オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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事後報告されてしまった

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「は……?」

 部下からの報告を聞いた王妃と国王は、二人仲良く揃って硬直した。
 息子、もといミハエルが、卒業パーティーの予行練習の、よりにもよって生徒が勢ぞろいしているときに、婚約破棄を突きつけた。
 しかも相手はシェリアスルーツ家令嬢で、自分から婚約を望んで無理矢理に側に置いていた、ライラック(フローリア)。

「ミハエルは…馬鹿になったのか?」
「陛下、わたくしと陛下の子が馬鹿などと!」
「自分から婚約したいと駄々をこね、心底嫌そうにしていたシェリアスルーツ侯爵令嬢に対して権力を振りかざして無理矢理王太子妃候補にしただろうが。馬鹿と言わずに何という?」

 何を今更言う、とでも言わんばかりに国王は呆れ顔を王妃に向けた。

「お前も揃って、自分の立場をフルに活用してシェリアスルーツ侯爵令嬢に婚約者の任を押し付けたであろう」
「ミハエルが、あの子がライラック嬢を望んだから!」
「で、挙句の果てに望んだ当の本人は浮気をして、他に乗り換えた、と」
「う、浮気だなんて!」

 呆れ顔のまま呟いた国王が語った真実に、王妃はぐうの音も出ない。
 いやあの、それは、と色々な弁解をしようとしているが、できるわけも無い。

「単なる婚約解消を望むのであれば、まぁどうにかできたが…自分から不貞の証拠を皆の前でお披露目してから婚約解消できると、誰が教えた?」
「教えるわけございませんでしょう?!」
「実際問題、あいつはやらかしただろう」

 どす、ざく、と国王から言葉の杭が凄まじい勢いで飛んできて、王妃に突き刺さってしまう。

「ライラック嬢を無理に繋ぎ止めようというのが、そもそも無理な話だったのだ」
「で、でも、ライラック嬢とて嫌とは」
「言えるか、馬鹿者。言えないように圧をかけたのはお前とミハエルだ。あの後、わたしは姉上から相当絞られたぞ」
「姉上……まさか、第三王女様ですか?!で、でも、あの方には何一つ関係ないではありませんか!」
「関係ないわけないだろう。姉上が誰よりも信頼する護衛騎士の娘を、無理に王太子妃にさせたのだからな。どうしてもっと反対しなかったんだ、馬鹿弟、と。何かあった場合、姉上は嫁ぎ先の国へとシェリアスルーツ家を呼び寄せ保護する!と、とてつもなくお怒りだ」
「な、何ですって!」
「現在進行形だ」
「は?!」

 思いもよらない事実に、王妃ジュディスは蒼白になる。
 既に他国に嫁いだ第三王女とこの国王は、年齢的には国王であるジェラールが弟で、母親が違えどは仲が良いのは知っていた。
 仲が良いけれど、まさかここまで釘を刺されるほどに仲が良いとは思いもよらず、更には元護衛騎士であるルアネとも第三王女が仲が良いだなんて思わなかったのだ。

「嘘でしょう…?」
「嘘でこんなこと言うわけがないだろう…」
「で、でも、まだ正式に婚約破棄をしたわけでは!」
「仮に婚約破棄…この場合は、解消になるのか。王族が発言を取り消し、コロコロ意見を変えて、誰が着いてきたいと思う。今回のケースだと、こちらから一方的な婚約を結ばせておいて、それを不要だと言って相手の気持ちも何も考えずに解消…か、破棄か。横暴が服を着て歩いているようなものだな」

 あ、と力無くジュディスは呟いてガタガタと震え始める。
 せめて婚約破棄をしたいのであれば、もう少し早めに…はそうなのだが、場所を考えるべきだ。
 いやそれ以前に親でもあり国王夫妻である自分たちに何の相談もなく、ある意味暴走気味に突っ走ってしまったミハエルに対して脱力した。
 だが、今更だしどうしようもない。取り消しにしても『やっぱこの前のなーし!』とか出来るわけも、言うことができるわけもない。

「あの子は…何を考えて…!」
「ミハエルのことは今はどうでもいい」
「どうでもいいですって?!」
「シェリアスルーツ家には相当な詫びが必要になるだけではなく、ライラック嬢に対しての損害補填も必要になる」
「どうして!」
「無理矢理婚約者にしただけではなく、お前も含めて王家に振り回されたのだぞ」
「そ、それは、でも、ライラック嬢も喜んで…」

