夏の魔物

たんぽぽ。

文字の大きさ
上 下
16 / 20
夏休み

3

しおりを挟む
 8月になった。

 大学は夏休みに入り、私はさらに吉岡君の部屋にいる時間が増えた。

 新しい料理を開拓したり、吉岡君の漫画を読んだり、だらだらと布団の中で過ごしたりした。彼の部屋には実家から持ってきたマンガが山ほどあって、とりあえずは横山光輝よこやまみつてるの「三国志」全60巻を読破しようと私は決めた。

 バイト先ではツーブロック佐々木が無事転勤して行ったけれど、ツーブロックの後釜は彼よりもさらに癖の強いヤツだった。

 ミサキちゃんがせっかく歓迎会をやろうと提案してくれているのに、「それって残業代出るんですか?  出ないんならやらないで下さい。最初に言っときますが、僕はいついかなる場合においても飲み会という事象に参加するつもりは無いですのでそのおつもりで。ユーノー? 何か問題でも?」と言ったので歓迎会は開かれなかった。

 他にも社員のクセに毎週土日に休みたがったり、社員が1人しかいないのに外に食事に行ったりと勝手な行動をとったせいで、店長がげっそりしてきて副店長は余計にキレやすくなった。デビル川嶋に変化はなかった。

 だから彼にMr.三無主義とあだ名をつけてやった。結局はどう足掻いても人間関係のいざこざは避けられないらしい。

 そして驚くべきことに、店長とパンダ本多さんはできちゃった婚をした。

 一年以上前から付き合っていたらしい。職場恋愛というのはなんとなく2人の雰囲気でわかるものなのに、誰も気付いていなかった。真面目な店長とおっとりしたパンダ本多さんなのに、やるなぁと皆感心していた。

 店長は肉詰めピーマンが苦手らしいけれど、本多さんは幸せそうだった。式を挙げないという2人のために皆で飲み会を開いて盛大に祝った。

 でもデビル川嶋だけは「せいぜいバツ2にならないように気をつけるんだな」と暗い目をしていた。もしかすると彼だけは2人の関係に気付いていたのかもしれない。

 一方で私と吉岡君の関係は、一発でバレた。

 彼と同じシフトの時はわざわざ時間をずらして出勤していたのに、早く着いたので休憩室で三国志を読んでいると「葉月さん、俺の制服洗ったヤツ間違って持って行きませんでした?」と普通の音量の声で発言したのだ。

 休憩室には他のバイト仲間もいるのに、私は彼の気の利かなさに怒りを通り越して呆れた。せっかく諸葛亮孔明が赤壁の戦いで天才軍師っぷりを発揮した場面を読んで気分爽快になっていたのに台無しだった。
しおりを挟む

処理中です...