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第三章 アレキサンドライト領にて
93、思い出の庭で1
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オリビアはリアムに連れられ、屋敷内の廊下を歩いていた。おそらく前庭や正門とは反対側へ向かっている。初めて通るところだ。
「オリビア嬢、着いたよ」
「ここは……」
廊下をしばらく歩いた先に、装飾のない鉄製のドアがあった。
リアムが開けるとその先は外に繋がっていて、暗くて朧げだが庭木や花壇、オーナメント、さらには中心に噴水のようなものが見える。
初めて来たはずなのに、オリビアにはその光景に見覚えがあったことが不思議だった。
「見覚えがある?」
「はい。初めて来たと思うのですが……」
「暗いからわかりにくいか。これならどうだろう?」
そう言ってリアムが手に持っていたランプを石でできた台のようなところに置いた。
すると、飾ってあった鳥のモチーフのオーナメントがそれぞれに灯りをともし庭を柔らかに照らした。
そして庭の中心にあった噴水の水が流れ、こちらは色とりどりの光を放っている。
「きれい……」
見たこともない幻想的な空間に、オリビアはうっとりとため息混じりに呟いた。
よく見渡すと、雰囲気は異なるが庭木や噴水などの位置関係でここに来るのが初めてではないことに気づく。
「もしかしてここは、昔お邪魔させていただいたお庭ですか?」
「そう。秘密の裏庭だ。ここのことは家族と使用人数名、そしてエリオットとあなたしか知らない」
ここは兄エリオットが学生だった頃、何度か訪れリアムと会話を楽しんだ思い出の庭だった。昼間と雰囲気は違うが、音はあの頃と同じだ。静寂の中にさらさらと噴水の水音が心地よい。
「オリビア嬢、少し足元が悪いから私の手を取って」
「ありがとうございます」
オリビアは差し出されたリアムの手を取り、庭の中へ歩き出した。触れた指先から彼の体温を感じて胸が高鳴る。
そして、リアムが噴水を眺められる位置のベンチの前で足を止めたので、一緒に立ち止まった。
「さあ、どうぞ。座って」
「はい。失礼いたします」
「寒いからこれをかけて」
「ありがとうございます」
ベンチに腰掛けたオリビアに、リアムが薄手のカシミアでできた膝掛けをそっとかけた。そして隣に腰掛け彼は優しく微笑んだ。
「ここは、私の一番のお気に入りの場所なんだ。子供の頃からここに来ると心が落ち着いて、優しい気持ちになれる」
「そうなのですね。たしかに落ち着きますわね。それにとってもきれいです。こんな仕掛けは初めて見ました」
「ああ、これはアレキサンドライト家の人間が魔力を流すと、それを動力源にして動き出すんだ。ここは私の叔母が作った特別な庭らしい」
「リアム様の……叔母様ですか?」
リアムの叔母については、アレキサンドライト家の下調べから今までで初めて聞いたことだった。
軽く首を傾げると、リアムが噴水を眺めながら静かに話し始めた。
「叔母は父の妹にあたる人で、私が生まれる前に留学先で事故にあい亡くなったそうだ。生きていたらこんなに素敵な庭を作ってくれた礼を言いたかったよ」
「リアム様……」
リアムがわずかに眉を下げ、寂しそうな笑みを浮かべた。オリビアはなんと声をかけていいかと考えあぐねていたところ、その様子を見た彼が小さく息を漏らし肩の力を軽く抜いた。
「気を遣わせてすまない。会ったことがない人だからそこまで悲観しているわけではないんだ。そうだ、オリビア嬢にも礼を言いたかったんだ」
「私に、ですか?」
「そうだ。今日はセオを呼んで、私と引き合わせてくれただろう? ありがとう」
「そのことですか。喜んでいただけて私も嬉しいです」
「彼のことは気にかけていたから、今日オリビア嬢に聞いてみようと思っていたんだ。まさか会えるなんて思っていなかった。驚かされたよ」
オリビアは虹のように色とりどりの光を反射し輝く噴水を眺めながら、そっと笑みを浮かべた。
セオが来たのは重要な用事も兼ねてだったが、ここまでリアムに喜んでもらったことが嬉しかった。
「……遠いどこか、遥か彼方の異国では『サプライズ』というそうです」
