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第十四話、お披露目の日

(四)

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 それからはもう、大変だった。
 私たちの席までご挨拶に来て下さる神使様の殆どが“王”を冠する国芳さんと同じ、それぞれの種族の神使を纏める方々。
 白蛇の神使のご夫妻も「一応言っておくが爺さん……“蛇王だおう”の名代だ」とお歳を召していると言う蛇王様の代わりに国芳さんとも昔から縁があると言うお二人が私にも丁寧にお祝いの挨拶をしてくださる。

 ご夫妻お揃いの織りの着物はまるで蛇の鱗のように光沢があって、やはりこちらの習わしなのかご夫妻の神使様たちは皆さんそれぞれに着物や小物などが揃っていたり、対になっていたりする。

「初めて会った時は可愛らしい人の子だと思ったけれど、今日はとっても美しいわ」

 あなたもそう思うでしょう?と隣の旦那さんに話しかける女性の滑らかな所作が私の目に映る。私はまだこちらに、着物にも全然慣れていないので少し、見惚れてしまう。
 とても仲の良いお二人が顔を寄せて何か囁き合う様子はこちらが少し恥ずかしくなってしまうような感じだったけれどここは神域。互いに愛情を惜しげもなく分かち合っている。

 それは、私もそうだった。
 普段からたまちゃんや黒光さんの前でもまあまあ、そうさせて貰っている。

「国芳、本社に参拝に来ていたこの人の子を攫って来たと言う話は本当だったのだな。布を織ったと言う鶴たちから聞いたぞ。とんだ不埒者ふらちものではないか」
「煩い」

 お前は見た目もやる事も派手だな、と仰る白蛇の神使様は私の方を見て「それもまた縁だったのだろう。奥方、国芳の世話をしてやってくれ」と声を掛けてくださった。

 白蛇のご夫妻がお席に戻った後には私の小袿を凄い勢いで織って、凄い勢いで刺繍をしてくださったと言う鶴の神使の方々がいらっしゃってくれて心からのお礼を伝えたりと、とにかく目まぐるしかった。
 途中でたまちゃんが「お茶を、ひと口だけでもお茶と干菓子を」と隣で心配してくれて私はすっかり喉が渇いていた事も忘れていた。

 微笑んでいるだけ、頷くだけで良いとは言われていても出しゃばらない程度にはご挨拶をして軽い会話を交わす。
 これからは国芳さんのお嫁さん、奥さんとして支えて行かなければならない……とは言っても国芳さんには優秀な黒光さんが付いていて、私の役目と言えばどちらかと言うと私が人だから出来る事が中心だった。
 先日、宮司さんや五兄弟の神使見習いの猫さんたちとやっと会うことが出来て、色々と仕事について詰めた話をさせて頂いた。
 私は本当に人として、神社の事務職として就職をすることになり、しっかりと時間給も発生するとの事。ただ、このお披露目が終わったら……とても忙しくなるのだと聞かされている。

 本当に宮司さんのご理解と配慮に頭が上がらない。
 その分しっかり働かなくちゃ、と意気込んでいたけれどどうやら私は寝殿でも私にしか出来ないお仕事があるそうで、国芳さんから「神が暮らす神殿とこちらの猫寝殿に通用門を造ろうと思うんだがすず子、お前に頼みたい事がる」と言われていた。
 それは私が、茶白さんやキジトラさんにとても好かれているのが発端だそう。疲れてお昼寝をさせて貰っていた日に茶白さん、キジトラさんの二匹と一緒に眠っていた姿を見た国芳さんは「母猫のようだった」と言って――それは猫王の妻としての役割なのではないのか、と感じたそう。

 神域の猫たちを癒す、それが私のこちらでの役割。

 神様のお庭は勿論過ごしやすいけれど飼い猫だったキジトラさんみたいに四季がある国芳さんの寝殿の方を好む猫さんや、人の存在を恋しがる猫さんがまだまだ大勢いる。そして、心が傷ついて神域にやってきた猫さんやまだ何も分からずに来てしまった子猫さんたちのこともそっと撫でてやって欲しい、と国芳さんは言っていた。

