国王ほど不自由なモノはない

榎本 ぬこ

文字の大きさ
34 / 41

さんじゅーよん

しおりを挟む


 何事もなかったようにリオンは執務室を出ていき、リゼは一人頭を抱えていた。
「いやまぁ、何ていうの?別に気にしなかったらいいよね?何も求めてないって言ってたし!!」
 独り言にしてはやけに大きい声で、リゼは今日一番長いため息をついた。何故だ、何故こうなってしまったのだ。リオンはノーマルだったはずだ。
 昔、リオンが少し女遊びをしていたことをリゼは知っている。リオンに抱かれた女は可哀想なことに、その気もない彼に溺れ、失恋に身を焦がしていたという。
(そういえば女が骨抜きになったとか言ってたっけ)
 リゼがいることに気が付いていたならば女たちもそんなはしたない話をしたりはしなかっただろうが。

 護衛もそこそこに、リゼは執務室から出た。そこでまたゲンナリしそうになる。
「…ユリス」
「陛下!」
「……ユリス様、早く参りましょう?」
 二人でどこか行くのか、ファリムは勝ち誇ったような笑みを向けてくる。
「どちらへ?」
「…ユリス様と街を見て回るのです。なにか?」
「…へぇ」
 ユリスこの野郎。こっちは仕事に恋愛にで悩んで頭を痛くしているのに、お前はソイツとデートですか。そうですか。
「ユリス様から誘ってくれたんですよ」
 ニコニコと悪意しか感じない笑みのファリムに、それを否定しないユリス。もう面倒だ、と何かがプツリと切れた。
「そうですか。では、お気をつけて」
 相手にするのも疲れるし、いちいち嫉妬したりするから悩みが増える。
(ていうか俺、本当になんでユリスに執着してたんだっけ…)
 その時リゼに自覚は無かったが、極限まで疲れていた。そしてリゼの悪い癖である。疲労がピークに達すると、全てがどうでもよくなるのだ。そして
 正気に戻ったときに後悔するのだが、そんなこともリゼは忘れ、いつの間にか王妃宮へと足を踏み出していた。



 王妃宮まで行ったものの、キャロルに会うことなく、リゼはまた執務室へと戻っていた。まだ仕事がたんまりと残っていることを思い出したからだが、執務室には何故かリオンがいた。
「帰ったのかと思った」
「仕事がまだ残ってるんで。書類を部署に届けただけですよ」
「そう」
 リオンは何か言いかけたけれど、言葉を止める。リゼもいつもなら突っ込まないのに、その時ばかりは聞いてしまった。
「なに?言いたいことあるならちゃんと言えよ」
「…生意気になったものだ」
「元からですけどね」
 するとリオンは遠慮がちに切り出した。
「さっき、皇太子と話していたけど」
「…見てたのか」
「……行かせて良かったのか?」
「いいんじゃねぇの。俺に聞くな」
 淡々と返して凄まじいスピードで判子を押し続けるリゼに苦笑しながら、リオンは立ち上がった。
「少し休んだらどうだ?」
「…まだやれる」
「疲れているだろう」
 疲れる?このくらいで?
 俺は国王なんだから、このくらいで疲れたりしない。俺はもっと完璧に、もっとちゃんと、仕事も、もっともっと頑張らないと。努力しないと、存在する意味がない。誰にも認めてもらえない。もっと頑張らないと、大切なものを守れない。
 けれど大切なものが何なのか、もう分からない。我慢して、我慢して、それでもまだ我慢して。疲れてもやることはまだまだ残っていて。
「じゃあどうすればいいんだよ!!!」
 問題は増え続ける一方で、自分のことまで臣下に口を出されて。
 子供の問題も、側室の問題も、飢饉の問題も、領地の問題も、貴族のいざこざも、全部。
「何も望んで、王家に生まれた訳じゃないっ…!」
 それでもやっぱり王になると決めたのは自分で。
 じゃあ俺はどうすれば良かった。ただ自分を見て欲しかった。忘れてほしくなかった。ユリスを、人を、他人を、こんなに好きになったのは初めてで。
「守りたいものも分からない、分かっていても何も守れやしない、自分だって、そうだ」
 いつ殺されるかも分からない恐怖に怯えながら、もう長い間ちゃんと眠れない。
「俺は一人じゃ何もできない…!」
 自分がこれほど無力だったなんて、知らなかった。だって、だって。
「俺は、父上に守られて、今こうして生きてるんだ…」
「…陛下の死はリゼのせいじゃない」
「違う、俺のせいだ」
 先代の国王の死の真相を知っているのは、リゼと、ほんの一握りの重臣たちだけだ。
「俺は、父上に守られて、重臣に守られて、一人じゃ何もできない」
「そんなことはない。リゼは立派に…」
「全部俺が悪いんだ…」
 この国の歴史書に、先代の国王の死は[病死]てあると記録された。けれど本当は違う。
 リゼを守ろうとして、代わりに刺客に殺されたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...