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第四章 大精霊を求めて
4-48 栄光の残照
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俺はその諸先輩が残した垢というか、雰囲気を上書きするかのように扉を押した。
扉は軋みを上げながら、そのまるで何年も放っておかれたかのような封印を解いた。
これが首都にある冒険者ギルドの本部なのだと?
「ありえない」
俺はヨークの、あのプチパレスのような権勢を思い出して、思わずそう呟いた。
「暗い」
広めの空間には灯りがついていないのだ。
消エネ? いや違う。
年末年始の長期休暇の後で、冬のオフィスへ朝一番に出勤したかのような底冷えするように冷えた空気が、そこが今は殆ど使われていない場所なのだと物理的に示していた。
「誰もいないのかな。
もしかして、ここは既に廃棄された施設なのか?」
「誰だ、ここへ何の用だ」
誰かがいる事が予想できないような無人の空気の中で、不意をついて突然に話しかけられて俺は飛び上がった。
暗闇の中から静かに、そして居眠りから覚めたとでもいうように意外そうな声がかけられて少したじろいでしまった。
ここに人がいるとは思わなかったし、耳にしたのはまるで死人のような声だった。
ある意味、こういう国では生物としては生きていても、心は死人同様である人間も少なくはないのだろうが。
「びっくりしたな。いきなり脅かさないでくださいよ。
人がいたんですね、何故灯りを点けないのです?」
「客も来ないのになぜ灯りを点ける必要があるという。
私に灯りなど必要はない。お前は何者だ」
ああ、どうやらこの人には俺の容姿を判別する能力はないようだった。
冒険者は闇の中でも視る事ができる者が多い。
暗いから見えません、で務まるような商売ではない。
そんな寝言が許されるのはあれこれと金に飽かせて持ち歩いていたり、必要ならば作らせてしまったりできる俺みたいな勇者くらいのものだ。
しかし、この人は多分目が見えないのだろう。
雰囲気というか、空気でそれがわかる。
「俺は勇者カズホ。
ヨーケイナ王国から来たのだ。
ここで少し訊ねたい事があってやってきた。
あなたは?」
「勇者とな。
そうであったか、して何用であるのか。
この国には勇者などは長く留まらぬ方がよい」
ああ、そいつはなんとなく、いろんな意味でわかるのだが、俺には二つの理由があるのだから帰ってしまう訳にはいかない。
「ここは何故このように寂れているのです。
いくらなんでも、昨今の魔王軍が世界を跋扈する事情の中で、この首都でこれはありえないと思うのですが」
だが、その人物は自嘲するかのように嗤った。
「かつて、このギルドも素晴らしく賑わっていた時代はあったさ。
だが王政が倒されて、時代は変わった。
碌に外で活動もできない冒険者などいても仕方あるまいに。
ましてや、自由の世界へと出ていけた幸運な冒険者が二度とここへ戻らないとあってはな」
そこまで酷かったのかあ。
まあ半ばは予想できていたのだがなあ。
俺は半分わかっていた答えを彼に訊いてみた。
「ここに勇者の女の子二人組のSSSランク冒険者がやってきませんでしたか。
俺と同じでヨーケイナ王国ビトーの冒険者ギルド所属なのですが」
「知らぬ。
ここへは、この五年間でお前が初めて外から来た訪問者だ」
おっと、そいつはまた。
では、あの二人はここまでも来られなかったとみるべきだろうか。
「そうですか。
他の街の冒険者ギルドも、ここと同じような?」
「指導者、共和国総帥の権威のため、魔物は共和国軍が片付けるという建前になっている。
冒険者ギルドは、その妨げになるとして彼に排撃されたのだ。
今ではもうどこにも真面に機能しているギルドは残ってはいまい。
実際には何が出ようが軍は動かず、その軍人全員が総帥の私兵となっており、そのようにはなってはいないがな。
魔物が暴れても軍は一切出動しない。
民は心の中で嘆くばかりよ」
それじゃ、彼女達がここよりも先に進んでいたとしてもギルドでの支援は得られないのか。
