七駅フレンド

ツチフル

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  大学に入った私は、学業の傍らで障碍者の支援活動に参加するようになった。
 参加するのは主に難聴者のボランティアで、そのために手話教室にも通ったし、二年後には手話通訳士の資格もとった。
 これといった目的もなく入った大学だったけれど、今では聾学校の教師になるという、はっきりとした目標ができた。
 そのためには、専攻外のことも必死で学んだ。
 多分、このときが人生で一番努力をした時間だっただろう。
 聾学校の教師になるためにまず教員資格を取り、次に特別支援教免を取った。
 ただ、資格が取れれば即教師になれるわけではない。
 次に待っていたのは、きわめて倍率の高い採用試験だった。
 私は四度挑戦したけれど、結局、合格することはできなかった。
 人生で一番の挫折を味わったのも、このときだったと思う。

 年月は流れ。
 それでも難聴者と関わる仕事を諦めきれなかった私は、結婚をして生活に余裕がでてくると、ついに自分で手話教室を開くことにした。
 といっても限りなく趣味に近い小さなサークルのようなもので、場所は家の離れに建てた小さなホールを使うことにした。もちろん、始めからそのつもりで建てたものだ。
 生徒は十人に満たない程度。なかには健聴者も難聴者もいるし、子供もいる。
 講師は私。
 楽しく学べる手話をモットーに、色々な教材を作って試してみては成功したり失敗したりしている。さいわい生徒たちの受けは良く、楽しく学んでもらっているようだ。
 ただ、ひとつだけ。
 私のつけた教室名だけは、センスが悪い、意味不明と不評だった。もちろん、変更するつもりはない。
 最初は私一人でやっていくつもりだった教室だけど、最近、わけあって講師をもう一人雇うことにした。
 我が家の収入は減ってしまうけれど、そこは旦那様に甘えることにして。
 ちなみに、わけというのは……
 つまり、私のお腹が膨れてきたからだ。
 
                       ※
 
 さて。
 今日は講師希望の女性と会うことになっている。
 彼女は先天性の聾者であるものの、教師の資格も、手話通訳士の資格も持っているという。
 まだ手紙のやりとりしかしていないけれど、私は合格にするつもりだ。
 なかなか優秀そうな人のようだし、なによりも、生徒たちからはセンスがない、意味がわからないと大不評だった教室名を 最高に素敵ですね と手紙に書いてくれたからだ。
 
 インタホンが鳴る。
 どうやら到着したらしい。
 私は教室のドアをあけて、彼女を出迎える。
 伝える言葉は、もちろん手話で。
 
 ようこそ。
 七駅フレンドへ。
 

                     了
 
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感想 3

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みんなの感想(3件)

木立 花音
2020.04.15 木立 花音

人間が内面に抱える弱さや脆さをテーマとしてあげつつも、独特の余韻をともなう結末がとても好みの物語でした。
かなり前に読了していたのですが、私がノベルアップ+というサイトで公開しているブログの、昨日公開分の記事で本作のことを取り上げましたので、今更のように感想を述べにしました。
執筆、頑張ってください。応援しています。

解除
新道 梨果子

今さら感がものすごいですが、ほこじん大賞の受賞作一覧から来ました。
人間の綺麗なだけでない弱さが描かれていて、それでいて心温まるラストには涙しました。
はっきりとは書かれない講師の説明が粋です。
読ませていただき、ありがとうございました。

2019.10.27 ツチフル

読んでいただき、ありがとうございます。

始めはあまり救いのない形に収まる予定だったのですが、書いているうちにこのような流れとなりました。

お楽しみいただけたのなら幸いです。

解除
山河 枝
2019.09.30 山河 枝

今更ながら、「ほっこり・じんわり大賞」の受賞作一覧から飛んで参りました。重いテーマを淡々と綴っていらっしゃって、それがかえって心に沁みたというか……2人の間に揺蕩う静かな空気がとても心地良かったです。素敵なお話をありがとうございました。

2019.10.02 ツチフル

読んでいただき、ありがとうございます。

もう少し書き込むべきか迷いましたが、あまりダラダラと続くと興がそがれてしまうと思い、このような形となりました。
お楽しみいただけたのであれば、幸いです。

解除

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