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第1話 (2025/02/02 改稿済)
享楽に耽る (6)
しおりを挟む黒塗りの車内、だるそうに後部座席で瞼を閉じている櫻子。
彼女が一人で住んでいる西新宿の高層マンションまで送っている最中の恭次郎は「風邪じゃない」と言う櫻子の言葉に色々と……男としての責任について考えを巡らせてしまったがそれも「違う」と否定される。
「会長、疲れが溜まってたのかもしれませんね」
恭次郎が急遽呼び出した櫻子専属のドライバーが声を掛ける。
元は桜東会の三次団体の息子で湾岸で走り屋をしていた二十代の若い男。櫻子を慕い、彼女が桜東会四代目会長である事ももちろん知って……彼女自らが会長職として、恭次郎にも知らせずに会食や密会をしたりしている時にも付き人として必ずついて回っていた。
疲労の理由を詳しくは語らずとも、彼女の体調を心配するドライバーの声に恭次郎は軽く溜息をつく。
櫻子が語りたくないのならそれまでなのだが、ひと月のうちで幾度も様変わりしてしまうデリケートな女性の身。
車内には櫻子の為にいつも置いてあるのかカシミヤの大判のブランケットがあり、今は恭次郎が胸元までそれをかけてやった所だった。遠い距離ではないがそれでもそうせずにはいられない理由が恭次郎にはあった。
・・・
到着した櫻子が一人で住んでいる高層マンションの上階。
恭次郎はシンプルと言う部屋からはかけ離れた、物の無い広い部屋のソファーに座った櫻子に渋い表情をしてしまう。
「風邪じゃないから大丈夫って言った筈だけど」
いつも折り目正しく、座っている時でも姿勢の良い櫻子がヘッドレストに置いてあった毛布を抱え、もたれるように崩れて座ってしまったところを見るとやはり何かしら具合が悪いのだろう、と恭次郎は思う。
「ベッドで寝た方が良いんじゃないのか」
見下ろす恭次郎から櫻子は視線を逸らす。
「お前まさか」
「……家主がどこで寝てたって別にいいじゃない」
何となく、普段の彼女の生活が垣間見えてしまい大きな溜め息をつく恭次郎は「これはくつろぐ為のソファー、お前の寝床のベッドはあっち」と説教をするが「だって、一人だし」と櫻子は珍しく小さな言い訳をする。
確かにこの歌舞伎町からもそう遠くない西新宿の高層マンションに越して来たのは四代目会長に正式に就任した時の一年程前。流石に都内、歌舞伎町にある櫻子自身が所有しているアパートに“桜東会の会長”を住まわせておけるはずもなく。
恭次郎は昨晩から今朝にかけての櫻子の様子から察する。ぴったりと体を寄せてくれていたのは体が寒かったから。
そしてこれは恭次郎の希望のようなものだが本当は体調が悪いせいで心細かったから、なのかもしれない。きっと本人も自覚しないで無意識に体を寄せていた。
高校生の時から一人暮らしをしていた櫻子も自分の抱く不安について割り切っているように振る舞ってはいるが彼女の繊細さは恭次郎しか知らない。
「添い寝してやるからベッドで寝な」
年下であり、絶対的な上司でもある櫻子。上司どころか自分の生き死にを握っている彼女の体を抱き上げてしまう恭次郎は「やめて」と怒る声など聞き入れずにベッドルームへとその身を持って行き、静かに下ろした。
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