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第九話、すず子の首飾り

(二)

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 私の目の前にあったのは白い地に金や銀の糸で繊細な猫柄の刺繍が施されている小袿とその下に重ねられているそれぞれに色合いの違う落ち着いた紫と若草の色鮮やかな袿だった。

「すず子様の為に鶴の神使たちが奪うように寄ってたかっ……挙って縫い上げたそうですよ。猫王がついに娶るめとるとなれば、と。祝いの布を織り、縫う事に飢えていたのでしょう。瞬く間に仕上がったようです」
「だろうな。奴らの本気の凄みのような気配が残っている」

 国芳さんの言葉を聞きながら、私は何故か……涙がこぼれていた。
 嬉しさが、涙となって溢れ出てしまう。

「すず子」

 そっと私の背中に手を当ててくれる人。
 慌てたように白い小袖の袂から手ぬぐいを取り出すたまちゃんがいて、黒光さんは黙って見守ってくれていた。
 花嫁衣装を前に涙をあふれさせてしまうなんて恥ずかしいけれど今、この場所には誰も私を咎める人はいない。

「ごめんなさい……私、涙が止まらなくて」
「お前の心の内を読んでやろうか」

 からかう人の声が優しい。

「こんなに、綺麗な着物を」

 言葉が途切れてしまっても私の想いは三人に伝わっているようだった。
 有難うございます、の言葉も涙で滲んでしまうけれどどうにか伝えて……美しく重なる白と紫と淡い緑の色合いをずっと眺めていたい、と思った。

「国芳様、例の組紐は」
「そうだな……すず子、お前が嫌でなければなんだが」

 これを、と黒光さんが持っていた小さなつづらの中から取り出されたのは黒の地に金と銀の糸の三色で編まれた細い組紐で作られた……チョーカーのような首飾り。リボンの形になっている中央には金色の小さい鈴が一つ、付いている。

「俺からの贈り物も無いまま花嫁衣装を着せる、と言うのもな」

 ちりん、と小さな音。
 その澄んだ音色は涙が滲んでいる私の心にすっと爽やかさをもたらしてくれる。

「引っ掛けるだけの留め玉が付いているから着脱はしやすいだろう。まあここにいる分では汚れたりもしないが」

 着けてみるか?と問う国芳さんにもちろんです、と返事をすれば私の髪をよけて首筋に触れる国芳さんの手。いそいそと姿見に掛かっていた布を外して見せてくれるたまちゃん。

「可愛い……」

 またちりん、と鈴が鳴る。
 大人の女性が身に着けていても不自然さのない落ち着いた三色の色合いはきっと国芳さんの三毛から来ている。

「有難うございます……あ、また」

 今日は駄目だな。
 溢れ出す感情がすべて涙になってしまう。
 はらはらと落ちる涙をたまちゃんから借りた手ぬぐいで受け止めて、私も部屋に置いてある二人へのお土産を渡さないとな、と思い出す。
 ここまで用意してくれて、本当に嬉しい。

 あと布を織って、刺繍までしてくださった鶴の神使さんにも、心からのお礼を……きっとお披露目の席で会えるかもしれない。

 ・・・

「それで、すず子さまのお着物を届けにきた雌たちが……黒光さまにたくさんすり寄ったから匂いがついて……たまは、なぜかすごくかなしくて」

 だって黒光さまかっこいいから、とまた泣き出しそうになっているたまちゃんがぎゅ、と口元を結んで堪えている。

「よく似た事が現世でもあるから……たまちゃんの気持ち、分かるな。誤解だと分かっていてもどうにもならないことは沢山あるから」

 先ほど、涙をあふれさせてしまったせいで疲れてしまった私は自分の部屋に戻ってたまちゃんとお茶をしていた。

「また後で、黒光さんにはお礼を伝えるけれど先にたまちゃんに」

 国芳さんと現世に行った日に購入したお土産を手渡す。
 それは白地の木綿の風呂敷。

「黒猫……!!」

 そう。たまちゃんには白地に黒猫がお行儀よく座っている姿が描かれているものを、そして黒光さんに渡す方をたまちゃんに見せる。勿論それは黒地に白抜き――白猫が遊んでいる楽しげな姿が描かれた風呂敷だった。

「私、黒光さんの猫の姿を見た事が無いのだけど」

 どんな姿を、と聞こうとしたけれどたまちゃんの金茶の瞳がきらきらと輝いて、耳も悲しい時とは違う形で左右に倒れる事でそれで良かったのだと悟る。

「すず子さま大好きです!!」

 大切にします、と胸に抱き締める姿が……黒光さんに渡す方の風呂敷に描かれている白猫と同じように嬉しそうだった。
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