「サプライズ?」
「はい。驚かせるという意味ですが、不意打ちで相手を喜ばせるときにも使われる言葉なんですよ。『サプライズ』成功ですわ」
>>続く
「オリビア嬢、着いたよ」
「ここは……」
廊下をしばらく歩いた先に、装飾のない鉄製のドアがあった。
リアムが開けるとその先は外に繋がっていて、暗くて朧げだが庭木や花壇、オーナメント、さらには中心に噴水のようなものが見える。
初めて来たはずなのに、オリビアにはその光景に見覚えがあったことが不思議だった。
「見覚えがある?」
「はい。初めて来たと思うのですが……」
「暗いからわかりにくいか。これならどうだろう?」
そう言ってリアムが手に持っていたランプを石でできた台のようなところに置いた。
すると、飾ってあった鳥のモチーフのオーナメントがそれぞれに灯りをともし庭を柔らかに照らした。
そして庭の中心にあった噴水の水が流れ、こちらは色とりどりの光を放っている。
「きれい……」
見たこともない幻想的な空間に、オリビアはうっとりとため息混じりに呟いた。
よく見渡すと、雰囲気は異なるが庭木や噴水などの位置関係でここに来るのが初めてではないことに気づく。
「もしかしてここは、昔お邪魔させていただいたお庭ですか?」
「そう。秘密の裏庭だ。ここのことは家族と使用人数名、そしてエリオットとあなたしか知らない」
ここは兄エリオットが学生だった頃、何度か訪れリアムと会話を楽しんだ思い出の庭だった。昼間と雰囲気は違うが、音はあの頃と同じだ。静寂の中にさらさらと噴水の水音が心地よい。
「オリビア嬢、少し足元が悪いから私の手を取って」
「ありがとうございます」
オリビアは差し出されたリアムの手を取り、庭の中へ歩き出した。触れた指先から彼の体温を感じて胸が高鳴る。
そして、リアムが噴水を眺められる位置のベンチの前で足を止めたので、一緒に立ち止まった。
「さあ、どうぞ。座って」
「はい。失礼いたします」
「寒いからこれをかけて」
「ありがとうございます」
ベンチに腰掛けたオリビアに、リアムが薄手のカシミアでできた膝掛けをそっとかけた。そして隣に腰掛け彼は優しく微笑んだ。
「ここは、私の一番のお気に入りの場所なんだ。子供の頃からここに来ると心が落ち着いて、優しい気持ちになれる」
「そうなのですね。たしかに落ち着きますわね。それにとってもきれいです。こんな仕掛けは初めて見ました」
「ああ、これはアレキサンドライト家の人間が魔力を流すと、それを動力源にして動き出すんだ。ここは私の叔母が作った特別な庭らしい」
「リアム様の……叔母様ですか?」
リアムの叔母については、アレキサンドライト家の下調べから今までで初めて聞いたことだった。
軽く首を傾げると、リアムが噴水を眺めながら静かに話し始めた。
「叔母は父の妹にあたる人で、私が生まれる前に留学先で事故にあい亡くなったそうだ。生きていたらこんなに素敵な庭を作ってくれた礼を言いたかったよ」
「リアム様……」
リアムがわずかに眉を下げ、寂しそうな笑みを浮かべた。オリビアはなんと声をかけていいかと考えあぐねていたところ、その様子を見た彼が小さく息を漏らし肩の力を軽く抜いた。
「気を遣わせてすまない。会ったことがない人だからそこまで悲観しているわけではないんだ。そうだ、オリビア嬢にも礼を言いたかったんだ」
「私に、ですか?」
「そうだ。今日はセオを呼んで、私と引き合わせてくれただろう? ありがとう」
「そのことですか。喜んでいただけて私も嬉しいです」
「彼のことは気にかけていたから、今日オリビア嬢に聞いてみようと思っていたんだ。まさか会えるなんて思っていなかった。驚かされたよ」
オリビアは虹のように色とりどりの光を反射し輝く噴水を眺めながら、そっと笑みを浮かべた。
セオが来たのは重要な用事も兼ねてだったが、ここまでリアムに喜んでもらったことが嬉しかった。
「……遠いどこか、遥か彼方の異国では『サプライズ』というそうです」
「サプライズ?」
「はい。驚かせるという意味ですが、不意打ちで相手を喜ばせるときにも使われる言葉なんですよ。『サプライズ』成功ですわ」
>>続く
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