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第2話
パチモンの笑顔 (2)
しおりを挟むとりあえず、ではあったが伯家の侍女を追い返した琳華と梢は改めてこれからの方針を固めよう、と声を潜める。
ここは周家の屋敷ではない。誰が話を聞いているかも分からない。
「そもそもおしとやかな感じってどうしたらいいのかしら。猫を被るだけじゃ駄目な気がしてきたわ」
「そうですね……こう、儚げに視線を斜め下にして」
ふ、と伏し目になる梢に琳華はうんうんと頷いて妙な事を覚え始める。
「断ったものの、気分転換と称して外に出ることは可能でしょう。でもそれもあまり使えないから散歩が趣味とで吹聴しておこうかしら」
「先手必勝でございますね?」
「ええ。それが周家の家訓ですものね」
幼い頃から周家で育っている梢もしっかりと周家の家訓を学んでいる。小柄で可愛い顔をしているが中身は周家の覚えを深く胸に刻んだ強い女性だった。
だからこそ、琳華も梢のことはなるべく同等に扱う。世間体もあるのでそう言う所は考えつつも使用人と言う仕事としてよりももっと身近な存在でいて欲しいと思っていた。
もし、梢が傷つくようなことがあれば絶対に許さない。それくらいの気高さと気概を持ち合わせた女性が周琳華だった。
「そもそも宗駿皇子様の親衛隊長様ってどのような御方なのかしら。武官や武将の方はともかく、武功などのお噂は父上や兄上からも聞いたことがないし」
「旦那様が頼りになさるような武人、宗駿皇子様の護衛の一番偉い方ですからきっとこう、筋骨隆々のたくましい御方なのでしょうか」
「会えるかどうかはまだ分からないけれど、ちょっとくらい楽しみに思っても不敬ではないわよね」
ふふ、と笑う琳華に梢は少し驚く。
周琳華の性格上、長兄次兄の二人以外に男性に興味を抱くことはほぼ見受けられなかった。年齢も年齢であり、本当に興味がないのかとも……。
てっきり梢は琳華が我が道を一人で突き進む自立した女性を目指しているのだと思ったが何となく、今の主人の表情はときめいているように見える。それは、まったく悪い事じゃない。
「わたくしはつい、胸や肩をしっかり張りがちになってしまうから」
「柔らかな印象を、とのことならこうでしょうか」
「肩を落として……このお役目、梢にやってもらった方が合っている気がしてきた」
「んもう、またそのような事を仰って。お嬢様だからこその立派なお役目なのですから」
琳華にとって梢は子供じみた冗談も気兼ねなく、くすくすと笑い合える大切な存在だった。
・・・
伯丹辰からの誘いを断った琳華は部屋で食事を済ませたあと、逗留している寄宿楼から外に出た。もちろん衣裳は変わらず、白の上下に持ち込んだ薄桃色の羽織。本来、白色は弔いの色合いではあるが織りは上質で光沢があり、所々に大ぶりな柄が織られている。
とにかく、琳華たち秀女の立場はまだ後宮の客人でしかない。女官や宮女たちはそれぞれの部署や階級別に色の付いた上下を着ているので白一色で区別をしておいた方が扱いがしやすい。宮女たち側からすれば今の内に秀女たちに名を覚えて貰えば果ては将来の皇后、寵姫の侍女として取り入る絶好の機会だった。
「小川が流れているなんて珍しいわね」
夜でもそこかしこでかがり火が焚かれているのでそこまで暗くはない夜の後宮の庭。案内図では宗駿皇子が住まう東宮とも大きな門扉を境に通じてはいるようだが煌々と明かりがともされている門の警備は堅そうに見える。それはそうよね、と琳華は視線を戻すと梢を伴って夜の庭を小川伝いに散策し始める。
さくさく、と短い下草を少し踏む音。そよそよとそよぐ夜風。
「小川と言っても結構浅いし底も綺麗……どこかで水量が管理されている観賞用の小川かしら」
ねえ小梢、と振り向いた琳華はぬっと現れた人影に咄嗟に梢の手を引きそうになる。その人影は梢の真後ろに二つ、あった。
しかし手には足元を照らす提灯が提げられており、相手が警備の男性武官であることに気がつく。腰には許可されている者しか賜ることが出来ない白い組紐が提げられ、揺れていた。
「隊長、周琳華殿で間違いありません」
梢の真後ろに来ていた大岩のように体の大きな武官が振り向き、もう一人の武官に伝える。
「そうか。周先生の仰った通りではあるが」
驚きと警戒からまだ言葉を発せないでいる琳華たちに対し、体の大きな武官の後ろにいた人物が姿を現す。
「琳華殿、こちらの方は張偉明親衛隊長です」
「しん、えい……っ、わたくしは周琳華と申します」
慌てて小さくかしずく琳華にすぐ横に捌けた梢も深く頭を下げる。
しかし背の高い親衛隊長の鋭い目は琳華が侍女を咄嗟に守ろうとしたのを見ていた。
普通、瞬発力が無ければ出来ないような反応。それに他人を守れるほどの格闘の心得と、強い自信も伴っていなければ……気のせいだったろうか、と張偉明の切れ長の目は琳華をじっと見つめる。
「隊長、隊長ってば。周先生のご息女殿の前でその目はやめてくださいよ」
つんつん、と筋骨隆々な肘で小突かれた偉明は咳払いをしてから「周先生には大変お世話になっている。ゆえにこちらから先に挨拶をしようと思ったのだが」と自らが夜の後宮の庭に訪れていた理由を簡潔に述べた。
「それ、と。あー……此度の秀女への抜てき、おめでとう御座います」
しかし彼の澄んだ声による言葉はあまりにも棒読みだった。
その心にもない声に大柄な武官の方が平身低頭になっている。
「琳華殿、我々は周先生から多大なるご推薦を賜りまして……良き家柄の隊長はともかく俺は商家の出なのですが隊長付き、つまりは宗駿皇子様のお傍にいられるのは先生のお陰で」
「そ、そうだったのですね」
こちらこそ父がお世話になっております、とやはり琳華も若干の棒読みで言葉を返す。
「……良い歳をしてとんだお転婆だと話に聞いているが」
またしても偉明はじーっと注意深く琳華を見る。
人を見る目が厳しいのは衛兵としての癖なのだろうがその瞳は冷めていた。一体全体、父親はこの親衛隊長に何を吹き込んだのか。素を出してもならないし、とどう振る舞ったらいいかが分からない。
「例の紙帯だが」
あの炙り出し文字の事を言う偉明に琳華は地の部分が出ないよう、梢に手本を見せて貰ったように視線を少し下げていたのだが顔を上げてしまう。
「この時刻にここに居ると言うことは読めたようだな。一見、子供だましにも思えるがあれはれっきとした暗号文の法……ただし、それを子供時代に経験していなければ女人には香りの良い文程度にしか分かるまいが」
あまり見ないようにはしていたが皇子専属の親衛隊長である張偉明は……美麗なる男性だった。切れ長の目元もさることながら背の高い涼しげな立ち姿。帯刀以外の武装はしておらず、濃紺の長羽織を纏っている。その中は親衛隊の揃いの隊服らしい羽織と同じ濃紺の衣裳。長く真っ直ぐな髪は高く一つに結び上げられていた。
そんな彼の腰には絢爛豪華な白い組紐の飾りに発色の良い翡翠の細工が結び付けられている。
その飾りも繊細で、隣にいる筋骨隆々な部下の武官とは違う格式高い物を付けていた。
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