに惚れ直すんだろう。
誠はアレクセイの激しく揺れる尾の音をBGM代わりに、夢の世界に旅立ったのだった。
珍しい物は売っていなかったが、ヨーロッパなどでよく食べられている野菜は数種類見つけた。スイーツがだめなら、料理がしたい。
誠はアレクセイを誘い、また王都の外へと向かうことにした。
コカトリスの亜種が出た林は騎士団によって暫くは封鎖中とのことなので、今回向かうのはその反対側だ。ただの草原で滅多に魔獣も通らないらしいので今の誠にとっては、おあつらえ向きの場所だった。
猫バスならぬ狼タクシーで約一時間。ところどころに低木が生えているだけの草原に着くと、アレクセイはゆっくりとしゃがみ、誠を下ろしてくれた。
「どうだ?ここなら匂いも気にせずに、調理できるだろう」
「うん。ありがとう、アレクセイ」
周りに誰も居ないので抱きついて頬にキスをすると、銀色の尾は盛大に揺れていた。
誠は早速調理台や焚き火台を取り出して並べ始めた。頭の中は、料理のことでいっぱいだ。
「何を作るんだ?」
やはり気になるのか、アレクセイは邪魔にならないようにと作業台の向かい側に陣取っている。
「んー…何が食べたい?どうせなら、夕飯作ろうかなって思うんだけど」
「それは良い考えだ」
被せ気味にアレクセイが言った。
それ程自分の料理を望んでくれているのなら、応えたくなるのが誠だ。何でもリクエストして欲しいのだが、肝心のアレクセイは腕を組んだまま動かなくなってしまった。
「…アレクセイ?」
「ああ、すまない。君の料理はどれも美味しかったからな。すぐに決められないんだ」
あれも美味かった、これも美味かったと呟いているアレクセイが面白い。しかも、ずっと尾が揺れているのだ。
けれどなかなか決まらないのか、次第に尾も耳も垂れてくるのが可哀想になってきたので、誠は助け舟を出すことにした。
「アレクセイ。肉と魚、どっちにする?」
「肉…ああ、でも君の作る魚料理も美味かった」
「んー…じゃあ、両方作ろうか?」
フフフ、と笑いが零れてしまう。こんなに絶賛されるなんて、料理人冥利に尽きるというものだ。ツガイの欲目もあるだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「メインは肉で、サブに魚にしよう。時間はたっぷりあるから、煮込み料理が多くなると思うけど、手伝ってくれるよね?」
「もちろんだ。何から始めようか」
アレクセイのバーベキューコンロも出してもらい、早速調理開始となった。
まずはメインの肉料理である、スペアリブからだ。適当に部位毎に切ったままのオーク肉があるので、それを使うことにする。肋骨付近の肉を取り出して、アレクセイに渡した。
切り方を伝えたので肉はアレクセイに任せることにして、誠が取り掛かったのは、レバーパテだ。コカトリスの亜種が出て来たので忘れそうになるが、アレクセイと約束していた一品だ。
迷いなく肉にナイフを入れているアレクセイの向かい側で、玉ねぎをみじん切りにしていく。これとスノーラビットのレバー、その肉を少々とバター、チーズなどを入れて炒めたりフードプロセッサーを使ってなめらかにするのだが、無い道具は風の力で代用だ。
「マコト、切り終わったぞ」
「了解。ちょっと離れてて」
アレクセイによってバーベキューコンロに並べられた肉に、狐火を放つ。両面少し焼き色がついたら大きい鍋に肉を移し、水を入れる。アク取りはアレクセイにお任せだ。
「焼いた肉を煮るのか?」
あく取り用のお玉を渡すと、アレクセイが不思議そうに聞いてくるので誠は説明してやった。
「そうだよ。表面を焼くことによって、肉の旨みを閉じ込める作用があるんだ。あとは余分な脂落としとか」
「なるほど…」
「お湯が沸騰しそうになったら言ってね。火力の調節するから」
「分かった」
ただ待っている間も退屈だろうと、誠はアレクセイにカルパッチョ用の魚の種類を選んでもらったり、サラダの野菜の種類を決めてもらうことにした。
選ぶだけなのに楽しそうだ。そうアレクセイに言うと、一緒に作れることが楽しいと、以前にも聞いた答えが返ってくる。どうやら誠が以前言った、「夫婦の共同作業」と言う言葉が気に入っているらしい。
