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第9話
音もなく広がる暗雲 (1)
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アパート経営や性風俗店の経営を主として行っている櫻子。風俗店の方は店舗型だったので今日はその風俗店の事務所を訪れて軽く帳簿のチェックや店の環境などを確認して従業員からもどこか改善して欲しい事など無いかやんわりと聞く。
経営者としてなるべく話しやすいように、気さくな雰囲気になるよう努めていた。高級店としてあるこの店の客層はそこまで悪いものでは無かったが時々、大崎をスカウトした時のように注視をした方が良い客が出る。
そのことで、と櫻子に相談を持ちかける早番の黒服が「オーナーって桜東会の上の方の役員、ってやつなんですよね」と恐る恐る聞いて来る。組長衆とはまた別でありながら同等かそれ以上の格のいわゆる執行役員。表向きの肩書はそうであるがここで桜東を引き合いに出すとは何だろう、とパソコンの画面から顔を上げて話を聞く姿勢を見せると黒服が口を開いた。
「なんつーか、最近人気のアイカちゃんに入れ込んでるのが千玉の幹部だとかで……桜東の店だって分かって引き抜こうとしてるんですよ」
「無くは無い話、ね」
「ええ、正当な引き抜きならしょうがないしこっちもアイカちゃんからのマージン交渉があればマニュアル通りに応じるんですけど……どうやらアイカちゃんの方もその幹部ってヤツに惚れ込んでるっぽくて出勤率がめっきりで」
困った様子の黒服に櫻子も出勤簿を確認して少し遡ってみる。
「先月辺りから……?」
「はい、そうです。それでオーナー、他の黒服連中とも話し合ったりしたんですけど……それ以外でもちょっと、ヤバいって言うか」
どうにもこの黒服がはっきりしない物言いをしている事に櫻子も気づいていた。
「他の子も、千玉じゃなくて龍神の持ってる裏ラウンジとかなんかソッチ系に声が掛かってるみたいで」
「裏、と言うと……察しはつくけど実入りは良くても」
「ええ。こういう商売ッスから、俺たちも割り切っちゃいますけど……クラブとか飲みに行くとVIP席レベルでも相当ヤらかしてるのを見かけてて」
「同業だと気にしちゃうものね」
「店側も黙認みたいです」
「可愛い子多い?」
「ウチの準エース級みたいなのばっかりでした。あんま素人って感じでもなくてこなれてる感がありましたね」
ふむ、と腕組みをして椅子に深く座る櫻子は恭次郎から聞いた接待を受けた時の状況と黒服が相談してくれた内容を照らし合わせる。
「引き抜きの件は支配人と副支配人に一存するけど、そうね……ちなみにどこのクラブ?」
「池袋です」
「そっか……危なくないように遊ばないとね」
この店で働いている黒服たちはまあ、マトモだ。纏まったカネが欲しくてそこそこ真面目に働いてくれている。そうじゃないと店の格も落ちる、と言うのもあったが性に合っていたのか黒服の期間が長い者もおり、今こうして話をしている男もマネージャーとして働いていた。
「オーナーは飲みに行ったりとかしないんですか?」
「私?」
話を始めたら口が軽くなったようで問われた櫻子も少し素を出す。
「最近は全然行って無いかな」
「たまにはどうッスか?息抜き的な」
「家でなら少し飲んでるし……あ、」
行ける立場では無かったが、そのせいで視野が狭まっている事は櫻子も認識していた。コンビニ程度の買い物にも行かないし、ドアtoドアで移動をしている。それに外では一人になった事もない。
必ず大崎か、恭次郎が一緒にいる。
「私のお財布、狙ってるでしょ」
ふふ、と笑う櫻子だったが「良いわよ」と言ってしまう。
「ちょっと忙しいから飲みの約束は出来ないけれど事務所で何か美味しい物買ってきてみんなで食べよっか。持って帰っても良いし……やっぱり焼肉弁当とか好き?海鮮でも良いし、食べたい物を教えてくれれば私が手配する」
櫻子の身なりはいつも整っている。
清潔感があり、センスも良い。やり手の経営者と言った感じなのでそんな彼女が弁当を頼んでくれるともなれば相当良い物が……普段から差し入れしてくれる物も悪くなかった。
店舗型の風俗店の場合、キャストもサービスを提供する個室がそのまま待機場所となっているので出退勤や何か店側が用意する備品が足りない時くらいしか、女性同士のトラブルを避ける為にもキャストは事務所に顔を出さない。ただ櫻子が来ていると店のグループチャットで知ると必ずと言って良い程用意しているお菓子や差し入れを見に来る子もいた。
それに、櫻子は気軽に話を聞いてくれる。
キャスト数が安定しているのも男性スタッフが常に複数人居る事、オーナーが定期的に見回りに来て目が行き届いている所にあった。
店舗型ゆえに営業は法令上、二十四時が限界。一応、朝の六時から営業は可能だが櫻子の店は少し遅めの十一時からなので事務所で朝食と昼食を兼ね、雑務や事務仕事の片手間に食事をしている者も少なくなかった。
