『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』

緑野かえる

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第2話

パチモンの笑顔 (3)

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 最初、偉明を見る前の琳華は親衛隊長がどのような人物か想像をし、胸を高鳴らせていた。結果は……なんか、微妙。
 麗人であることに違いは無いがどこか傲慢と言うか、冷めていると言うか。父親の事は尊敬しているようだが娘の自分のことなどどうでも良いどころか、ちょっと面倒くさそうにしている。

「周琳華、これは密勅みっちょくである」

 そしていきなりの尊い言伝てにぎょっとしたのは琳華と梢だけであった。

「宗駿様の兵として非常に遺憾ではあるが周先生のご息女と言うことを加味し……」
「隊長、女人にはもっと優しくお伝えをしないと」
「構うものか。どうせ猫の皮の三枚でも被ってその程度なのだろう」
「な……っ」
「それだ。都度、私の言葉に反応を見せるな」

 咄嗟にぐぬぬ、と白い上衣と羽織の袖の中で握りこぶしを作る琳華はとんでもない男が親衛隊長なのだと知る。ちょっと夢を見てしまった自分が馬鹿だったとしか思えない。

「密命を受けた秀女、周家のご息女たる方が私の言葉ごときで感情を表に出すなど……この後宮ではまるで通用しないと覚えておけ」
「隊長、あまり言い過ぎては」
「構わん。これくらい言っておかなければ私とて」

 最後の部分を言いよどんだ偉明ではあったが琳華はそれどころではなかった。それは梢も同じで。

「ご息女、私の隊の一員として変装をされた宗駿様の謁見が明日、行われる。これはご息女とその侍女にしか知り得ぬ機密である」

 心せよ、と言い放った偉明は礼儀知らずでは無い癖に立ち去る際、琳華に挨拶をひとつもしないで小川からすたすたと離れて行ってしまった。大柄な武官の方は「失礼いたします」と謝るように挨拶をしながら慌ててそのすらりとした背と靡く髪のひと房を追い掛けていく。

「あのぅ、お嬢さまぁ……」

 先ほどから何も言わない琳華が気落ちしているのかと思った梢は主人の顔色を確認する。

「ああ……あー……ですよね」

 周琳華は大人げも無く、しかし確実に憤慨しキレていた。
 確かに酷い言われようであったが彼女にとって偉明の言葉の全部が図星だったのだ。

(このわたくしが、この周琳華が殿方にこうもけちょんけちょんに完膚なきまで事実を突き付けられて馬鹿にされる日が来るなんて……っ!!)

 おしとやかさを気取っていても見破られていたし、咄嗟の物事に対し気を取られがちになっている事も見抜かれていた。

「お嬢様、おしとやかです。しゃなりしゃなり、です」

 袖の中で握りこぶしを作っていることは梢も分かっていたが多分、偉明たちにも見透かされていた。
 梢も琳華のすっと通った鼻をあかされ、侍女としては主人を擁護するべきではあるが――相手側、偉明たちは『今ならまだこの役目から辞する事も可能である』と言ってきているように思えてしまった。
 これは周琳華の、女性の背では背負いきれないような密勅である、と。
 だからこそ、悔しくて堪らない。主人たる琳華は今、そんな表情をしている。

「あの、お嬢様。宗駿皇子様のことですが」
「わたくしもお顔は存じ上げていないから秀女の皆も多分、知らないと思う……」

 でも、と琳華は言葉を続ける。

「この件、宗駿皇子様はご承知なのかしら」

 また夜風が吹く。
 親衛隊長が後宮の庭を歩いているのは別段、珍しいことではないらしく誰も気にも留めていない。ごく普通に挨拶をして、通り過ぎてゆく。遠くなる二つの背を見る琳華はやっと握りこぶしをほどいて風にそよぐ後れ毛を少し気にするように首筋を指先で撫でた。

「しかも親衛隊長様は皇子様からの言葉ではなく皇帝陛下からの“密勅”と言ったわ。これはわたくしの憶測にしか過ぎないのだけれど……」

 皇子はこの事態を知らない。
 秀女の中によくない思惑を持った者がいるかもしれないと言うのに、変装をしてお忍びで正妻や側室を選ぼうとしている。あるいは誰かの意思によって強制的にさせられているのかもしれないが……不確定な話ばかりをあれこれ考えてもしょうがない。
 琳華は自分の考えを梢に伝えはしたが話はこれ以上進展はしなかった。

「ねえ小梢、伯丹辰様の部屋には秀女全員が招かれていたのかしら。わたくしたち以外、誰も庭に出ていない気がしたのだけれど」
「どうでしょう……皆様、お部屋はそれほど広くはないようですが全員が集まるとなるとぎゅうぎゅうですよね」
「わたくしからはまた明日にでも詫びを入れがてらお話をしようと思うわ。家から干菓子を少し持ってきていたでしょう」

 持ち込まれた菓子程度の食糧。入宮の際に包みの中から無作為に一部が没収され、それを毒見として梢と後宮の下女が口にしたが問題は無かったので持ち込まれていた。そうは言っても細工のしづらいような糖蜜に漬けた干した果物だったり、砂糖菓子の類い。どこまで父親の手が入っているのかは分からないが一応、食べ物には許可が下りている。

「ふう……」
「お嬢様、もう少し散策されたらお部屋に戻りましょう」
「ええ、そうするわ。まだまだ先は長いものね」

 すっと無意識のうちに姿勢を正す琳華だったが少しだけ肩を落とす。本人の気持ちも少し、しょんぼりだった。
 まさかあんなにずけずけと言われるとは思いもよらなかったのだ。自分が上級貴族の娘として甘やかされて育って来たのは頭では分かっていたがこうも胸に突き刺さるように他人から言われたのは初めてのこと。
 琳華は自分が周りから褒められて育ち、あからさまに蔑まれたりなどされた経験がなく、気持ちが揺れる。

 母親は元、書物などを扱う部署の女官だ。そして後宮の悪い部分も良く知っているどころか実際に見ていた、と言っていた。
 一応、後宮勤めだった母親は「皇帝陛下から下賜された」と言う扱いになっているが実際の所はごく普通に許しを得ての結婚だった。
 どうやら父親が一目惚れをしてしまったらしい。そのまま女官であることも可能だったそうだが女性たちの陰湿さが性に合わなかったのか母親は後宮暮らしからさっさと引退していた。

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