他の国の冒険者ギルドへも、こういう実態はよく伝わっていないのかもしれないな。
何しろ外部と隔絶してしまっているのだし、俺や彼女達のように特別に用がない限りは、冒険者など誰もここへはやってこないのだろうから。
「となると、二人の勇者はやはり国の入国ないしは、この首都での入り口で何かあったと考えるべきなのかな」
「もし勇者が通常の手段で国境を通り、この国へやって来たというのであれば、この街までも辿り着けたかも怪しい。
おそらく勇者など、勇者の子孫を名乗るこの国の総帥にしてみれば、自国を危うくするだけの存在に過ぎない。
何故なら、彼らは勇者の子孫などではないからで、現役の勇者と比べられればそれはすぐにわかってしまうはずだ。
そしてその力を総帥も欲しているから、彼の者は勇者にとってはいろいろな意味で危険なのだ」
あっそう。そういう話~。
じゃあ本物に来られたら比べられちゃうし、あまりよくないのかな。
というか、呼ばれてもいないのに正面から入国したら事故などに見せかけられて殺されていてもおかしくない状態なのだろう。
決定だな。
彼女達は入り口で捕まって、何らかの理由により拘束されたかして宝珠も取り上げられてそれっきりなのだ。
多分、何らかの理由で逃げ出せないのだろう。
まともに戦えば彼女達が勝つのはわかりきっているので、多分危害は加えられていまい。
多分、彼女達の方からも何かの理由で困っていて実力行使に出られないのだ。
もしかすると、日本の伝説にあるような羽衣の天女みたいな事になっている可能性がある。
あるいは騙されて何かを一服盛られて不覚を取ったなどという場合もあるのかもしれない。
やれやれ、どうやら救援隊が必要なようだなあ。
「ありがとう、なんとなくわかってきた。
ところで、あなた様はどなた?」
「わしは、かつてここのギルドマスターだった者だ。
今はただ、ここでこの国の多くの民同様に朽ち果てるのを待っておるのみだ。
若者よ、行くべき場所があるのなら早く行きなさい」
「ありがとうございます。
それでは失礼いたします」
それっきり、冒険者ギルドのギルマスを名乗る、その死んだような声以外は容姿も定かではない、この国最後のギルマスの声は聞かれなかった。
扉は軋みを上げながら、そのまるで何年も放っておかれたかのような封印を解いた。
これが首都にある冒険者ギルドの本部なのだと?
「ありえない」
俺はヨークの、あのプチパレスのような権勢を思い出して、思わずそう呟いた。
「暗い」
広めの空間には灯りがついていないのだ。
消エネ? いや違う。
年末年始の長期休暇の後で、冬のオフィスへ朝一番に出勤したかのような底冷えするように冷えた空気が、そこが今は殆ど使われていない場所なのだと物理的に示していた。
「誰もいないのかな。
もしかして、ここは既に廃棄された施設なのか?」
「誰だ、ここへ何の用だ」
誰かがいる事が予想できないような無人の空気の中で、不意をついて突然に話しかけられて俺は飛び上がった。
暗闇の中から静かに、そして居眠りから覚めたとでもいうように意外そうな声がかけられて少したじろいでしまった。
ここに人がいるとは思わなかったし、耳にしたのはまるで死人のような声だった。
ある意味、こういう国では生物としては生きていても、心は死人同様である人間も少なくはないのだろうが。
「びっくりしたな。いきなり脅かさないでくださいよ。
人がいたんですね、何故灯りを点けないのです?」
「客も来ないのになぜ灯りを点ける必要があるという。
私に灯りなど必要はない。お前は何者だ」
ああ、どうやらこの人には俺の容姿を判別する能力はないようだった。
冒険者は闇の中でも視る事ができる者が多い。
暗いから見えません、で務まるような商売ではない。
そんな寝言が許されるのはあれこれと金に飽かせて持ち歩いていたり、必要ならば作らせてしまったりできる俺みたいな勇者くらいのものだ。
しかし、この人は多分目が見えないのだろう。
雰囲気というか、空気でそれがわかる。
「俺は勇者カズホ。
ヨーケイナ王国から来たのだ。
ここで少し訊ねたい事があってやってきた。
あなたは?」
「勇者とな。
そうであったか、して何用であるのか。
