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帰って来たら、約束は守ります

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丁度、メイクが終わった頃・・って言っても神殿の方で用意して貰ったメイク道具はそんなに種類も無かったのでぱぱっと済んでたんだけど。ミスティコさんが「どうですか?」とドアの所から聞いて来た。

「あ、今、終わった所です」

私はそう返事してドアを開け、ミスティコさんと向かい合う。

「あの、どうですか?変じゃありませんか?」

目の前のミスティコさんに聞いてみる。アルケーさんから感想は貰ったんだけど、親の欲目って言うか恋の欲目で認知が歪んでいる可能性も有る。「似合っている」と言ってくれたアルケーさんには申し訳無いがイマイチ本当に似合っているのか自信が持てない。
ミスティコさんは、いつもと違う私の格好に一瞬、驚いた様に見えたが、すぐに元の表情に戻り一歩引いて私の服装を頭のてっぺんからつま先まで確認した。

「・・とても良くお似合いです。アルケーもそう言ったのでは?」
「え、まぁ・・」

私は曖昧に返す。な、何でこのタイミングでアルケーさんの事が出て来るんだろう。

「はは、アレの言葉が信用なりませんか?まぁ、北のは神官の癖に良く嘘を吐きます。しかし貴女に対しては誠実なトマリギです」

ミスティコさんは続けて「自信を持って王宮に向かいましょう」と言い、私を勇気づける為なのか私の手をぎゅっと握った。私も頷く。
私達の様子をリビングから見ていたアルケーさんが「良く嘘を吐くは余計ですし、手を握る必要も無いでしょう」とぶつぶつ文句を言う。その様子に少しだけ笑ってしまう。

「・・帰りは遅くなる。一応、言っておくが絶対に王宮までオオトリ様を迎えに来るなよ。色々面倒な事になるからな」

出掛ける直前の玄関でミスティコさんがアルケーさんに釘を刺す。アルケーさんは笑顔で「勿論です」と答えたが、笑顔が少し引き攣っている様な気がする。
私も「え、遅くなるの?」と内心驚く。前回、王子と会った時は何やかんやは有ったけど、あっという間にお開きだったから今回もそんな感じだと思っていた。そんなに話す事なんて無いんだけど。
ミスティコさんは、アルケーさんに言いたい事だけ言ってしまうと私の方に向き直り、気を利かせてなのか「俺は入り口の所で待ってますね」と言い、スタスタと出て行ってしまった。
ミスティコさんが行ってしまうと、私とアルケーさんの間に沈黙が流れる。あんまりミスティコさんを待たせる訳にはいかないので、私は精一杯笑顔で「行って来ます」とアルケーさんに告げる。

「・・行ってらっしゃい。気を付けて」

アルケーさんが私にふわり微笑む。無理をしている様にも、悲しそうにも見えない事に少し安心すると同時に、視線を逸らさず見詰めて来る琥珀色の瞳に、私は何故だか胸の辺りが苦しくなる。この胸の辺りに広がる感情は、他の人に会いに行く事への後ろめたさなのか、アルケーさんに対する罪悪感なのか。
色々な感情を振り払う為に、私はアルケーさんの右手の指先にそっと触れた。

「あの・・ですね・・帰って来たら、約束は守ります」
「・・はい」

アルケーさんは指を絡ませたまま、一言だけ答えた。その声は柔らかくて温かくて・・たった一言なのに、アルケーさんの気持ちが伝わって来た。
私は絡めていた指先を離す。アルケーさんがしっかり『トマリギ』としての役目を果たすなら、私も『オオトリ』らしくしないと。私はアルケーさんに小さく手を振って玄関を出た。
玄関の扉の前で一つ深呼吸をして、頬を両手で一度叩いた。

「・・私もしっかりしなきゃ」

気持ちを切り替えて、速足で建物の入り口へ向かう。

「お待たせしてすいません」

私は入り口付近で手持無沙汰で待っていたミスティコさんに開口一番謝った。ミスティコさんは私の様子に大きく溜息を吐くと、私の顔周りの髪を自分の指で払った。肌に触れる指先がくすぐったい。

「折角、アレが綺麗に羽繕いしたのに・・」
「あ、すいません」

自分で整えようとすると、ミスティコさんに「却って乱れるから、俺に任せて下さい」と止められ、手早く整えてくれた。
うぅ、こんな建物の入り口で、男の人に髪を直して貰っているなんて恥ずかしいし、私は一応アルケーさんの婚約者な訳で・・。他の男性に世話を焼かれると要らぬ誤解されそうな気がする。色々言いたいが、場所が場所だ。抗議は後回しだ。