 私に癒す力なんて、と言いかけて……でも、国芳さんのみならず遊びに来てくれた猫さんたちや心が悲しくて白猫の姿に戻って私にしがみついてきたたまちゃんが落ち着きを取り戻してお腹の上で眠ってくれた出来事を思い返す。人の私でも神域の猫さんたちの力になれるのなら、と提案を受け入れた。

「すず子、疲れたか」

 心配そうに問いかけてくれる国芳さんの声にはっとする。
 普段は廊下のこの場所。お披露目の為に組まれている板張りは階段の下なので神使の皆さんの目線より高い場所に座っている私は改めて華やかな景色を見渡す。

 ススキの穂が揺れる度にきらきら輝いて光る綿毛が飛び、来てくださっている皆さんがとても楽しそうにお酒やお茶、ちょっとしたお膳を楽しまれているのを見ると自分の存在を受け入れてくれたのだと安心した。

 そして気遣いの言葉に正直に「少しだけ」と疲れを伝えれば「分かった」と頷いてくれる国芳さんがいる。

「今夜はゆっくり眠ろう」

 私の耳元に囁く低い声のせいで頬に熱が上がる。
 それはきっと“初夜”のおはなし。

 でも私と国芳さんは以前からもう、色々と……本当に色々としてしまっていた。


 宴もたけなわな頃合いを見計らった黒光さんがこの盛大なお披露目の場を始まった時と同じように口上を述べて閉じる。ぞろぞろと帰られてゆく神使の方々を私たちは最後まで見送り、また外廊下を通って板張りの広間の前に差し掛かると「すず子、少し寄ろう」と国芳さんに声を掛けられる。
 今回、お披露目の支度に関わってくださった猫さんたちが御膳を囲んでいた場所に先に国芳さんが入ると「猫王様だ」「国芳様おめでとうございます」と人の言葉とにゃーにゃーと猫さんの言葉が入り混じって広間が沸く。

 続いて私も入ると「奥方様もご一緒だ」「初めてお姿を拝見した」と声が上がる。

「どうだお前たち、俺の番は美しいだろう?」

 だが俺のだからな、とお披露目の席とは打って変わってとても砕けた口調の国芳さんが楽しそうに笑いながら「お前たちなくしては猫王の座も成り立たない。これからもどうか、妻も含めて宜しく頼む」と声を掛ければ凛とした国芳さんの通る声がそうさせたのか、すべての猫さんたちが一斉に頭を下げてお辞儀をする。
 私も「人の身ですが、宜しくお願いします」と言葉を重ねれば「撫でて欲しい」とか「ぜひ、お膝に」との明るい声を皮切りに場が沸き立ち、厳かな雰囲気がまた柔らかいものに変わっていった。

 東の部屋に戻った頃には私はもうくたくたで支度を手伝ってくれた時と同じ三人の女の子とたまちゃんに手伝って貰って小袿を脱いで髪も解く。

「お疲れさまでしたね、すず子さま」
「たまちゃんも、みんなも有難う……正式なお礼はきっと国芳さんの方からあると思うけど」
「みな、わかっています。すず子さまのやさしい匂いはみなが好きになる匂いですからね。お気持ちは感じ取れていますよ」

 たまちゃんの声に「奥方さまのお支度を手伝えるのはわたしたちにとってとても誉れ高いことなのですよ」と言ってくれる三人の女の子たち。

「有難う……本当に、ありがとう。いつか私からもお礼をしないと、ね」

 それなら猫の姿の時に撫でて欲しい、あと櫛で毛並を整えて欲しい、と言う女の子たち。その声に混じって「たまも、良いですか」の控えめな声に私は「もちろん、喜んで」と答えた。
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