「色々買ってくるならデパ地下の食品フロアかな……」
福利厚生の一環として。
彼女の胸にある白い飛び鳳凰の存在はこの場では誰にも知られる事はなく……口では美味しい物の話を始めたが櫻子の脳裏では龍神と千玉の動向についての調査の進め方を思案していた。
経営者としてなるべく話しやすいように、気さくな雰囲気になるよう努めていた。高級店としてあるこの店の客層はそこまで悪いものでは無かったが時々、大崎をスカウトした時のように注視をした方が良い客が出る。
そのことで、と櫻子に相談を持ちかける早番の黒服が「オーナーって桜東会の上の方の役員、ってやつなんですよね」と恐る恐る聞いて来る。組長衆とはまた別でありながら同等かそれ以上の格のいわゆる執行役員。表向きの肩書はそうであるがここで桜東を引き合いに出すとは何だろう、とパソコンの画面から顔を上げて話を聞く姿勢を見せると黒服が口を開いた。
「なんつーか、最近人気のアイカちゃんに入れ込んでるのが千玉の幹部だとかで……桜東の店だって分かって引き抜こうとしてるんですよ」
「無くは無い話、ね」
「ええ、正当な引き抜きならしょうがないしこっちもアイカちゃんからのマージン交渉があればマニュアル通りに応じるんですけど……どうやらアイカちゃんの方もその幹部ってヤツに惚れ込んでるっぽくて出勤率がめっきりで」
困った様子の黒服に櫻子も出勤簿を確認して少し遡ってみる。
「先月辺りから……?」
「はい、そうです。それでオーナー、他の黒服連中とも話し合ったりしたんですけど……それ以外でもちょっと、ヤバいって言うか」
どうにもこの黒服がはっきりしない物言いをしている事に櫻子も気づいていた。
「他の子も、千玉じゃなくて龍神の持ってる裏ラウンジとかなんかソッチ系に声が掛かってるみたいで」
「裏、と言うと……察しはつくけど実入りは良くても」
「ええ。こういう商売ッスから、俺たちも割り切っちゃいますけど……クラブとか飲みに行くとVIP席レベルでも相当ヤらかしてるのを見かけてて」
「同業だと気にしちゃうものね」
「店側も黙認みたいです」
「可愛い子多い?」
「ウチの準エース級みたいなのばっかりでした。あんま素人って感じでもなくてこなれてる感がありましたね」
ふむ、と腕組みをして椅子に深く座る櫻子は恭次郎から聞いた接待を受けた時の状況と黒服が相談してくれた内容を照らし合わせる。
「引き抜きの件は支配人と副支配人に一存するけど、そうね……ちなみにどこのクラブ?」
「池袋です」
「そっか……危なくないように遊ばないとね」
この店で働いている黒服たちはまあ、マトモだ。纏まったカネが欲しくてそこそこ真面目に働いてくれている。そうじゃないと店の格も落ちる、と言うのもあったが性に合っていたのか黒服の期間が長い者もおり、今こうして話をしている男もマネージャーとして働いていた。
「オーナーは飲みに行ったりとかしないんですか?」
「私?」
話を始めたら口が軽くなったようで問われた櫻子も少し素を出す。
「最近は全然行って無いかな」
「たまにはどうッスか?息抜き的な」
「家でなら少し飲んでるし……あ、」
行ける立場では無かったが、そのせいで視野が狭まっている事は櫻子も認識していた。コンビニ程度の買い物にも行かないし、ドアtoドアで移動をしている。それに外では一人になった事もない。
必ず大崎か、恭次郎が一緒にいる。
「私のお財布、狙ってるでしょ」
ふふ、と笑う櫻子だったが「良いわよ」と言ってしまう。
「ちょっと忙しいから飲みの約束は出来ないけれど事務所で何か美味しい物買ってきてみんなで食べよっか。持って帰っても良いし……やっぱり焼肉弁当とか好き?海鮮でも良いし、食べたい物を教えてくれれば私が手配する」
櫻子の身なりはいつも整っている。
清潔感があり、センスも良い。やり手の経営者と言った感じなのでそんな彼女が弁当を頼んでくれるともなれば相当良い物が……普段から差し入れしてくれる物も悪くなかった。
店舗型の風俗店の場合、キャストもサービスを提供する個室がそのまま待機場所となっているので出退勤や何か店側が用意する備品が足りない時くらいしか、女性同士のトラブルを避ける為にもキャストは事務所に顔を出さない。ただ櫻子が来ていると店のグループチャットで知ると必ずと言って良い程用意しているお菓子や差し入れを見に来る子もいた。
それに、櫻子は気軽に話を聞いてくれる。
キャスト数が安定しているのも男性スタッフが常に複数人居る事、オーナーが定期的に見回りに来て目が行き届いている所にあった。
店舗型ゆえに営業は法令上、二十四時が限界。一応、朝の六時から営業は可能だが櫻子の店は少し遅めの十一時からなので事務所で朝食と昼食を兼ね、雑務や事務仕事の片手間に食事をしている者も少なくなかった。
「色々買ってくるならデパ地下の食品フロアかな……」
福利厚生の一環として。
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