 ジト目のジェラールは、ジュディスの目を見て、ぽそ、と問いかけた。

「彼女が本当に喜んでいるように見えたことはあるか?」
「…………」

 一切、喜んでいないし嬉しそうにもしていなかった、ように思える。

 いくら前向きに思い返したところで、ライラック、もといフローリアは一回たりとも喜んでいないし、嬉しいとも言っていないし、王家の晩餐会に呼ばれたときもハンコのような対外的な笑顔を貼り付けて対応はしていたけれど、心底興味がなさそうにしか見えなかったことを、ジュディスは今更ながら思い出す。

「ない、ですわね」
「ないだろう」

 国王夫妻はどんよりと落ち込んでしまう。
 恐らく、『普通』の貴族の令嬢ならば、王太子妃を目指す人の方が多いとは思う。
 憧れの存在であり、普通になろうと思ってなれるものではないからこそ、適齢期の王子がいて、その王子が王太子たる可能性が少しでもあれば、我が、と手を挙げる。

 だが、ライラックはあの婚約者として宣言された場で、涙を流して喜ぶでもなく、満面の笑顔を浮かべるでもなく、一瞬だけ見せた苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
 アルウィンとルアネも娘のその顔を隠そうと必死ではあったが、幸いにしてミハエルは気付いていなかった。気付かなかったことが幸せだったかもしれない。

「……どうしたら……」
「どうにもならん。ミハエルめ、どうしてことを起こす前に我らに何も相談しなかった……。だが……」

 ジュディスは、はっと思い当たって震える手を口にあてる。

「まさか、あの子……わたくしがどうにかすると、思って…」
「いるだろうな」

 ジュディスの言葉を聞いたジェラールは、迷うことなく頷いた。
 これまでも、何やかんやでジュディスが色々と手を回してどうにかしてしまっていたから、今回も恐らくミハエルは当てにしている。

「王太子教育はつつがなく終了したから、次は国王となるべく帝王学を、と思っていた矢先に…」
「これまで、君は散々ミハエルを甘やかしていたからな。ツケが回ってきた、ということだ」
「陛下だって!」
「俺がいつあれを甘やかしたんだ?」

 ジェラールはミハエルを、甘やかしてなどいない。
 ミハエルの後押しをしまくったのは、息子を溺愛していた王妃であるジュディス。
 こちらが無理矢理に、王太子妃候補の役割を押し付けたお詫びとして、ジェラールはフローリアの味方でい続けようと、様々な形で努力をしてきた。
 フローリアもそれを理解していたから、どうにかこうにかギリギリ耐えてくれていたし、『陛下の顔に泥を塗るわけにはいかない』というたった一つの理由で持ちこてえていたけれど、それももう無くなってしまう。

「で、でも!」
「お前がどれだけミハエルに対して盲目的なのか、今更理解した」

 慌ててジュディスは思考を巡らせ、ハッとした。
 ミハエルはいつもいつも『母上、父上が酷いのです!』と、何かでつまづく度にジュディスのところに泣きつきに来ていた。王太子だから厳しく教育しているのだと思っていたけれど、ミハエルが『父上はいつもいつも俺とライラックを比べます!』という言葉だけで、なんて酷いことを!とジュディスも一緒になって憤慨していた。

「あ、の」
「ジュディス、お前は一人息子だからとミハエルを甘やかしすぎだ。そして、ミハエルの言葉を疑うことも何も、して来なかった」
「……あ」
「だからせめて、婚約破棄ではなく、解消に向けての手続きを進めるべきだ」

 わが子可愛さのあまり、判断を誤っていた。
 ぐ、とジュディスは唇を噛み締め、フローリアを手放したくはないと思いながらも、せめてもの償いを…と頷くことしか出来なかった。

 なお、婚約破棄する!とミハエルが宣言してから全て当日内の出来事である。恐らく宣言した張本人は、ここまで話が深刻になってしまったとは思いもせず、可愛い可愛いと溺愛しまくる伯爵令嬢と逢瀬を重ねていることは、王家の影により追加報告され、ジュディスはその報告によりばったりと倒れ、寝込んでしまうという更なるトラブルを引き起こしてしまったのだが、本人は知る由もなかった。
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