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特別警戒区域アリス 制圧戦
それが相方だから
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「弥夜、そんな所で寝てたら風邪引くぞ」
突如として現れた茉白に、弥夜は声にならない声を発する。霞み始めた視界の中でも、相方の姿を見違えるはずが無かった。
「茉……白……?」
名を呼ばれた茉白が応えるようにアリスの胴体を深々と切り裂く。目で追えない速さを誇った一振りは、黒い流れ星のような瞬く光を置き去りにして反応すら許さない。一部始終を見ていた東雲もまた、地に這い蹲ったまま驚きに目を見開かせていた。
「護るって言っただろ、お前のこと。今度は……約束くらい守らせろ」
即座に後方へと飛んだアリス。自己修復の為か胴体に魔力が込められる。刀の血を振り払いながら周囲を見渡した茉白は、この場所で起こったこと全てを察したように口元を緩めた。
「さすがうちの相方だな、弥夜」
何よりも嬉しい言葉に瞳が潤む。
「でも……でもね……!!」
伝えたいことは山ほどあるはずなのに、皮肉にも喉を通らない言葉。僅かに訪れた猶予に心が昂り、弥夜は己が胸中の全てを晒す。特別警戒区域アリスへ来て夜羅を失ったこと、蓮城と、茉白を撃った張本人である桐華を討ったこと、瑠璃が助けに来てくれたこと、東雲の能力を夜羅の力で打ち破ったこと。そして──茉白の身体を蝕む毒のこと。全てが包み隠すこと無く伝えられた。
「桐華の毒から目を醒ました君が、何故自我を保っている」
「よう東雲、ざまあねえな。うちの相方に手を出すからそんな目に遭うんだ。無様に這い蹲って死んどけよ蛆虫野郎」
線状の瞳孔を持つ蛇の目が圧を放つ。冷酷な冷たさを帯びる魔力とは相反して、弥夜へと向けられる視線は温かさを含んでいた。
「毒蛇のうちが、そこらの毒に負けるかよ」
「まさか桐華の毒を取り込んだの……?」
「ああ、お陰で身体の底から力が湧く」
刀に視線を落とした茉白は何かを思い詰めるような表情を浮かべると、自己修復を終えて体勢を立て直したアリスを見据える。アリスから垂れ流されている魔力は、肌を撫でるだけで抉れてしまいそうなほどに荒く刺々しいものだった。
「うちの相方を泣かしたんだ、死ぬだけじゃ済まないぞ」
「私は久遠 アリス。この国を救い、新たな歴史を築く存在」
「救う? 笑わせんな。お前等の勝手な都合で殺戮を行うだけだろ」
「口を慎め、能力者風情が」
アリスより放たれた螺旋を描く漆黒の魔力。腕一本で軽々と掻き消した茉白は、地を這う蛇を彷彿とさせる動きで距離を埋める。風でさえ遅れるほどの速度。怒りに胸中を蝕まれた茉白は、手にした刀を首筋目掛けて薙ぎ払った。
「……遅い」
刀を止めたのは漆黒を晒す光の刃。無から顕現した刃は不規則に蠢き冷たさを帯びる。即座に二本目の刀を具現化させた茉白。身体の重心を入れ替えると同時に左右の刀が入れ替わった。
「──ッ!!」
片腕を失ったアリスは反応を遅らせるも、独りでに蠢いた漆黒の魔力が、アリスを護るように振り抜かれた刀を堰き止める。鍔迫り合いの最中、茉白の口角が大きく吊り上がった。
「うちの勝ちだ、久遠 アリス」
アリスと同じ毒をその身に受けた茉白。酷似した漆黒の魔力を刀に纏わせた彼女は、全身全霊を以て身体を前へと捻じ入れる。目が眩むほどの黒い剣閃に裂かれた虚空。何一つ障害なく振り抜かれた刀はアリスの首を容易く刎ね千切った。
「意志を持った久遠 アリスだと……」
「残念だったな東雲。デイブレイクを侮ったお前等の敗けだ」
地に転がった生首が灰と化し、制御を失った胴体が乾いた音を立てて崩れ落ちる。誰に送られることもなく、暗闇に誘われた灰が虚しく宙へと溶けていった。
「大丈夫か? 随分やられたな」
「だって……いっぱい戦ったもん……」
肩を貸した茉白は傷だらけの相方を痛ましく想いながらも頬を突っつく。「痛いよ」と微笑む弥夜は、心底嬉しそうに茉白に頬擦りした。
「弥夜……?」
その際、僅かに濡れた頬。それが涙だと察した茉白は無言で弥夜を強く抱き締める。悲しみを共に背負うと言わんばかりに込められた力が、今の弥夜にとっては何事にも代え難い心地良さだった。
「来てくれてありがとう……茉白」
「どっちかがピンチなら助ける、それが相方だろ」
その言葉は、救いの街で弥夜を解放した際に、茉白が紡いだものと一言一句同じものだった。
「えへへ、私ばっかり助けられてるね」
「えへへ、じゃないだろ。早く手当てしろ」
腕の中で駄々を捏ねる弥夜は、血で頬に張り付いた髪を掻き分ける。茉白との再開で和らいでいた痛みが揺り返し、綻んでいた表情が僅かに険しさを帯びた。
「こちらこそ……うちの為に戦ってくれてありがとう」
「どっちかがピンチなら助ける、それが相方だよ?」
言葉を返された茉白は含み笑いをする。相方と過ごす時間がこれほどまでに愛おしいものなのかと、今この場において二人は再認識した。そんな中、双方の視線が建物の入口へと向く。ひたひたと小さな足音を聞き、弥夜の表情が安堵に染まった。
