R18『東京くらくら享楽心中』

緑野かえる

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第1話 (2025/02/02 改稿済)

享楽に耽る (4)

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 同日の昼、桜東会が所有している十五階建ての商業ビル。
 一階や地下階はコンビニやレンタルオフィス、二階から十二階までにはビジネスホテルが入り、それより上の十五階までの三階層すべてが桜東会のオフィスとなっている中層ビル――その最上階の会長室にいた恭次郎はデスクに置いてあった私用のスマートフォンに櫻子から「夜、時間を作って。席は私が用意する」とのごく短い一文が送られてきたのをすぐに確認する。
 朝に誘ったものの一度、断られてしまっていたが櫻子から誘われるのは素直に嬉しい。

 昨日はフレンチディナーにしたから今夜はなんだろうか。
 二日続けての櫻子とディナー……そうしたらまた櫻子の体を、とふと考えて恭次郎は我に返る。

(盛ってるガキじゃあるまいし)

 ただ、なんだろうか。
 普段はとてもクールと言うか、自分たちの世界で言う“硬派”な印象を強く持つ櫻子が素肌になってブルーブラックの髪を乱し、自分がもたらす律動に揺れ動く様はいつまでも眺めていたいと思う程に美しかったのだ。

(だからまあ昨日、櫻子と食事をする前にマジで一発抜いてた、とか)

 知られたくねえなあ、と恭次郎は思う。
 愛している女との夜を長く楽しみたいからと言う、それこそ子供じみた考え。しかしそのせいで若干、櫻子に要らぬ誤解をさせてしまっていた。
 抱きたいのは櫻子ひとりだけなのに……と、恭次郎の私用の端末の中には一枚だけ、優しく笑っている櫻子の写真が入っている。いつだったかの酒の席で、珍しく酔っぱらっていた彼女が見せた綺麗な横顔。

 普段は笑う事もない。
 肉体関係を持つ恭次郎でさえ、櫻子の心からの笑顔などほとんど見たことはなかった。

 そうさせているのは彼女に流れる三島本家の血。

 彼女は“本家”に生まれた唯一の子女。育つまでは危険だからと無事に大学を卒業するまでは“末席の分家の娘”として都心から離れた場所で育てられていた。
 それとは反対に三島の血が流れていない恭次郎が櫻子の身代わりとばかりに“本家の血が流れている男子”として三島本家の屋敷で育てられた。

 恭次郎は舎弟頭、本部長、若頭と着々と上り詰め……本家三島組が創設した東京の極道を纏める連合組織『桜東会』の本部若頭、そして今は一見空席と見られている四代目会長の代行として、脅威の象徴かのような肉体を持って君臨している。

 小さな頃から本家の娘でありながら隠されるように育てられていた櫻子はずっと自身の在り方に思い悩んでいた筈で。東京最大の極道を統括する組織の一人娘――友人はおろか、ろくに恋愛もした事が無かっただろうと恭次郎は推測していた。

 五つ年上だった恭次郎もある時を境に櫻子が一人で住んでいたアパートに先代の会長、櫻子の本当の父親公認でよく訪れるようになっていた。最初は兄貴分として振る舞ってはいたが……いつしか孤独な彼女を守れるのは自分しかいないのだと妙な正義感が沸いてしまった。

(義理とは言え、養父オヤジからも頼まれちまったようなモンだしな)

 直接言葉を掛けられた訳では無かったがどうやら自分は櫻子の為に本家三島組の屋敷で養育されていたのだと……だから彼女の身代わりとして、上り詰めて行った。

 恭次郎は自分の生い立ちをずっと黙っていた。
 何故、自我が芽生えたばかりの小さかった自分が引き取られた末に極道者になってしまったのか。

 ――全ての真相を知っているのは自分と、今は亡き人のみ。

 三島本家どころか一族との血縁関係が一切ない養子の立場だったにも関わらず表向きは本家若頭、桜東会三代目会長の婚外子と偽られていた恭次郎。会長の座が突如として空いてしまった一年前、桜東会会長代行への若くしての就任に反対する者は誰もいなかった。

 本家長男らしい順風満帆な出世街道、と誰しもが思っていた。

 恭次郎は会長室内にパーティションで仕切られた端にあるデスクに着いて控えていた足立に「櫻子とディナーの約束が入った。だから夜はこのまま空けておいてくれ」と伝える。

「承知しましたが恭次郎さん、宜しいんですか」
「何がだ」
「頻繁に会長と接触されるのは……恭次郎さんご自身が避けていた事ですし」
「まあ今回は会長サマ自らのお誘いだからなあ」

 付き人、足立の言葉は正しい。
 櫻子の存在を守りたいからこそ、あまり頻繁には会えない。
 組織として重要な案件は勿論、櫻子が扱っているが――本当ならもっと大っぴらに堂々と付き合いたいものだがそうは行かない関係性。

 ずっと孤独だった彼女と体の関係を持ったのは櫻子がまだ二十四、五のあたりだった。しかも櫻子の方から「抱いて欲しい」と言ってきて。それをどんな思いと覚悟で自分にそれを伝えたのか、何度も本当に良いのか聞き直してしまいには「しつこい」と逆に怒られた過去。
 その時の恭次郎は自分が持つ全ての優しさと思いやりを差し出して櫻子の体を傷つけないように丁寧に暴いた。

 互いに確かに思い合ってはいた。
 けれどその恋心はあまりにも淡すぎて……。

 当時は年齢差も遠く感じていたが今となっては……三十を越えるとわりとどうでも良くなってくるというか、体の相性は良かったようで時々、人目を避けて二人だけの夜を過ごしている。

 それが昨晩。
 そして今日の思いがけない約束に恭次郎の胸中は良い意味で俄かに騒がしくなっていた。
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