この国には勇者などは長く留まらぬ方がよい」
ああ、そいつはなんとなく、いろんな意味でわかるのだが、俺には二つの理由があるのだから帰ってしまう訳にはいかない。
「ここは何故このように寂れているのです。
いくらなんでも、昨今の魔王軍が世界を跋扈する事情の中で、この首都でこれはありえないと思うのですが」
だが、その人物は自嘲するかのように嗤った。
「かつて、このギルドも素晴らしく賑わっていた時代はあったさ。
だが王政が倒されて、時代は変わった。
碌に外で活動もできない冒険者などいても仕方あるまいに。
ましてや、自由の世界へと出ていけた幸運な冒険者が二度とここへ戻らないとあってはな」
そこまで酷かったのかあ。
まあ半ばは予想できていたのだがなあ。
俺は半分わかっていた答えを彼に訊いてみた。
「ここに勇者の女の子二人組のSSSランク冒険者がやってきませんでしたか。
俺と同じでヨーケイナ王国ビトーの冒険者ギルド所属なのですが」
「知らぬ。
ここへは、この五年間でお前が初めて外から来た訪問者だ」
おっと、そいつはまた。
では、あの二人はここまでも来られなかったとみるべきだろうか。
「そうですか。
他の街の冒険者ギルドも、ここと同じような?」
「指導者、共和国総帥の権威のため、魔物は共和国軍が片付けるという建前になっている。
冒険者ギルドは、その妨げになるとして彼に排撃されたのだ。
今ではもうどこにも真面に機能しているギルドは残ってはいまい。
実際には何が出ようが軍は動かず、その軍人全員が総帥の私兵となっており、そのようにはなってはいないがな。
魔物が暴れても軍は一切出動しない。
民は心の中で嘆くばかりよ」
それじゃ、彼女達がここよりも先に進んでいたとしてもギルドでの支援は得られないのか。
他の国の冒険者ギルドへも、こういう実態はよく伝わっていないのかもしれないな。
何しろ外部と隔絶してしまっているのだし、俺や彼女達のように特別に用がない限りは、冒険者など誰もここへはやってこないのだろうから。
「となると、二人の勇者はやはり国の入国ないしは、この首都での入り口で何かあったと考えるべきなのかな」
「もし勇者が通常の手段で国境を通り、この国へやって来たというのであれば、この街までも辿り着けたかも怪しい。
おそらく勇者など、勇者の子孫を名乗るこの国の総帥にしてみれば、自国を危うくするだけの存在に過ぎない。
何故なら、彼らは勇者の子孫などではないからで、現役の勇者と比べられればそれはすぐにわかってしまうはずだ。
そしてその力を総帥も欲しているから、彼の者は勇者にとってはいろいろな意味で危険なのだ」
あっそう。そういう話~。
じゃあ本物に来られたら比べられちゃうし、あまりよくないのかな。
というか、呼ばれてもいないのに正面から入国したら事故などに見せかけられて殺されていてもおかしくない状態なのだろう。
決定だな。
彼女達は入り口で捕まって、何らかの理由により拘束されたかして宝珠も取り上げられてそれっきりなのだ。
多分、何らかの理由で逃げ出せないのだろう。
まともに戦えば彼女達が勝つのはわかりきっているので、多分危害は加えられていまい。
多分、彼女達の方からも何かの理由で困っていて実力行使に出られないのだ。
もしかすると、日本の伝説にあるような羽衣の天女みたいな事になっている可能性がある。
あるいは騙されて何かを一服盛られて不覚を取ったなどという場合もあるのかもしれない。
やれやれ、どうやら救援隊が必要なようだなあ。
「ありがとう、なんとなくわかってきた。
ところで、あなた様はどなた?」
「わしは、かつてここのギルドマスターだった者だ。
今はただ、ここでこの国の多くの民同様に朽ち果てるのを待っておるのみだ。
若者よ、行くべき場所があるのなら早く行きなさい」
「ありがとうございます。
それでは失礼いたします」
それっきり、冒険者ギルドのギルマスを名乗る、その死んだような声以外は容姿も定かではない、この国最後のギルマスの声は聞かれなかった。
応援ありがとうございます!
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