毒姫達の死行情動

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特別警戒区域アリス 制圧戦

久遠 アリス

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 足の付け根付近まで伸びた金色の明るい髪、久方振りに光を取り込んだであろう紺色の双眸、そして色白の細い四肢。久遠アリスは、弥夜と歳も近いであろう少女だった。

「戦闘に感化されて目醒めたか。これで我々の勝ちだ柊。夜葉 茉白は最早不要となった」
 
 桐華の弾丸を受けたであろう右太腿には風穴が空いており、そこを起点として広がる黒い毒素が、右脚全体を侵食するように蝕んでいた。アリスと目を合わせた弥夜は唐突に死のイメージに犯される。圧倒的な魔力量、否、魔力という概念すら超越した何かが胸中を掻き乱した。 

「随分長いこと眠っていたみたいだけれど、目醒めはいかが?」

「……身体が重い」

 まるで幼い少女のような声だった。濡れた髪をかき上げるアリス。首を左右に鳴らし、何度か瞬きが行われる。紺色の瞳は弥夜を映し敵と認識したのか、針の如く鋭い殺意を発した。

「そう。起きて早々悪いけれど死んでくれるかな? 貴女はこの世界にってはならない存在なの」

「それは出来ない。私は全ての能力者を殺して新たな歴史を創り上げる」

「新たな歴史? 笑わせないで。この先の未来にお前は必要無い」

「それは私が決めること」

「いいから消えろよ……久遠 アリス!!」

 最期の力を振り絞り全ての魔力が放出された。空間の境界線を曖昧にするほどの魔力が虚空を泳ぎ、拡散し、弥夜を護るように纏わり付く。靴底を滑らせて体勢を低く落とした弥夜は、胴体と下半身を両断せんと断鎌を薙ぐ。だが刃が身体へと至る寸前、アリスは小さな手を弥夜へと突き付ける。螺旋を描きながら収束する漆黒。猶予なく爆ぜた魔力は前方を尽く削り取った。

「──ッ!!」

 粉々に砕け散った四肢裂きの断鎌ワスレナグサ。激烈な衝撃をその身に受けた弥夜は埋まる勢いで壁面へと叩き付けられた。衝突した勢いで壁面は亀裂を生じ、暫らくおいて小さな瓦礫が剥がれ始める。圧倒的な力の差。胸中に充満する絶望。脳内を犯す最悪の結末に、膝を付いた弥夜は為す術なく崩れ落ちた。

「アリ……ス……」

 霞む視界が、これ以上の戦闘は死を招くと警鐘を鳴らす。それでもなお立ち上がることを試みる弥夜。地面を引っ掻く指先が裂け、噛み締められた下唇からは一筋の血液が流れ落ちた。

「此処で退いたら……戦って来た意味が無いんだよ……」

 妹の仇を討ってくれた夜羅、道を抉じ開けてくれた瑠璃、身体を蝕む毒に抗う茉白。

 その誰しもに示しが付かない。

「明けない夜は無いと……その答えを示さなきゃならないの」

 弥夜を歯牙にも掛けないアリスは、表情一つ変えずに建物の外へと向かう。素足での歩みは装置より漏れ出した液体を踏み、ひたひたと不気味な音を奏でていた。

「ねえ、待ちなよ……」

 ここを通してしまえば全てが終わる。外で戦う瑠璃の元へ行かせる訳にはいかないと、言うことを効かない身体を無理矢理に律した。身体中を滴る深緑の血が照明に照らされて光沢を帯びる。まさに満身創痍。それでいてなお、両の脚はしっかりと地を踏み締めていた。

「貴女では私を止められない。所詮は無駄な足掻きに過ぎない」

「いいからおいでよ。ねえ、私とろ? 久遠 アリス」

 目を細めたアリスは先程と同じく腕を突き出す。放たれた漆黒の魔力を側方へ躱した弥夜は、小細工抜きで直線的に距離を埋める。心臓目掛けて突き出された脇差が宙を切った。身体の右半分を後方へ引いて、半身を捻ることでやり過ごしたアリスは、体勢を崩した弥夜の頭部目掛けて左脚を振り上げる。即座に腕を交差して防御体勢を取った弥夜。腕に迸る衝撃が身体の芯へと伝わり、骨にひびが入ったような歪な音が脳裏に響いた。

「何故、そこまでしてこの世界を護ろうとするの」

「護る? 世界なんてどうだっていい。私はただ……明けない夜が無いことを証明しに来た」

「……解せない」

「解せなくていい。お前には一生解らない。黙って這い蹲ってろよ蛆虫野郎!!」

 交差した腕を押し出すことにより蹴りが弾かれる。僅かに生じた隙。即座に肉薄した弥夜は脇差を水平に振り抜いた。それはアリスの左頬を掠めて僅かな血液を滴らせる。

「えへへ、やっと一撃……!!」 

 浮かぶ不敵な笑み。瞳より漏れ出た、殺意を孕んだ銀色の残光が虚空に尾を引く。次いで振り抜かれた二撃目はアリスへと届くことは無い。脇差を躱して振り抜かれた拳が腹部を撃ち抜く勢いで穿ち、重過ぎる衝撃をその身に受けた弥夜は、地に何度も身体を打ち付けて引き摺られるように転がった。

「あ……ぅ……」

 呼吸すらままならない衝撃。手放された脇差が、まるで弥夜を喚ぶように刃を煌めかせる。「夜羅……すぐに行くからね」と苦しげに声を発しながら地を這う弥夜は、渾身の力で脇差へと右手を伸ばした。だが想いは届かない。手の甲を強く踏み付けられたことにより動作は容易く静止した。徐々に掛かる荷重に骨の軋む音が響く。

「無駄。貴女如きでは戦いにすらならない」

「頬に傷を負っておきながら強がり? 強さはともかく、内面は年相応なんだねえ糞餓鬼が」

 低俗な煽りを諸共せず、アリスは弥夜の手の甲を踏み抜いた。鈍い音が発せられ、それに伴い表情が苦痛に染まる。だが弥夜は歯を食い縛り声一つ漏らさなかった。想いも虚しく先に脇差を拾い上げたのはアリスであり、様々な角度から得物を眺め「良い武器だね」と抑揚の無い声を発した。

「夜羅に触んなよ……!!」

「そんなに大事?」

「返して……返せよ……!!」
 
「これで殺してあげる。あの世で仲良くすれば?」

 振り上げられた脇差が悲しげな色をする。まるで一筋の涙のように、刃先に付着した血液が零れ落ちた。



 ──夜羅に殺されるのなら本望。



 敵わないと知ってなお足掻き続けた弥夜は、この場において穏やかな想いを抱く。自然と閉じられた瞳。その表情に一切の恐怖心は無い。だが、双眸より伝う涙が暗闇の中で微かに煌めいていた。

「ごめんね茉白……傍に居られなくて……相方失格だね」

 振り下ろされた切っ先が弥夜の額へ突き刺さると思われたが否。暗闇を穿ちながら飛来した漆黒の蛇が、アリスの腕を喰い千切り獰猛な咆哮をあげた。地に落ちた脇差が奏でる金属音。驚愕に蝕まれたアリスは蛇が飛来した暗闇へと目を凝らす。そこに浮かぶ二つの深紫。それが瞳であることを認識したアリスは、同時に対象が距離を埋めて来た事実に鼓動を跳ね上げた。
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