夏の魔物

たんぽぽ。

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夏の虫

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 吉岡君の面接から2日が経った。

 今日のバイトは夕方5時から。店に着くと、バッグヤードで佐々木さんが吉岡君と何か話していた。

 佐々木さんはツーブロックで32歳の社員で、通称ツーブロック佐々木。今日は彼の天敵の副店長が休みなので、顔が水を得た魚みたいにイキイキしている。

「おはようございます」
挨拶をして通り過ぎようとすると、ツーブロックに引き止められた。
「おはよう。白石さんちょっと待って」
他でも同じか知らないけど、この店では夕方でも「おはよう」とみんな挨拶している。
「何ですか?」
「彼、今日から入った吉岡君。白石さん5時から2レジでしょ。吉岡君と一緒に入ってレジ教えてやってよ。よろしくぅ~」
「はい」

 面倒臭いと思いながらも承諾する。言い方が上から目線だし、新人教育を丸投げされている気がしたけれど、断る権利は私にはない。

 バッグヤードの壁に貼ってあるワークスケジュール表を見ると、私の予定は確かに5時から2レジと記入してある。2レジとは1階の入り口に近い方のレジだ。このワースケ表に従って私たちは行動しなければならない。と言っても遅番のアルバイトはレジか品出しくらいしか無いのだけれど。

「初めまして、吉岡です。よろしくお願いします」
吉岡君がこちらを見て軽く頭を下げる。
「初めましてじゃないでしょ⁈ おとといも会ったよね、脳容量が大さじ1杯程度なの⁈ 私は『白石葉月はづき』だからその小さき脳のしわに刻んどいて! 」
私は怒鳴った。ただでさえ朝にコンタクトを排水口に流してしまってイライラしているのだ。でも良く考えれば、2日前と違って眼鏡を掛けている私が分からなくても無理はない。

「すみません……」
吉岡君の顔が雪の日の捨て犬みたいになった。でも半笑いは消えていない。腹立つ。
「着替えて来るから待ってなさい! あとその半笑いやめなさい‼︎」
吉岡君の顔が暴風雨の日の捨て犬になった。隣でツーブロック佐々木がビビっている。彼はアルバイトに対して命令口調で物を言うしセクハラはひどいしで嫌われていて、もちろん私も嫌いだったので、いい気味だと思いながら着替えに向かう。

 全ての怒りは吉岡君にぶつける事に私は決めた。
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