「さ、行きましょうか」

以前、第5王子にズルズル引き摺られた門の所に馬車を待たせているらしい。
ミスティコさんに付いて行くと石造りの門の所に確かに箱型の馬車が停まっていた。あの時、王子は颯爽と馬車に乗り込んで去って行ったが私は初めての経験でミスティコさんにエスコートして貰いながら乗り込む。
ミスティコさんと向かい合って、やや硬い座席に腰掛けると馬車が音を立てて動き出した。確かに馬車の乗り心地は・・以前ミスティコさんが言っていた様に慣れるまで大変そうだ。この点は帰ってから絶対にミスティコさんに相談しようと思った。
何だか落ち着かなくて、ちらっと正面のミスティコさんを見ると、こんなに振動が有るのに慣れているのか腕組みをしたまま目を閉じている。もしかしたら本当に寝ているのかもしれない。
私は小さい窓から、外の景色を観察する。考えてみたら、こっちの世界に来て神殿の外に本格的に出たのは初めてだ。外の様子を見て、まず思ったのは「思っていたよりも都会だ!」だった。
・・あぁ、神殿の外には、きちんと世界が広がっていて、きちんと人の営みが有るんだ。その事に胸が一杯になった。
『私、本当に違う世界に来ちゃったんだ』改めて、その事を実感して少し鼻の奥がつんっとなる。
感傷的になりそうな気持ちを切り替える為に、ゆっくりと通り過ぎて行く街並みに目を凝らす。建物は基本、3、4階建ての石造りかレンガ造りで、軽装の人々が行きかっていた。神殿の中はえらく静かだったから、こんなに街中に人が居るとは思わなかった。もしかしたらアルケーさんが言っていた、音を遮る魔法が神殿には張り巡らされているのかもしれない。子供が少ない気もするが、人は大勢居るのにミスティコさんの様な髪色の人は確かに見当たらない。アルケーさんみたいな肌色の人も数人見掛ける位だった。

「オオトリ様、何か気になる事でも?」

ミスティコさんに声を掛けられる。私は慌てて、ミスティコさんの方に向き直る。

「あ、いや、こんなに神殿から離れたのは初めてで珍しくて、つい夢中になってました」
「あぁ、確かにそうですね。こういう事でも無いと、鳥籠の外には出られませんね・・すいません」
「ミス・・あ、東の副司祭さんの所為じゃないですよ。謝らないで下さい」

私がそう言うと、ミスティコさんは窓の外を指差しながら目立つ建物の説明をし始めた。すぐそこのクリーム色の壁の建物は老舗のお菓子屋さん、今は見えないけど、もう少し行くと時計台が有って、その周りには定期的に市場が開かれるとか。
ミスティコさんの説明を聞きながら外を眺めていると、赤ちゃんを抱っこしている若い夫婦が目に入った。その瞬間、私は有る事を思い出した。

「あっ!そうだった・・」

大人しく説明を聞いていた私が突然、声を上げたのでミスティコさんも驚いて「うわっ」と小さい悲鳴を上げた。

「あ、驚かせてすいません!」

私が慌ててそう言うと、ミスティコさんも「いえ、こちらこそすいません」と眼鏡を直しながら謝る。悪いのは完全に私なんだけど。
『あの事』を聞くなら、ミスティコさんの説明が途切れた今だ。このチャンスに乗っかるしかない。私はミスティコさんの様子をちらっと確認し意を決して口を開く。

「あのですね・・ちょっと質問しても良いですか?」
「なんでしょう?」

ミスティコさんが首をかしげる。きっと彼は質問の内容は街中の建物の事だと思っているだろう。
こ、こんな事、ミスティコさんに聞くなんて非常に失礼だと分かっている。だから「やっぱり良いです」と言う言葉が喉元まで出掛かるが、ぐっと飲みこむ。非常に重要な事だと言う事も頭では分かっている。聞くしかない!

「・・あのですね、その・・その・・こ、この世界での、ひ、避妊の方法教えて下さいッ!」

私が後半、詰まりながらも一気に捲し立てるとミスティコさんが一瞬、読み込み中か?という位、固まった。やや間が有って、彼の中で私の話した内容が理解出来たのか身体を折って頭を抱えた。

「・・昨夜、アルケーからは・・その事に関して何の説明も無かったんですか?」
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