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どうやら貴女の巣立ちは遠い様なので

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じゃあ、残りの8割はどういう意図なんだろう?疑問に思って正面のミスティコさんを見ると、彼は腕を伸ばして私の左頬をそっと撫でた。くすぐったくて「ふっ」と思わず声が漏れた。

「『オオトリ』は吉祥の前触れや『繁栄』の象徴と言われています」

もう一度、ミスティコさんが頬を撫でるが、今度は耳の辺りまで爪で引っ掻く様に刺激されて、今度は「ひゃっ」と肩が跳ねる。

「に、似た様な事を聞いた気がします・・」
「その『オオトリ』と縁を結びたい、と思う者が大勢居る事は自然な事。ご理解いただけますか?」
「はい、気持ちは理解できますけど、オオトリが幸運を運ぶとか、それってあくまで『言い伝え』であって『事実』じゃないですよね?」

私はくすぐったさを逃そうと肩を竦める。ミスティコさんは今度は肩の辺りをゆるりと撫でると名残惜しそうに手を引っ込めた。

「確かに『事実』ではないかもしれません。しかし長い年月を経て来た『言い伝え』は、念や怨を持っているのです。一朝一夕の噂とは違います」

何だか分かる様な分からない様な。私の世界で言う所の昔から有るジンクスとかそう言う感じなのだろうか。私は「はぁ」と曖昧に相槌を打つ。

「今はアルケーが貴女と『婚約』と言う形で縁を結んでますが、それは言い伝えに基づけば『神殿の繁栄が約束された』と見做されます」

わー凄い、オオトリって物凄いパワーを秘めた招き猫や四葉のクローバーみたい・・とか呑気に考えている場合じゃ無い!
私のあずかり知らぬ所で、勝手にそんな認識がされていたとは・・焦りと興奮が入り混じり、腰を浮かせ強い口調で抗議する。

「え!ちょっと待って下さい。勝手にそんな・・!私に繁栄をもたらすだとか、そんな大層な力、有りませんよ!」
「知っています。けれど貴女が持っていようが、持っていまいが関係無いです。存在そのものが『奇跡』に近い。『居る』だけで充分価値が有る」

わ、私って自分で思っていたよりも、こちらの世界では厄介な存在なのかもしれない。元の世界では単なるブラック企業に勤める社会人だったのに。
ソファにどさりと腰を下ろすと自分の胸の辺りを押さえた。手の平にじっとりとした汗をかいているのに気付く。傍に有ったナプキンで手の平を拭うとそれを握りしめた。

「その・・存在だけで価値が有るって、それって、裏を返せばある意味とても危険と言う事ですよね?」

歴史の教科書や時代小説で読んだ、存在が崇められた人物の悲劇的な末路が甦り、背筋がぶるりと震える。

「そうです。残念ですが、貴女と言う存在は政争の火種になりかねない。貴女が神殿に付けば、王族や貴族との衝突もあり得ます」
「・・そんな」

頼んでも無いのに召喚されて、私が政争の種になりかねないなんて・・。バシレイアーの中枢を滅茶苦茶にしかねない、そんな未来が有り得るなら、オオトリとか居ない方が平和じゃないか。そんな物騒な異世界人を召喚するなよ、と心の中で毒づく。
私はナプキンを握った拳に力を込める。ミスティコさんは立ち上がると、私の隣に座り直し、そっと私の拳に自分の手を添えた。
アルケーさんとは違うミスティコさんの香りがふわっと薫る。

「こちらに来たのも、争いの種になりかねないのも、オオトリ様の本意では無いのに・・すいません」

何でミスティコさんが謝るんだろう。そう思いながら、私は自分とミスティコさんの手に視線を落とす。ミスティコさんの手が僅かに震えている様な気がしたが、多分震えているのは自分の手の方だ。
この震えは、余計な荷物を背負わされた様な気持ち、苛立ちや焦りの所為だろう。
私は自分を落ち着ける為、一つ深呼吸をする。ミスティコさんの香りが鼻腔をくすぐった。この香りのお陰が少し気持ちが落ち着いた。

「・・ふぅ。・・その、私、どうしたら良いんでしょうか?アルケーさんとの婚約は破棄した方が良いんですか?」
「俺は何度も言ってますが、賛成している訳では無いので破棄しても良いと思っていますが、貴女はそうでは無いんですよね?」

私の意思を確認する様に、添えられたミスティコさんの手に力がこもる。

『貴女はそうでは無いんですよね?』

ミスティコさんの言葉を反芻する。

アルケーさんに流されまくってしてしまった「婚約」だけど、いざ「婚約破棄」の可能性が出て来ると「婚約破棄したくない」と言う気持ちが湧いて来る。
多分、それが私の答えだ。

「・・出来たら、このままが良いです。でも、それで大丈夫なんでしょうか?」

私は隣のミスティコさんに身体を向けた。ミスティコさんは眉間に皺を寄せて、口をへの字にしている。機嫌が悪い、と言うよりは困っている様に見える。
ミスティコさんは「うーん」と呻く様に小さく呟いてから口を開いた。

「2割の『婚約破棄』の可能性の話は済んだので、残りの8割の話をしましょう。どうやら貴女の巣立ちは遠い様なので」

そう言うと、ミスティコさんは私の手から自分の手を離し、ポケットから眼鏡を取り出した。

「北との婚約の継続が可能かどうかだけ言えば可能です。しかし、北の副司祭との婚約はあくまで便宜上、と言う体裁でお願いします」
「それで王族の皆さんや、貴族院の方には納得して貰えるんでしょうか?」
「さぁ、どうでしょう?それは貴女や、北の副司祭の態度次第でしょう。男女の関係には独占が付き物です。独占とは非常に甘美なのものですが身を滅ぼしかねない」

ミスティコさんはそう言うと肩を竦めた。

「それってつまり、第5王子や、これから決まるトマリギ候補を受け入れろって言う事ですよね?」
「簡単に言うとそうですね。アルケーは嫌がるでしょうが」
「でも、そうしないと面倒な事になる・・」
「えぇ、非常にとても面倒な事態になると思います。いや、面倒と言うより悲劇かな?」

面倒と言うより悲劇、嫌な響きだ。なのに、ミスティコさんはおどける様な口調だった。思わず私は眉間に皺を寄せる。すると、ミスティコさんが鼻先が触れる位の距離まで顔を近付けて来た。
私は驚いて後ずさるが、その分、またミスティコさんが距離を詰めて来たので、結局ソファの端まで追い詰められてしまった。
私がわたわたしている間に、ミスティコさんはお互いの呼吸が混じる位の距離まで近づくと「貴女に問題です」と口を開く。

「オオトリが一本のトマリギでしか羽を休めなくなりました。どうすれば、オオトリを他のトマリギへ誘う事が出来るでしょうか?」
「えっと・・ほ、他のトマリギも魅力的なトマリギになれば・・良いと思います」
「はは、非常に建設的な回答ですね。だけど不正解」

「不正解」と言ったミスティコさんは私の耳元に唇を寄せ、囁く様に「正解」を口にした。彼の言う正解に背筋から首筋に掛けて逆毛立つ。

「オオトリのお気に入りの『トマリギ』を折って止まれなくしてやれば良いんです。簡単な事でしょう?」
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