「…そう。じゃあ、あーん」
物のついでだ。バカップルみたいで嫌なのだが、ご機嫌な狼を見るのは好きだ。
誠は味見用にと、食べやすい大きさに切ったパンにレバーパテを乗せて、アレクセイの口元に持っていってやった。
けれど感動しているのか、アレクセイはなかなか口を開けない。
「マコト…」
「いいから。食べないんだったら、俺が食べるけど?」
「いや、待ってくれ。食べる、俺は食べるぞ」
パタパタと忙しなく揺れる尾に笑いながら食べさせてやると、尾はより一層激しく揺れた。野生の魔獣なのでレバーに少しクセがあったが、スパイスやハーブが力を発揮したので何とか味が纏まった。大成功だ。
「大変だマコト、もう無くなった…」
しゅんとした尾と耳に絆されそうになったが、ここで更に与えてしまっては元も子もない。これは数時間冷やした方が、もっと美味しくなるのだ。しっかりとノーと伝え、レバーをココットに移すと、誠はアレクセイに聞いた。
「ねえアレクセイ。氷の箱って作れる?」
「箱か?作れないこともないが、どうするんだ?」
「これ冷やしたいんだよ。四、五時間くらい維持できるか?」
「そうだな。それくらいなら大丈夫だ」
アレクセイは、あっという間に氷魔法で箱を作り出してくれた。ご丁寧に蓋付きだ。何でかと聞くと、レバーパテを見たら食べたくなるからだそうだ。誠としても同意見なので、ありがたく蓋を使わせてもらった。
ガーリックシュリンプとアルミラージ肉を使ったシチューも作ったところで、良い感じに日が暮れてきた。寒さ対策と、一応魔獣対策にと焚き火を起こす。折り畳みテーブルに並べられた皿からは、湯気と共に美味しそうな香りが立ち上っていた。
待ちきれないのか、隣からはご機嫌に揺れる尾が風を切る音がしている。いつもの様に祈り終わった後は、二人きりの晩餐が始まった。
他に競合相手が居ないので、二人で食べる時はアレクセイは普段よりも少しだけ食べるスピードが遅くなる。本人は気付いているのか知らないが、これは最近発見したことだ。
耳を倒して尾を振っているのは、喜んでいる証拠だ。誠はそんなアレクセイを見ながら、自分も箸をすすめていた。
食べ終わった後は、片付けが待っているし氷の箱に入れたレバーパテも待っている。これはもう少し冷やしておきたいので、さっさとマジックバッグにしまった。スカーレットへの手土産の一つにしても良いかもしれない。
片付け終わって、焚き火を見ながらハーブティーを飲んでいると、こうしたゆっくりと流れる時間も良いなと思う。そして満腹になっているので、余計に眠くなる。けれど誠は、眠気よりも今は走りたくなっていた。
せっかくの広い草原なのだ。そして良い夜だ。人間のような姿も狐の姿もどちらも本性なのだが、晴れた日なら地平線が見えそうなくらい広い草原を前にすると、どうもうずうずしてたまらなくなる。
食後のハーブティーを飲んでいたアレクセイは、そんな誠の様子に気が付いたのか、もう少しゆっくりしたら少し歩こうと提案してきた。
最初、人間の姿でかと思った誠は更に話を聞いてアレクセイに飛びついた。やはり己のツガイは、自分のことを分かってくれている。今自分に尻尾が出ていれば、アレクセイではないが盛大に振っていることだろう。
「よし、行こう」
狼の姿になったアレクセイが振り向いた。誠は己に結界を張って周りから見えなくすると、急いで狐の姿に変わった。
夜の散歩は久々だ。しかも今回はアレクセイが一緒なので、普段よりも誠の足取りは軽く、そして弾んでいた。
最初は早足だったのに、いつの間にか競走になった。見通しの良い草原だ。まばらに生えている低木は、気にする程でもない。誠は星明かりの下で輝く、銀色の流星に遅れを取らないように、着いて行くのがやっとだった。
少しズルをして足元に風の力を纏って加速すると、力の流れが分かったのかアレクセイが軽く体をぶつけてくる。おかしくて笑っていると、気付けば取っ組み合いになっていた。
グルルルと唸りながら噛みつかれるが、ただの甘噛みだ。擽ったくてまたクスクスと笑ってしまう。アレクセイの牙を防ごうと尾で邪魔をすると、そのままベロベロと舐められてしまった。