「瑠璃……無事で良かった」
遠慮がちに姿を見せたのは瑠璃。餓者髑髏の姿は無い。僅かに息を乱す彼女は、小さく微笑むことで外の戦闘を制した旨を伝えた。
突如として現れた茉白に、弥夜は声にならない声を発する。霞み始めた視界の中でも、相方の姿を見違えるはずが無かった。
「茉……白……?」
名を呼ばれた茉白が応えるようにアリスの胴体を深々と切り裂く。目で追えない速さを誇った一振りは、黒い流れ星のような瞬く光を置き去りにして反応すら許さない。一部始終を見ていた東雲もまた、地に這い蹲ったまま驚きに目を見開かせていた。
「護るって言っただろ、お前のこと。今度は……約束くらい守らせろ」
即座に後方へと飛んだアリス。自己修復の為か胴体に魔力が込められる。刀の血を振り払いながら周囲を見渡した茉白は、この場所で起こったこと全てを察したように口元を緩めた。
「さすがうちの相方だな、弥夜」
何よりも嬉しい言葉に瞳が潤む。
「でも……でもね……!!」
伝えたいことは山ほどあるはずなのに、皮肉にも喉を通らない言葉。僅かに訪れた猶予に心が昂り、弥夜は己が胸中の全てを晒す。特別警戒区域アリスへ来て夜羅を失ったこと、蓮城と、茉白を撃った張本人である桐華を討ったこと、瑠璃が助けに来てくれたこと、東雲の能力を夜羅の力で打ち破ったこと。そして──茉白の身体を蝕む毒のこと。全てが包み隠すこと無く伝えられた。
「桐華の毒から目を醒ました君が、何故自我を保っている」
「よう東雲、ざまあねえな。うちの相方に手を出すからそんな目に遭うんだ。無様に這い蹲って死んどけよ蛆虫野郎」
線状の瞳孔を持つ蛇の目が圧を放つ。冷酷な冷たさを帯びる魔力とは相反して、弥夜へと向けられる視線は温かさを含んでいた。
「毒蛇のうちが、そこらの毒に負けるかよ」
「まさか桐華の毒を取り込んだの……?」
「ああ、お陰で身体の底から力が湧く」
刀に視線を落とした茉白は何かを思い詰めるような表情を浮かべると、自己修復を終えて体勢を立て直したアリスを見据える。アリスから垂れ流されている魔力は、肌を撫でるだけで抉れてしまいそうなほどに荒く刺々しいものだった。
「うちの相方を泣かしたんだ、死ぬだけじゃ済まないぞ」
「私は久遠 アリス。この国を救い、新たな歴史を築く存在」
「救う? 笑わせんな。お前等の勝手な都合で殺戮を行うだけだろ」
「口を慎め、能力者風情が」
アリスより放たれた螺旋を描く漆黒の魔力。腕一本で軽々と掻き消した茉白は、地を這う蛇を彷彿とさせる動きで距離を埋める。風でさえ遅れるほどの速度。怒りに胸中を蝕まれた茉白は、手にした刀を首筋目掛けて薙ぎ払った。
「……遅い」
刀を止めたのは漆黒を晒す光の刃。無から顕現した刃は不規則に蠢き冷たさを帯びる。即座に二本目の刀を具現化させた茉白。身体の重心を入れ替えると同時に左右の刀が入れ替わった。
「──ッ!!」
片腕を失ったアリスは反応を遅らせるも、独りでに蠢いた漆黒の魔力が、アリスを護るように振り抜かれた刀を堰き止める。鍔迫り合いの最中、茉白の口角が大きく吊り上がった。
「うちの勝ちだ、久遠 アリス」
アリスと同じ毒をその身に受けた茉白。酷似した漆黒の魔力を刀に纏わせた彼女は、全身全霊を以て身体を前へと捻じ入れる。目が眩むほどの黒い剣閃に裂かれた虚空。何一つ障害なく振り抜かれた刀はアリスの首を容易く刎ね千切った。
「意志を持った久遠 アリスだと……」
「残念だったな東雲。デイブレイクを侮ったお前等の敗けだ」
地に転がった生首が灰と化し、制御を失った胴体が乾いた音を立てて崩れ落ちる。誰に送られることもなく、暗闇に誘われた灰が虚しく宙へと溶けていった。
「大丈夫か? 随分やられたな」
「だって……いっぱい戦ったもん……」
肩を貸した茉白は傷だらけの相方を痛ましく想いながらも頬を突っつく。「痛いよ」と微笑む弥夜は、心底嬉しそうに茉白に頬擦りした。
「弥夜……?」
その際、僅かに濡れた頬。それが涙だと察した茉白は無言で弥夜を強く抱き締める。悲しみを共に背負うと言わんばかりに込められた力が、今の弥夜にとっては何事にも代え難い心地良さだった。
「来てくれてありがとう……茉白」
「どっちかがピンチなら助ける、それが相方だろ」
その言葉は、救いの街で弥夜を解放した際に、茉白が紡いだものと一言一句同じものだった。
「えへへ、私ばっかり助けられてるね」
「えへへ、じゃないだろ。早く手当てしろ」
腕の中で駄々を捏ねる弥夜は、血で頬に張り付いた髪を掻き分ける。茉白との再開で和らいでいた痛みが揺り返し、綻んでいた表情が僅かに険しさを帯びた。
「こちらこそ……うちの為に戦ってくれてありがとう」
「どっちかがピンチなら助ける、それが相方だよ?」
言葉を返された茉白は含み笑いをする。相方と過ごす時間がこれほどまでに愛おしいものなのかと、今この場において二人は再認識した。そんな中、双方の視線が建物の入口へと向く。ひたひたと小さな足音を聞き、弥夜の表情が安堵に染まった。
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