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葛藤

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衝動を抑える自信はあったはずなのに、気がつくとシーツを剥いで裸の水森を押さえつけるように上に伸しかかっていた。
後藤の血走る目をいつの間にか結っていた髪がほどけて隠している。
何の思惑もなく動く後藤を見るのは初めてかもしれない。水森はぼんやりした瞳で自分の上に覆いかぶさる男をみつめた。

やがて目を閉じて横を向く顔を、指で正面に向け直してもう一度唇を重ねるが水森はされるがままだった。
息が苦しくなるくらい長い間塞がれて少し苦しそうに眉をひそめている水森がいる。

まだ傷は癒えていない。

わかっているのに止まらない。

後藤はサイドテーブルの引き出しを乱暴に開けてローションを取り出す。水森の腹から下腹部へ大量にぶちまけられた液体を後藤の指がさらに広げていった。

「…は…」
穴に指がゆっくり侵入してくる。何故か後藤を誘うように水森は足を広げた。

「止めてほしかったら言えよ。やめてくれって」

この行為を止めてほしいのは後藤自身だった。

「…いまさら……」
「…え?」
「外道が…なに言ってる……」
指の動きに反応しつつ水森は人を見下すような目で笑う。

「それもそうだな」
この感情の正体を突き止めなくても体が勝手に動く。
「あ……」
中で激しく動く指に水森が悶える。わずかに開いた唇から吐息が漏れてさらに後藤の欲を煽った。

後藤がゴムの箱に手をのばす。上の重みが軽くなり逃げるなら今が好機のはずだが、水森は窓のほうに顔を向けて目を閉じたままだった。
クッションに深く沈んだ横顔のラインが綺麗に浮かび上がる。

逃げないのは傷の痛みと体の怠さで動けなかっただけだった。

「う…っ」
覚えのある圧迫感が水森の体に入ってくる。
少しだけ目を開けると、雄の顔をした後藤が激しく動いていた。
突かれるたびに大量に垂らしたローションが卑猥な水音を立てる。ぬるっとした感触が多少痛みを押さえている気がするが、欲望に正直な後藤にだんだん怒りが湧いてくる。

その気持ちを顔に出さず、水森はされるがままになっていた。

また反撃のチャンスはあるさ。

そう思いつつ、だんだん自分の吐息が甘くなっていくのに気がつく。

「ホントに…止めてくれよ…俺を……」
後藤の動きはさらに激しくなるが、言葉は弱々しくなる。

脳裏に翔子がかすむ。

はじめは何とも思っていなかった人間が、突然孵化したように美しさをまとって現れた時から水森の苦悩が始まった。
今の後藤がその葛藤と戦っているのなら苦しかった昔の自分と似ている。そんな悩みは相手には必要ない気遣いだったと翔子を失った時に感じた。

「あ…後藤さ…ん……」

ならせいぜい苦しめ、外道が。

夢中で腰をふっている後藤を心の中であざ笑いながら、なぜか声を止められなかった。

「かわいい…水森……」
恍惚とした表情の後藤から発せられた言葉に怖気が走る。さすがにおかしいと思った時、中の圧が膨張した。
「っ…!…」
後藤の顎が跳ねる。

「おれも…、イきたい」
少し枯れた声で甘えると、いつの間にか勃起していた自身を上下に激しくこすられた。

「あ…あ……」
後藤の手に握られるそれが快楽を脳に送ると、すぐに腹の上に熱いものが飛び散るのを感じる。
「う…っ…」
ぐらついた体を肘で支えて後藤は水森の体に覆いかぶさったまま荒い息をしていた。

長い髪のせいで顔は見えない。
「ん…」
中のモノが抜かれる。素早い手つきでゴムを結んで捨てるまでの動きを、水森はうつろな瞳で眺めていた。

「その顔」
「…はい?…」
「反則だ…」
髪を耳にかけながらまだ息が整っていない後藤が呟く。

「…シャワー」
「え?」
「シャワー浴びたいんですけど…」
前の暴行から一度も体を洗っていない。今のローションまみれの体がさらに不快感を増す。
「ああ、そうか」
後藤がベッドから降りてふわりと水森を抱きかかえた。

「自分で行きますから」
「いいよ」
後藤は肘で器用にドアを開けて浴室に向かう。

床に水森を降ろしてシャワーの温度を手で確認して頭からお湯をかけてきた。
マメな奴、若い頃にヒモ経験でもあるのかなと思いつつ水森は目を閉じてぬるい湯を浴びている。
「おい、寝るな」
心地よさで体の力が抜けていき、傾いていく体を後藤の足先が抑えた。

滑り落ちる水森の体をとっさに足を伸ばして支える。
シャワーを固定して腕に抱きかかえ直して改めて顔をのぞくと、水森の意識はなかった。
何人にも犯された体を自分がとどめを刺したようなもんだ。疲労がピークなのはわかっていたのに怯えた表情を見た時、激情を止められなかった。

そして今得体の知れない罪悪感に包まれている。
体を洗い流して白Tシャツとジャージを水森に着せてソファに座らせる。それから寝室に行き血で汚れたシーツを捨てて新しいものと取り替えた。

膝を曲げて体を包むようにソファに横たわる水森を見る。
「起きろ、ベッドに行け」
声をかけてみるが反応はない。
大きなため息をついてもう一度抱きかかえてベッドに運ぶ。損得なしで人のために動くのは久しぶりで、自分の行動に笑ってしまった。

翔子チャンに対する水森の行動が理解できなかったが、これが惚れた弱みならわかる気がする。
「俺の側にいろ。ずっと面倒みてやる」
クッションを抱きかかえるように眠っている水森には独白が聞こえない。
静かな寝息が部屋を支配していた。

寝室を出て後藤はソファに座る。
水森を献上品にする計画は白紙に戻った。やはり佐伯を適当に丸め込んで物好きな連中への賄賂に利用したほうが早い。
佐伯にとって世界の全てだった長谷川はもういない。あの男と手を切るとどめの一突きは自分でやった。部屋の件でいろいろ手を貸したし、緩く関係を続けていたい。
それに佐伯が乗ってくるかはまだわからない。
電気もつけず暗い部屋で後藤はしばらく考えを巡らせて動かなかった。



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