たまらず横になると、アレクセイは上から被さって誠の体を前足で押さえつけた。そのまま顔や首を舐めてグルーミングをしてくる。誠はゆらゆらと、尾を揺らしていた。
一通り戯れて焚き火の元に戻ってきても、二人は獣身のままだった。何となく人型に戻るのが惜しくなったのだ。そのまま火の側で尾を枕代わりにして丸くなると、誠の体を隠すようにアレクセイも横たわってきた。
「今日はここで夜をあかそうか」
「そうだね。それも良いかも。でも、宿に何も言ってないよ?」
「ああ、大丈夫だ」
アレクセイは誠の後頭部をひと舐めしてから人型に戻ると、連絡鳥を取り出した。そして一筆書いて足元の筒に入れる。連絡鳥は誠の目の前に来ると、マズルに頭を擦り付けて「チュン」と鳴くと、そのまま飛び去って行った。
「…良かった。怖がられるかと思った」
「アイツは元は俺の魔力からできているからな。君が狐の姿になっても怖がるはずがない」
以前聞きそびれたままだったが、どうやら連絡鳥というのは専用の卵に自分の魔力を流して育てるそうだ。だから孵化すると、自分の分身のような存在となるし、術者の好みがそのまま反映されるらしい。
じゃあ、最初からあの連絡鳥に好かれていた自分は…とそこまで考えた誠が赤面していると、また銀狼の姿になったアレクセイに頭を何度も舐められてしまった。そして前足を体に乗せられ、抱きしめられる格好になる。
その体温に安心した誠は、大きく息を吐き出していた。
背後から、アレクセイの声が響く。
「消えない焚き火か…」
一応適当な枯れ枝を組んで焚き火の格好をしているが、今燃えているのは誠が放った狐火だ。しっかりと制御しているので、朝まで消えないし草に燃え移ることもない。
アレクセイはそのことを言っているのだ。
「狐火のこと?」
「ああ。俺も水魔法は使えないわけではないが、系統が違うから火は無理だ。マコトは…君は一人でどこかに放り出されても、生き延びていけそうだな」
「かもね」
アレクセイの言いたいことは、よく分かる。食料さえあれば、きっと自分はどこでも生きていけるだろう。
そして、それだけの強さがあることを、誠もアレクセイも分かっている。生活面でも、精神面でも、だ。
けれど。
「でも、やっぱずっと一人は寂しいよ」
夜だから、そして背後にアレクセイの体温があるからか、そんな言葉がするりと出てきた。
そして一人が寂しいから、諏訪も牡丹も唯一を求めたのだろうかと考えてしまった。
彼らの強さを思うと、孤独になってしまうのが少しだけ分かる。だから余計に己のツガイに執着してしまうし、同じだけの強さを持った唯一を愛おしく感じるのだろう。
己の唯一を持ってしまうと、離れがたくなる。その気持ちが、アレクセイというツガイを得たことにより、分かってしまった。
分かったからこそ、離れたくないし、寂しいという感情が今までよりも強く理解できたのだ。
誠はアレクセイに向き合うと、自分よりも太い前足の間に顔を突っ込んだ。
「マコト?」
アレクセイは誠のマズルを舐めた。
「俺さぁ、アレクセイが好きだよ」
誠がそう告白すると、アレクセイが小さく唸った。誠はクスクスと笑うと、今度こそ寝るために瞳を閉じた。
アレクセイの体温は優しい。けれど、ドキドキする。ふわりと香るジャスミンとミントの香りに、胸が締め付けられそうになるけれど、安心もする。
きっと何度でも些細なことでアレクセイに惚れ直すんだろう。
誠はアレクセイの激しく揺れる尾の音をBGM代わりに、夢の世界に旅立ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ブラッドフォード卿のお気に召すままに
ゆうきぼし/優輝星
BL
第二章スタート!:イブキと婚約をして溺愛の日々を送ろうとしていたブラッドフォード。だが、国の情勢は彼の平穏を許さず、王の花嫁選びが始まる。候補者が集まる中、偽の花嫁(♂)が紛れ込む。花嫁の狙いはイブキの聖獣使いの力で。眠りについた竜を復活させようとしていた。先の戦においての密約に陰謀。どうやらイブキの瞳の色にも謎があるようで……。旅路にて、彼の頭脳と策略が繰り広げられる。
第一章:異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる