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第3話 (2025/02/16 改稿済)
コワい人々 (4)
しおりを挟むそんな大崎も今では三島櫻子の秘密を知る者の一人。
「御苦労様です」
回して来た黒塗り、大崎は後部座席に櫻子をエスコートする。
彼も運転席に乗り込むと「どちらまで」と静かに問う。
「少し流して貰って良い?できれば、中華街方面とか」
「承知しました」
言葉づかいも何もかも、出会ったばかりの頃とは段違いに磨かれた大崎はブランケットを広げてゆったりと足を組んだ櫻子をルームミラー越しに見てから黒塗りを高層マンションの地下駐車場から滑らせる。
大崎も、こうして櫻子が車を走らせたりしている時に初めて目撃されたと直接、本人から聞いていた。
「会長、幹部会の招集の件ですが千玉と龍神の」
「ええ。それについて、私も大崎君の考えとか聞きたくて」
桜東会幹部の中で最年少、とんでもない大出世を遂げた大崎稔。
当時はそれなりに顔も広く、半グレだけではなく界隈の走り屋や不良の話も良く知っていた彼は今でも櫻子の、桜東会の持つ秘密を保持したまま時々、走りに出ていた。それは櫻子も承知の事どころか積極的に走りに出て良いと許可している。
「確かに最近の千玉はやらかしてると言うか、イキってる連中が多いと言うか。誰がケツモチしてっか、とか結構複雑みたいで流石に俺も把握できてないです」
「例えば千玉の子たち同士で喧嘩したり、とか」
「あるみたいッスね。半グレ連中の先輩が千玉の末端で、どっちが格が上だとか内容はどれもしょっぺえ物ばかりみたいなんスけど」
黒塗りの車内、赤く暮れてゆく都会の景色を眺めていた櫻子は大崎の言葉に瞼を少し伏せて息をつく。
十代の者たちの諍いは日常だとしても、どうにも内容が変わってきている。
「前に会長に言われて俺も考えてたんですが……俺は親父が組長だとは言えなんつーか、俺なりにも親父の存在をいつもつるんでる仲間以外には言って無くて。あんまり大っぴらな引き合いには出さなかったんスよ。一応、マジモンのヤクザなんで」
法定速度で巡航する大崎が言葉を続ける。
「実際、不良とかが考えてるヤクザ像とホンモノの世界はやっぱり違う。会長や恭次郎さんに付かせて貰ってから俺も……現実を見ちゃったから」
そうね、と櫻子も呟いて自分もまた大崎と同じようにフロント企業のオーナーと言う一歩引いた立場から急に会長職についた際には重責もさることながら、裏社会の底にまるで一人で立たされているかのような感覚に陥った。
常に命が狙われ、裏切りに怯え、恭次郎のような強い腕力を持たない自分は“情報戦”と言う目に見えない暴力でブラックスーツの男達を従えなくてはいけない毎日。
母親が亡くなった時はまだ中学三年生、その時も毎日泣きたいほどの孤独の底にいたが去年、父親が凶弾に倒れてからの今は孤独と言うよりは立場の重さに潰されそうになることもしばしばで。
でもそれは大人になった自分が選んだ修羅の道。
噎せるようなカビ臭い埃と血の匂いのする裏の世界。明るい、表側の世界には引き返せない場所に立っている。
「大崎君ならちゃんと想像できると思うんだけど……始めは小さな単位、仲間内での喧嘩がいつしか本職の我々を巻き込んだ抗争にまで発展する事が稀にある、と言ったら信じる?」
「そりゃあ会長が仰るなら、と建て前はあるッスけど俺は正直どうかな、と思います。いや……よくよく考えれば、うーん」
「うん、そうやって悩むのが正解。組の舎弟でもない若い子たちの争いに私たち本職のオトナが出張るなんて、余程のことがない限り既に“力関係の均衡が狂っている”証拠なのよ」
若い者たち同士の諍いにオトナのヤクザを“出張らせる”と言うのは下っ端が上を使っている、と言う上下逆転の事態の証明。
本来ならば上からの命令で下っ端やそれ以下を使う事はあったが、本当に余程の事が無い限り上の者は動かない。
利権を貪るヤクザが、そんな若者たち程度の事でどうこう動くなんて事はない。
「千玉会は大崎君も知るように圧倒的に若者が多い組織だから」
「目上の兄貴分や年長の方々を差し置いて俺ら下っ端が、なんて桜東じゃまずありえないッスよ。些細な“コト”を起こすにしたって兄貴たちに先ず伺わないと」
「そう。父の代でもそれは徹底されていたし、今も私に代わって恭次郎がそうしている」
「勝手な真似して下手打ちゃあ組に迷惑が……桜東じゃ兄貴分から普通に一発二発、ぶん殴られますからね」
大崎の声にふふ、と櫻子は笑う。
殴る、のくだりは間違っていない。少々“しつけ”のやり方が荒っぽいがある程度の暴力による肉体、及び精神への支配は自分たち裏社会には必要なことだった。
首都高湾岸線から流れ、京浜工業地帯の明りが勝り始める夕暮れどき。
内容の重い話が続く秋の日の夕方と夜の境目を走る黒塗りの車内で急に「お夕飯、たまには中華街で食べよっか」と提案する櫻子に「良いんスか!!」と大崎は素直に喜ぶ。
高い店でも、安い店でも、なんでもついて来てくれる大崎を櫻子はよく可愛がっていた。
立体駐車場に車を預け、観光客の間を二人で歩く。
端から見れば出張や、仕事帰りの先輩後輩のような二人。大崎に食べたい物を選ばせる櫻子は自分の精神の疲労を楽しそうにしている大崎の仕草を見て時折、慰めていた。
十代、二十代、そして今は三十二。年齢をたどるにつれて孤独の闇が深く、深く、櫻子の心を凍てつかせていたが懐いてくれている大崎の食べっぷりなどを見ていると自然と心から笑えている気がした。
恭次郎とは、オトナの関係だから。
会えば軽く食べながら仕事の話をして、お酒を飲んで、風呂に入って二人で溜まったフラストレーションを発散するように黙々とセックスに耽る……本当に、最近は決まりきった事しかしていない。
「会ちょ、じゃなくてえーっと」
オーナー、と呼ぶ大崎に「決まった?」と問う櫻子。
人の多い場所では会社の雇用主と部下の関係性で行きましょう、と決めていた為の櫻子の呼び名だった。
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